王子様は会話に飢えている
エリオットがずっとしゃべってます。
よろしくお願いします。
「イヤリング、それ、いいね。似合ってる。見たことないデザインだけど、自分で作ったやつ?」
レベッカは自分の耳に触れた。大きなガラスビーズの土台から少しうねりをつけた細い金属の板がゆらゆら揺れている。
「うん。試作品。落ち着いた色が好きだから、少し暗めの色ガラスで、金具は真鍮を使ったの。鍍金もいいけど、真鍮だと金と違う独特の風合いがあるし、単価も安くなるから、若い子にも手に取ってもらえるかなって。」
「今また宝飾担当なんだ。レベッカの作ったやつ、学生とか若い子に人気あるよ。」
「そうなんだ。これは違う商会の依頼で考えたんだけど、もっと細い板が二本つくから、光が当たるともう少し華やかな感じになるの。グッドマン商会でも、また新作が出る予定よ。小さめのビーズを花のように編んで、房を垂らすの。絹糸だと高いし、同じように光沢のあるヘンプの糸を使うことになったわ。西の国の民族衣装を元にしてるの。」
「楽しみだな。でも、ウチでも扱わせてもらって、本当に良かったの?親父や姉さんが無理言わなかった?」
レベッカは首を振る。
「それはなかったわ。お父さんに話が来た時は何度か断ったんだけど、私、知らなくて。グッドマン商会は割と高級志向でしょう?確かに私のデザインは合わないと思ったんだけど、若い子向けの商品も増やしたいって、ロジャーさんが…あ、テレサのご主人ね。熱烈に勧誘してくださって。」
「ロジャーさん!あの人はすごいよね!元は俺のいる支店にいた人だけど、色々伝説残ってる。憧れの人だよ。まさかテレサと結婚するとは思わなかったけど。」
エリオットは笑いながらロジャーの伝説の数々を語る。
ロジャーを純粋に尊敬しているのが分かった。
レベッカの知るエリオットは歳の近い同性を下に見ている節があった。自分以外の誰かを容姿以外で褒めるのも聞いたことがない。
以前は貴族のような鷹揚とした話し方だったが、嬉々としてロジャーのことを話すエリオットはまるで別人で、少年が憧れのヒーローのことを熱く語るのと同じだ。
「いや、でも、ロジャーさん、なんでテレサなんだろ?子どももいるのにじゃじゃ馬娘だった頃と変わらないじゃないか、あいつ。」
レベッカは昔のテレサを思い出して苦笑した。男の子に混じって虫取りして虫が嫌いなエリオットに投げつけたり、騎士ごっこでは紳士ぶるエリオットをコテンパンにしたり。
レベッカの幼い頃の思い出の殆どにエリオットとテレサがいた。その頃のレベッカは、もっと怒って泣いて笑って喜んでいた。十年前よりは感情の発露が増えたと思うが、幼い頃の無邪気さはない。何かが違えばそのままの自分でいられたのだろうかと、ふと思ってしまう。
「そうね、臨月まで働くってはりきってるわよ。」
「ああ、聞いたよ。姉さんがそれじゃあ他の人が妊娠した時に休みにくいから、夏が本格的になる前には休ませるって言ってたよ。まだ抵抗してるみたいだけど。」
「ロジャーさんもすごく心配していたから、そうしてくれたら安心だわ。私からもテレサに言ってみる。」
「ホント!?頼むよ!あー、もう、テレサにはもったいない旦那さんだよ、ロジャーさんは!あの人もっと、こう、お淑やかで、優しくて、大人っぽい、落ち着きのある人の方が似合うのに。」
「ロジャーさんの一目惚れなの。今もベタ惚れ。会えば必ず、こちらが恥ずかしくなるくらい惚気るのよ。」
「え!?なんかショックだな!今晩、飲みに行く約束したんだけど、俺も聞かされるかな?」
「きっと、嫌って言うほど聞かされるわよ。」
「うわー、行くのが怖くなってきた。なるべく仕事の話に持ってって、早めに解散しよ。」
「ロジャーさん、テレサが心配だからって、あんまり遅くまで飲まないわよ。」
「なら、大丈夫、かな?イメージが崩れるなぁ。」
「ふふ。私にはイメージ通りよ。」
エリオットは頭をポリポリとかいて、複雑な顔をしている。
あのエリオットなのに。全く知らない人と話してる気分もあるが、昔馴染みの気安さがある。レベッカは最初の緊張が嘘みたいに和らいで、不思議に思った。
「支店はどう?」
昔話を避けたくて、レベッカはエリオットに近況を尋ねた。
「まあ、良し悪し、かな。大きな買い物する個人客ってあんまりいないし、貴族とのやりとり、今思うと割と楽しかったんだよね。最初はあんまりやりがい感じられなくて。」
「そう、だったの。」
エリオットが仕事にやりがいを求めていたなんて意外だった。与えられた役割をままごとのお人形のようにこなす、それがレベッカの持つエリオットのイメージだった。仕事は手抜きもせず勤務態度も真面目だが、熱意を感じたことはない。
「貿易港があるから、他の国の流行に早く触れられるのは嬉しいね。それと、一時期、食料品の担当でさ。あの辺で輸出用の乾物を作ってるから。こっちじゃ馴染みないけど、焼くだけでも美味しいんだ。気持ち悪い見た目の生き物の卵巣を乾かした物とか、あっちの国でも珍味なんだけど、酒に合うんだよね。そういう、知らない物を知ることが出来てからは楽しくなった。生産者にも色々話を聞くようになって、仲良くなった人のところに休みの日に会いに行ったりするよ。」
ハッキリ言えば、こちらで暮らしていた時、エリオットには友人がいなかった。幼い頃、近所の子ども同士で遊んではいたが、特別誰かと親しかった印象はない。
勢いよく喋るエリオットに気圧されて、レベッカは呆けていた。
「ん?どうしたの?」
顔を覗き込まれて、ドキリとする。
「いや、よく喋るなぁって……」
「あ、ごめん、ひとりでベラベラと。」
「ううん、いいの。ただ、エリオットがこんなに喋る人なんて知らなかったなって。」
「あー、今一人暮らしだから、人との会話に飢えてるのかも。そういえば俺たち、学校通うようになってからあんまり会話した事なかったね。俺が何言ってもレベッカ反応悪かったし。いや、俺が悪いんだけど。あんな一方的なの、会話じゃないもんな。ホント、ごめん。」
レベッカは久しぶりに思い出した。いつも、吃音や容姿を貶すことしか言わないエリオット。子どもの頃はテレサが庇ってくれたが、レベッカは次第にまともな返事を返さなくなった。それが続くと、そのうち挨拶も交わさぬようになっていった。
もうあの頃には戻れない。古傷が疼くように、胸が痛んだ。
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