王子様の誤算
まだまだ二人のシーン。
よろしくお願いします。
「もう、いいの。今更だから。謝らないで。」
そう、今更だ。今更謝られても、もう遅い。深く切り付けられた傷は跡が消えぬままだ。
「本当なら顔も見たくないほどだもんな。レベッカの人生、狂わせたのは俺と母さんだ。いや、ウチの家族全員か。レベッカ、まだ、結婚、してないんだろ?」
レベッカはビクリと肩を揺らす。そんなことはどうでもいいではないか、エリオットには関係ない、そう怒鳴りつけたいが声に出せない。
「け、け、結婚だけが人生じゃないわ!」
それは強がりだった。エリオットにも分かるほどの。
「そんなことないだろ。そういう人もいるけど、レベッカはそうじゃないだろ?ジェフさんとリンダさんみたいな夫婦になりたいって、昔、言ってたじゃないか。」
レベッカは唇を噛み締めた。もう、エリオットの方を見られない。視界が滲む。頬を生温いものが伝う。
「泣かせてごめん。レベッカの望む幸せを奪ったのは俺なのに。」
「そう、思うなら、なんで、わざわざ言ったの?あなた、相変わらず、デリカシーがないわ!」
レベッカはしゃくりあげながらエリオットから顔を背けた。
「違うんだ。そうじゃなくて、レベッカに幸せになって欲しいんだ。」
「どうやって、幸せに、なれって?どの口が、言うの?私、あれから、人と、関わるのが、怖いの。親しく、なるのが、怖いの。誰の、せいだと、思って、るの!?」
膝に置いた手でスカートを握りしめた。堪えようとしても涙が溢れてくる。
エリオットがレベッカの背に手をやり、宥めるようにトントンと叩く。
子どもの頃、レベッカが泣くとエリオットはこうして背を叩いて慰めてくれた。転んだとき、摘んだ花がしおれたとき、宝物をなくしたとき。泣かないで、大丈夫だから、泣かないで、いい子だから。それは婚約者の義務感からだと思っていたが、考えてみれば婚約が決まる前からそうだった。
おぼろげな記憶だけれど、エリオットは確かに優しかった。
少し落ち着いたところで、エリオットはハンカチを取り出してレベッカの頬を拭おうとした。
「子ども扱いしないで。もう、大丈夫だから。」
「子どもみたいに泣くもんだから、昔を思い出したんだよ。」
レベッカは差し出されたハンカチを受け取って、涙を拭いた。ハンカチからは、エリオットと同じ匂いがした。
落ち着いた様子を見て、エリオットはひとつため息をつくと、空を仰いで昔のことを語り出した。
「子どもの頃は、俺、レベッカにはお兄さんぶってたな。末っ子だから、下の兄弟欲しかったし。姉さんはキツいし。本当は弟が欲しかったんだけど。」
完全なる末っ子気質のエリオットがそんなことを思っていたなんて、レベッカには驚きだった。
「あの頃は母さんも仕事忙しそうでさ、過保護な割にはほっとかれてる時間も多かったし、きっと寂しかったんだな。姉さんはもう学校に通ってたから。母さんに反抗的な姉さんを反面教師にしてたつもりなのに、結局俺、全然常識知らずで、あの時にそれに気付いて、支店でも最初は職場で白い目で見られるし、これまでの俺の人生なんだったんだーって思ったよ。今、人生やり直してる感じ。恨み言じゃなくて、感謝してるんだ。あのまま大人になったって、碌なことにならなかっただろうから。それこそ、刺されて死んでたかもな。」
レベッカはふと気が付いた。エリオットは先程、一人暮らしと言ってなかったか。メリーと住んでるはずなのに、一人で住んでいるとはどういうことなのか。
メリーのことを尋ねるのは怖いが、どうしても知りたくなった。
「さっき、一人暮らしって言ったわよね?」
「うん。」
「あ、あの、メリーさん、は?」
エリオットの表情が曇った。話すべきか迷ってるようだ。
「何か、あったの?」
「聞いても、いい気分にはならないよ。レベッカの性格じゃ心の枷が増えるだけだ。」
「……もしかして、みんな知ってる?」
「ジェフさんたちはわからないけど、テレサは知ってる。それをあいつが黙ってるってことは、レベッカが知らなくていいことなんだ。」
「教えて、欲しい。聞きたい。」
「俺の一存じゃ教えられない。」
「お願い!知りたいの!」
自分のせいで、メリーがどうなったのか。テレサが隠していて、エリオットも言い淀むということは、余りよくないことになっているのだろうと思った。
それでも、知りたかった。レベッカを追いつめ、レベッカが追いつめたメリーが、今、どうしているのかを。
「母さんは、元気だよ。ただ、病院にいる。心を病んでしまって。」
メリーは今、精神病院にいる。それも、数年前からだと言う。
十一年前、警察に連行されたメリーは禁固刑にはならず、多額の罰金を払い、留置所からすぐに出てきた。
そのままその足で、エリオットと共に支店のある街に向かった。あの日の朝、騎士団屯所に向かう朝以降、彼女の城であったグッドマン商会の本店に足を踏み入れることはなかった。
毎日毎日、レベッカたちへの恨み言を言い、それをエリオットが窘めていたが、次第に恨みがエリオットに移り、罵倒される日々が続いた。
エリオットは支店の人間によって監視されていた。次に商会の看板に関わるような素行をすれば、仕事も辞めさせ、親子の縁を切るとマックスに言われていた。
夜遊びも出来ず、誰かの家へ避難することも叶わない。メリーのいる家に帰るしかなかった。
朝は愚痴から始まり、夜は罵倒で終わる。お前が不甲斐ないからだ、顔だけの男。手のひらを返してエリオットをこき下ろした。口にはしないが、エリオットは精神的に辛い状況だったのだろう。エリオットがやつれた原因はメリーだった。
一番自分を愛してくれた母だった。最大の味方だった。どんなに荒れていても、自分には優しくしてくれる。そんな甘えがあった。
人生の指針たる母が、エリオットの重荷になった。
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