女帝と魔女は相性が悪い
メリー回です。
よろしくお願いします。
またいつもと同じ騎士団の一室に、いつもより多い人が集まっていた。
今日のリリは最初から顔を晒していた。クリーム色のワンピースを着ている、どこからどう見ても普通の少女だ。レベッカの両親と並んで座っている。
グッドマン一家は先代会頭のブライアンを連れて来ていた。ブライアンは会頭を退いて、妻に先立たれてからは老後の楽しみとして旅行に出ては旅先に目ぼしい特産品があると買い付けてくる、を繰り返している。
向かいに座るジェフを見出したのもブライアンだ。彼は今日のキーパーソンだった。
まずはリチャードが挨拶をする。
「本日は騎士団まで御足労いただきありがとうございます。調停人として、私が立ち合わせていただきます。こちらの騎士が書記を務め、発言は全て記録しますので、ご了承いただきますよう、お願いいたしますよ。」
お願いというが、グッドマン側は否やとは言えない。相手は貴族、こちらは平民だ。皆黙って頷いた。
場所の提供だけではなかったのか、とグッドマン一家は驚いた。平民の揉め事など騎士団の管轄ではない。
リリはレベッカの両親にこれ以上迷惑はかけられないと断られたものの、自分が話し合いに同席することを譲らなかった。
終いにはレベッカまでもが同行を言い出し、それでは契約を交わした意味がないからとリリの同席を承諾したのだった。
リリはメモに伝言を書くと、すぐに魔女の鳥を飛ばした。
思いの外早く戻って来た鳥は、赤い郵便ポストの上に留まると一声鳴いた。脚にはリリがつけたメモとは違う紙が括られていて、そこには騎士団の一室の使用許可と、リチャードが同席する旨が書かれていた。
ジェフはあまりに過分な配慮に眩暈を起こし、リンダは闘志を燃やしていた。
まず最初に、グッドマン商会の顧問弁護士が契約書を取り出してテーブルに二部差し出した。
「では、まずはこちらを。確認のために条項を読み上げますので、間違いがないかよくご覧になってください。」
先日リリが作らせた契約書だ。グッドマン商会に預けた形になるので、文章の書き替えがないかを確認するためだ。
一、エリオットとレベッカの婚約解消を書面にすること。
二、レベッカに慰謝料を支払うこと。金額は勉強と称して無給で働かせていた分に上乗せで、グッドマン商会の基準で、解毒薬を販売した場合の利益分。
三、レベッカの父であるジェフが専売契約を断っても恨まないこと。
四、グッドマン商会の者、特にグッドマン一家とニールはレベッカに故意に近付かないこと。
五、これらの条件をもし破った場合には、森の魔女が今回の件を世間に公表し、騎士団の取引も停止すること。
「第一条に関しましては、両家のご両親のサインをいただきましたので成立しております。また第二条に関することですが、こちらが金額を計算したものです。ご確認ください。」
「こ、こんなに!?」
余りに高額な慰謝料にジェフとリンダは困惑している。
メリーは悔しかった。そんなに大金が恐ろしいならば辞退すればいいのに。奥歯をギリリと噛んだ。
メリーは今日、謝罪以外の発言を許されていない。今も納得がいかず、ただ家族から自分を否定されて悔しかった。
「第三条ですが、こちらは時間がかかるので最後にいたします。よろしいですか?」
弁護士はリチャードを見ると、にこやかな笑顔で頷いた。
「ありがとうございます。では、第四条です。こちら側は了承しておりますが、具体的にお伺いしてもよろしいですか。」
「家、卒業するまでは学校、通学路、就職してからは職場、職場に至るまでの道、これらに近付かない、直接会うのはもちろん、手紙もダメ、人を介しての伝言もダメ。どうしてもな用件があるときはアナタを通して騎士団に連絡。窓口はリチャード。それ以外は契約違反と見做す。これは絶対よ。」
弁護士はサラサラと手帳に書いていく。
「かしこまりました。グッドマンさん、こちらでよろしいですか?質問がありましたら、今お願いします。」
サマンサが小さく挙手する。
「街ですれ違ったとか、そういうのは?」
「故意には当たらないけど、声をかけてはダメよ。挨拶も不要。」
次はマックスが手を挙げた。
「ジェフやリンダと連絡を取るのは?」
「本人が了承すれば構わないけれど、連絡は商会の別の人間にさせなさいよ。ここにサインしたヤツらは今日以降は絶対に来ないで。そっちのおじいさんは入ってないんだから、いいんじゃない?」
