魔女は悪人には負けないが善人に勝てない
お話し合いおしまいです。
ニールの提案に、リリは内心ほっとした。怒りに任せて、ジェフの気持ちを無視することになるところだった。
リチャードからの視線を感じてチラリと見ると、ニヤニヤと笑っていた。リリは思わず、クソッ!と小さく呟いてしまう。
「おじさまは、この人たちとの関係を無くしたくないのね?」
「あ、ああ。大旦那様にはお世話になった。決して、悪い扱いをされたわけじゃない。レベッカのことは、その、とても悔しく思うけれど、正直、他の商会で同じ仕事を同じ条件で出来るとは思えない。それは、職人として非常に残念なことだ。出来れば、これからも私の作る物はグッドマン商会に任せたいんだ。すまん、リンダ。」
貴族への伝手、宝石の品質、原材料の仕入れ、これらの条件でグッドマン商会を上回る店はこの街にはない。特に貴族向けのジュエリーに使用する裸石は、純度が高く、お抱えの研磨技師の技術も目を見張るものがある。大きな石でも極小の石でも、他で見るものと輝きが違う。それに慣れてしまったジェフは、今更品質の低いものを使いたいと思えなかった。
リンダはゆっくりと首を横に振った。
「そう言うと思ってた。私も、あの頃のひどい嫌がらせを止めてくれた大旦那様には感謝してる。でも、レベッカを傷付けられたことは許せないの。お願い。私から条件を出したいの。いい?」
「ああ、分かった。優柔不断で、結局、俺は、父親失格だな。」
「ばかね、レベッカはそんなあなただから尊敬しているのよ。あなたが悩みもしないような人だったら、お父さんみたいになりたいなんて言わないわ。」
ジェフとリンダは目を見合わせて笑った。リリはそれを見て、拳を握りしめ、気合いを入れ直した。
「というわけで、こちらからの条件よ。今までのデザインの独占使用権、手放して。今後使うのは構わないけど、ロイヤリティは他の商会と一律よ。貴族のオーダーメイドはこれまで通り、そちらを通してしか受けないから、それで手を打って頂戴。」
「なんだ、副案はあるんじゃないか。」
ブライアンが背もたれに寄りかかって腕を組み直した。
「そりゃそうでしょ。最初から全ての要求が通るとは思ってないわよ。交渉では当たり前のことでしょ?でも、これ以上は譲らないわよ。」
「新作の使用権に関しては?」
「そちらからの発注で作った物に関しては、法律通りでいいわよ。他所から発注を受けたものも、法律通り。そちらの仕事ばかりにかまけてられなくなるでしょうから、数は以前ほど出せないわよ。」
「親父。」
「大旦那様。」
「おじいさま。」
「おじいさん。」
マックス、ニール、サマンサ、エリオットがブライアンを見る。引退してもジェフに関することはブライアンの一存が大きい。
ブライアンはわざとらしくため息をついた。
「分かった。それで呑もう。」
「大旦那様、ありがとうございます!」
「おじさま、そこはお礼を言うところじゃないわよ。」
「では、早速書面にして手続きいたしましょう。署名はここにいる皆様方、リチャード様も証人としてご署名お願いいたします。」
「もちろんです。」
リチャードはにこやかな表情で頷いた。
「グッドマンさん、森の魔女の紹介料のこともお忘れなく、お願いしますよ?」
「かしこまりました……」
承諾したものの、マックスは力なく項垂れた。昔、あの時、自分が欲を出さずにいれば、こんなことにはならなかった。若さ故のことかもしれないが、そう思うと悔しくてたまらない。
「書類仕上げるのは早くしてね。アタシ、この後用事あるんだから!」
ニールは苦笑いした。
「リリ様、今日のお召し物、よくお似合いですよ。晴れて良かったですね。来月になりましたら夏服も出て参りますので、宜しければ私がご用命お承りします。今後ともご贔屓くださいませ。」
グッドマンの皆はギョッとした。確かに、リリの着ている服は商会の商品だ。この場で森の魔女に営業をかけるなど、考えてもみなかった。
「そうね、商品に罪はないもの。そこの顔だけ男がいなくなってるのなら、また行ってもいいわ。」
「ええ、是非お待ちしております。」
リチャードはやれやれといった顔をした。かわいい魔女の着飾る姿は嬉しいものなので、一緒に買い物に行ってもいいかな、などと考えている。
弁護士が仕上げた契約書に各々サインをする。これで全てが整った。
リリの気持ちはもう、レベッカたちとのお出かけに向いていた。
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