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顔だけ男は眠り姫の呪いをかけられる  作者: 里和ささみ


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24/90

女帝に幕が降りる時

さよならメリー。

ブライアンの威圧にグッドマン一家とニール、それにレベッカの両親までもが驚愕している。


ブライアンはマックスにもメリーにも目をくれず、ジェフを見つめたまま続けて言った。


「何を躊躇う。今すぐにでもこいつを警察へ突き出せ。それがジェフたちにこちらが出来る最大の誠意だ。」


「お義父さん!」

「親父!」


メリーは悲痛な顔をしている。結婚してからはメリーにとって、大店の女将であることが存在理由だった。マックスもサマンサの告白から離婚について悩んでいたが、全ての責任をメリーに押しつけてトカゲの尻尾切りのように別れることは考えていなかった。


ブライアンは元々マックスとメリーの結婚に反対だった。商会に都合の良い家の娘と結婚させるつもりでいたが、ある日突然、この人と結婚したいとメリーを連れてきたので激怒した。


メリーは農村から働きに来ていた、よくある出稼ぎ娘であった。この街には、メリーやスーザンのような農家出身の出稼ぎ娘が多い。女は親から畑を相続出来ないので、男兄弟がいる娘は実家にいても肩身が狭いし、嫁に行っても一生飼い殺される。


結婚の約束があっても、束の間の自由を求めて街へ出稼ぎに来る者もいた。仕送りを免罪符に、親や婚約者の家から許可をもぎ取ってやってくる。そういう者は街で数年働いた後、故郷へ帰って行く。


メリーには婚約者はいなかった。生来の気の強さで従順な嫁が欲しい者からは敬遠されていた。メリーはそれでも良かった。長女として、弟妹の世話や家の手伝いをしながら時期を待った。


末弟がある程度大きくなったところで、街へ出てきた。メリーの両親は、そこで良縁を得られるのなら、と言って送り出してくれたものの、仕送りを条件につけた。子沢山で、農業だけでは生活が立ち行かなかったからだ。


メリーは街の酒場で働いた。出稼ぎ娘としてはとうの立った年齢だったので、仕込みに時間がかかるお針子やマナーが必要な商会の売り子などの人気職は門前払いを食らってしまったからだ。


しかし、酒場の給仕は割りがいい。金が必要な者にはそれなりに人気の職業だったが、昼夜逆転なのと、面倒な客に絡まれることもあり、離職率も高かった。


メリーはよく働くし、酔っぱらいにも怯まないので、酒場で重宝されていた。同僚の年下の娘たちにも慕われていた。面倒事を押し付けられているのではないかと心配してくれる者もいたが、メリーは酔っぱらい相手ならば自分が正義でいられるので嫌いではなかった。


マックスとは客と給仕の関係だった。メリーの気の強さを気風の良さと受け取ったマックスはそこに惚れ込んだ。商会を発展させるためには、自分の妻となるのは隣に並べる女でなければと考えていた。しかし、父のブライアンに勝手に相手を決められるのも嫌だった。


ブライアンの反対を押し切り、マックスとメリーは結婚した。初めは良かった。メリーは物覚えが良かったし、接客でオドオドとすることもない。だが、思い込みと押しが強すぎた。


どうしてもこの客にこの商品を売らないといけないと自己暗示にかかり、引き下がることが出来ない。新規の客はそれで来なくなるだけで済むが、繰り返せばいつしか評判は広がり、客は離れる。メリーがいる部署の客足が鈍ることがよくあった。


メリーは再三注意されても変わらず、言葉だけならばすみませんと謝るが、寧ろ何がおかしいのかという態度だった。サマンサ出産後は外商を担当した。商会と付き合いの長い、馴染みの客ばかりだ。この人事にニールは苦言を呈したが、常連ならば目溢しがあるだろうと期待したマックスは強行した。彼はまだ若かった。


結局不安は的中し、古い馴染みの客に対しても同じことをしたものだから、ブライアンは烈火の如く怒った。客から、あんな者を雇うどころか上に立たせる予定の店など信用ならぬと言われてしまったのだ。


その時にも、離婚しろ、あんな嫁はいらん、とマックスに言ったこともあったが、跡継ぎになる男児を産んでいないことに言及すると、その頃まだ生きていたブライアンの妻がメリーを庇った。


マックスには二人姉がいる。妻は、マックスが産まれるまで女児しか産めないことを姑からよく(なじ)られていた。ブライアンは知らなかった。自分にとって母は聡明で優しく、偉大な母だったからだ。


今度は自分が責められることになったブライアンは、マックスへの発言を取り消した。妻とて嫁のメリーのことを忌々しく思っていたが、彼女たちにしか分からない、共通の苦しみがあるのだろうと思った。


それでもやはりブライアンは、いつかメリーを追い出してやる、そう考えていた。エリオットを産んだメリーに用はない。妻もいなくなった。躊躇うことはなかった。


マックスはしばらく眉間に皺を寄せて黙っていたが、ブライアンの命令に渋面しながら頷いた。「すぐに戻ります。」と呟いて立ち上がると、レベッカの両親に頭を下げ、リチャードにも頭を下げてから、メリーを引き摺って部屋を出て行った。


ちらりと去りゆく息子の背を見た。息子は今、何を思っているのだろうか。ブライアンには分からなかった。

お読みいただきありがとうございます。

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