「いや、儂は余り街にはいないのでね。カーティスかテッドになるだろう。今の副会頭と跡継ぎ候補だ。ジェフの仕事は半端な者には任せられないので、こちらは承諾して欲しい。」
「ま、今後の取り引きがあればだけどね。分かったわ。」
専売を解消だけではなく取り引き停止もあり得るのか。
普通なら、職人にとって取り引き停止は大打撃だが、ジェフは引く手数多。やられるのは商会側だ。
ずっと口を一文字に結んで俯いていたメリーでさえも顔をはね上げた。ブライアンへの恩を捨て去るほどグッドマンは恨まれているのか。
ジェフは申し訳なさを隠し切れていないがリンダはどことなく嬉しそうだ。メリーはそれに腹が立った。リンダをじっと睨んで、口を開く。
「リンダは何で笑ってるの。お義父さんへの恩も忘れて、ウチが大変な思いをしているのが楽しいわけ?」
「メリー!やめろ!」
「母さん!約束を忘れたの!?」
マックスとサマンサはメリーを諫めた。だが、メリーは止まらない。
「アンタたちの娘のせいで、エリオットは跡継ぎではなくなったのよ!それだけでも充分なのに、お金まで要求するなんて、なんて浅ましいの!しかも、近付くななんて、私たちが犯罪者みたいじゃないの!失礼にも程があるわ!」
「犯罪者でしょ、少なくともオバサンは。」
リリが横槍を入れた。メリーは顔を真っ赤にして、ますます怒った。立ち上がったメリーの腕をマックスが引っ張っているが、それを振り払い、バン!とテーブルへ両手を叩きつけた。
「アンタは部外者でしょ!なんでしゃしゃり出てくるのよ!私がどうして犯罪者なのよ!」
「見習いに不当にタダ働きさせてたでしょ。労働法に反するわ。」
労働法では、見習いにも賃金が発生する。レベッカも、婚約者ではあるが商会で働く上で、見習いの契約を交わしていた。しかし、レベッカに施しているのは花嫁修行と考えていたメリーは、レベッカに賃金を渡していなかった。
懐に収めていたわけではないが、出納係からレベッカに渡すように賃金が入れられた封筒をそのままにしていた。レベッカには、見習いであるが大して役に立ってない上に、嫁入りに際して嫁をもらう方も支度があるので、そのために給料はメリーが預かっておくと言っていた。
レベッカの両親は、レベッカのかいつまんだ話から単に給料を貯蓄に回していると思っていたので小遣いをやっていたが、受け取っていないことを婚約破棄になるまで知らなかった。リンダはレベッカが不当に搾取された分を取り返すことが出来たので、安心していただけだった。
「別にタダ働きさせてたわけじゃないわ!こっちで貯金してやってただけよ!それにあの子は何にも言わなかった!それは了承でしょ!?」
「何も言わなかったって、言えるわけないじゃない。そうやって怒鳴りつけて脅したんでしょ?立派な脅迫罪じゃない。オメデトウ、罪状がひとつ増えたわね。それに金銭が関わることを書面にもせずにいたなんて、ガメてたって思われても仕方ないじゃない。商会で働いてるくせに、そんなのも分からないの?あら、ごめんなさい?クビになったんですよね、失礼したわ。」
「なっ、なんですって!?」
メリーがリリに掴みかかろうとした。ガタンと大きな音を立てて椅子がひっくり返った。マックスは立ち上がりメリーの腕を思い切り引っ張った。とうとう堪忍袋の緒が切れた。
しかし、マックスより先にブライアンが口を開いた。
「マックス、お前、メリーと離婚しろ。いいな。メリー、お前は不当に見習いの賃金を搾取した。会頭の妻で、自分も副会頭でありながらだ。我々はそれを告発する。賃金の不当搾取は我々の預かり知らぬところで行っていた。実際、そうだろう?ならば、話は早い。マックス、こいつを追い出せ。エリオットとレベッカの婚約解消は本人たちの性格の不一致でいい。そういうことにしろ。エリオットの不貞は街中に知れ渡っているそうじゃないか。どうせ世間は察するだろう。多少商売に影響があっても仕方ない。それは婚約を推し進めたお前とニールへの罰だ、受け入れろ。儂はここにこいつのヒステリーを聴きに来たんじゃない。ジェフと話をするためだ。さあ、本題に入ろう。第三の条件についてだ。あとは全て呑む。」
ブライアンはメリーを切り捨てた。メリーは崩れ落ちたが、誰も手を差し伸べてはくれなかった。
ブライアン強権発動。
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