王子様の告白
よろしくお願いします。
ある日、突然、メリーは支店に現れ、ずかずかと店へ入ってきた。
「本店の女将が来たというのに、何故出迎えがないの!」
客のいる店内で、大声で叫んだ。
呼び出された支店長とエリオットは、大慌てでメリーを裏へ連れて行った。
メリーの中では、商会の後継者として支店に武者修行に来たエリオットに随行してきた、という話にすり替わっていた。自分は相変わらずマックスの妻であると思い込んでいた。
支店長の執務室に入れば、今度は、従業員の質がなってないだの、帳簿を見せろだのと、好き放題支店長に命令をした。
メリーはもう商会の人間ではなく、マックスの妻でもない。一従業員の母だ。もちろんそんな権利はない。
その日はなんとか宥めすかして家へ帰らせたが、支店長はこれからも続くと予想して、大至急本店へ連絡した。
本店で手紙を受け取った時はタイミング悪く、マックスが出張で不在だった。ニールとサマンサはマックスを呼び戻し、三人で支店へ向かう頃にはひと月が経っていた。
その間、メリーが毎日支店に現れては大騒ぎをしていた。数日目には支店長が裏口から来るように頼んだので、店内で騒がれることはなくなったが、従業員は横柄な態度を取るメリーに辟易していた。
エリオットは特に当たりが強く、跡取りとしての自覚が足りない、言われたことだけではなく自分から動け、取り柄の顔を生かして客を丸め込め、と散々な言い様だった。
それまで侮蔑の目でエリオットを見ていた従業員たちは、どんなになじられても耐え、日々憔悴していく彼に同情を寄せるようになった。
支店長と相談し、時折誰かの自宅に泊まらせるなどして、メリーから距離を取らせるようにしてくれた。
支店長から事の次第を聞いたマックスは、メリーを精神科医に見せた。
入院を勧められ、メリーは抵抗したが、いつかのように無理矢理引き摺って病院へ押し込めた。さすがにエリオットの給料ではメリーの面倒が見られないので、費用はマックスが仕方なく支払っている。
エリオットは休みの日は必ずメリーを見舞った。今回も、こちらへ来る前にしばらく本店へ行くので留守にする旨を伝えに行った。
すると、メリーは修行を終えて本店に共に戻れると勘違いをして、連れて行ってもらえないとなると大暴れだった。
エリオットは疲れていた。あんな母親がいる自分には、人並みの幸せは訪れないだろう。
同僚の家に避難しているとき、初めて普通の家庭に触れた。
幸せそうな夫婦に、愛される子ども。怒ったり、怒られたり、喧嘩をしたり、笑ったり。どこの家でもありきたりなことが、エリオットにはとても眩しかった。
自分の世界は、自分と、母と、その他大勢で出来ていた。そのことを自覚した。
話し合えると、エリオットは何故か申し訳なさそうな顔をした。
「ね、いい話じゃなかったろ。」
レベッカは悲しくなった。ざまを見ろとも思えない。ただただ、エリオットが可哀想だと思った。
レベッカは、そっとエリオットの膝に手を置いた。
「大変だったのね。私、なんにも知らないで。ごめんなさい。」
「レベッカが謝る事じゃないよ。なるべくしてなった、そう思ってる。」
「でも、エリオット、辛かったでしょう?大好きだったお母さんが、そんな風になって、悲しかったでしょう?」
エリオットはずっと、これは罰だと思っていた。感情を押し殺して、母も自分も受けて当然の報いで、レベッカや女たちを傷付けた罰だと、己自身に言い聞かせてきた。
「母さんが、おかしくなって、悲しかった。まだ、俺に期待するのが、辛かった。跡継ぎなのも、プレッシャーだった。色々、失くしても。まだ、父さんが捨てないでいてくれてるから……生きてられる。俺は、期待を裏切ったのに、姉さんにもずっと辛い思いさせて、俺は、なんにも償えてない。まだ、守られてるだけだ。俺自身には、何も、ない。中身が空っぽの、人形だ。小さな女の子の持ってる、王子様の、綺麗なだけの、人形なんだ。俺のやってること、全部、ままごとみたいなモンだ。ロジャーさんと、違う。言われたことなら、できる。けど、それしか、ない。テレサみたいに、新しいことは、出来ない。思いつきもしない。レベッカや、ジェフさんみたいに、人の心を動かすものは、作れない。つまんない、人間なんだ。俺は、」
エリオットは自分の気持ちをこぼす。
まるで、小さなコップに慎重に、少しずつ、水を注ぐように。
今のエリオットに昔の自分が重なった。たまらなくなって、レベッカはエリオットを抱き寄せた。母親が、泣く子にするような、優しい抱擁だった。
「そんなことない。そんなことないわ。そんなこと言ったら、エリオットのこと、大事に思う人たちがかわいそうよ。お客さんだって、エリオットのこと、信頼している人がたくさんいるわ。あなたの選ぶ物は、その人に、必ず似合う物だもの。それだって、才能だわ。空っぽなんかじゃない、お人形なんかじゃない。エリオットは、つまらなくなんかない。ちゃんとした、ひとりの、人間だわ。」
エリオットは泣き出した。レベッカは、男の人が嗚咽するところを初めて見た。子どものように泣きじゃくるエリオットが、血の通った、心のある、ひとりの人間なのだと、レベッカも初めて感じることが出来た。
レベッカは、抱き締める腕に少しだけ、力を込めた。
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