王子様はマザーコンプレックス
マザコンエリオット。
母さんが言ってた。
どこかのピンクのうさぎのようですね。
よろしくお願いします。
「なるほどな。その母さんだがな。商会はやめさせた。後釜はカーティスだ。」
「なんで?母さんほど数字に強い人はいないのに。」
「アイツはこの一年だけでも、レベッカにろくに教育を施さずにただ怒鳴りつけ、吃りをバカにし、いい様にこき使ってきた。それでは下の者もついてこない。元々あいつはトラブルメーカーだ。もう商会に必要ない。」
「まさか、離婚するの?」
「いや、しない。」
今の所はな。マックスは心の中で呟いた。
「アイツには内向きのことに専念してもらう。というか、お前、婚約解消について思うところはないのか?」
「なぜ?ありがたいとは思うよ。これで俺はレベッカと結婚しなくて済むんでしょ?」
これが成人した男なのかとマックスは思った。残念ながら、それが己の息子なのである。
「エリオット、お前、何でレベッカと婚約したのか分かってるか?」
「分かってるよ。ジェフのジュエリーをウチで専売にして引き抜きを阻止するためだ。そんなの、今更じゃないか。」
「なら、ジェフは、ウチの人間に娘を蔑ろにされて、そんなところで自分の作った物を売ってもらいたいと思うか?」
「え?だってジェフはおじいさんに恩があるんでしょう?専売は解消しないんじゃないかな。」
「ふん、そうだな。ジェフはそういう男だ。だが、母親のリンダはどうだ?彼女はジェフの親方から嫌がらせが続くようならこの街から引っ越すと言っていたんだぞ。そんな人間が娘に嫌がらせをするようなところに大事な娘を置いたままにするか?」
「しない、かな。」
「なら何故レベッカを大事にしなかった。言ったはずだぞ、婚約者には誠意を持って、優しく大切にしろと。」
「誠意はあったさ。だから教えてあげたんだ。俺とレベッカじゃ釣り合いが取れないんだって。客に似合わないものを似合わないと教えるのと同じさ。俺なら最初から似合うものだけを選んで出すけどね。まあ、レベッカには似合うものを紹介してあげられなかったけど……。でも、服でもアクセサリーでも、装飾品に着られるのは可哀想だけど、何にもしなくても分不相応ないいものを手に入れられたんだ。ラッキーじゃないか。」
エリオットは己自身を商品のように考えていた。しかも、とても高級な装飾品だと思っている。それはマックスにとって驚きだった。
「お前、見た目しか判断基準がないのか?それならそれで、高価なものに似合うように自分を磨けばいい。そういう方法だってあるだろ?」
「レベッカじゃいつまで経っても無理だよ。根暗だし。もう大人なのにいつまで経っても吃りが治らないような子は向上心がないんだよ。母さんがそう言ってたんだ。間違いないよ。」
レベッカの吃音は幼児期によくあるものとは違う。ジェフの家が嫌がらせを受けていた頃、たまたま早く目が覚めたレベッカがその現場を見てしまい、犯人たちに怒鳴られ、寄ってたかって物を投げつけられたことに端を発する。
それからは大きな声や音、誰かを責める言葉、振りかぶるような動作に怯えるようになった。犯人には女も含まれていたので、事件直後は家族以外の大人全てを拒否していた。
根性論でどうにかなるものではない。メリーもそれは知っているはずだ。知っていても、理解していないのだ。
「お前は何でも母さんなんだな。」
そう言われたのが不服らしいエリオットはムッとした顔をしたが、マックスはそれを無視して話を続けた。
「レベッカは小さい頃に大人の理不尽な怒りをぶつけられて、汚物や石を投げつけられたんだ。幸い、レベッカに石は当たらず怪我はなかったが、リンダが見つけた時には汚物まみれだったそうだ。それがトラウマで家族ではない大人が怖いんだ。そんな彼女を守るための婚約だったんだ。それが約束だったんだ。専売の条件なんだ。ウチがつけばケチをつけてくる馬鹿は早々いないからな。商会でするのと同じ、ちゃんとした契約だぞ。契約書も残ってる。それがどうだ?お前のルッキズムはレベッカを傷付けた。メリーもだ。トラウマがあることを知りながら、何度も怒鳴りつけた。吃りの原因を知りながら、吃りを責めた。それでもお前はレベッカを幸運だと思うか?母さんの言うことを信じるのか?」
エリオットの顔は青ざめるどころか真っ白になった。そんなことがあったなんて知らなかった。
「で、でも、母さんがレベッカを叱ったのだって、教育の一環だろ?悪意があったわけじゃないんだから!」
「吃りを責めるのも教育か?原因を知っているのに?悪意だらけだろう。それに教育なんてしてなかったと言っただろ?ほったらかしで何故分からないんだと怒鳴るだけで何も教えない。ただ、帳簿を読め、真似して書け、それだけだったそうだ。レベッカは後でサマンサに聞いていたそうだから、なんとかやってたみたいだけどな。」
「そんな!母さんは俺にはちゃんと教えてくれたよ?」
「そうね。でも、私には教えてくれなかったわよ。」
湯たんぽを取りに行っていたサマンサが戻ってきた。
「でも、姉さんは最初から仕事出来てたじゃないか。」
「そりゃあね。自分ちのことだし。それに初めから教えられずに出来たんじゃない。ニールやテッド、たまに父さんに教えてもらったのよ。母さんには何もしてもらってないわ。」
「なんでだろうな、アイツはお前にだけ甘い。お前もそれを大人になっても享受している。俺には理解出来ん。お前は反抗期らしい反抗期もなかった。普通は母親がベタベタしてきたら嫌なもんじゃないのか?」
「別に、母さんだし。知らないおばさんにベタベタされたらさすがに恐いけど。母さんが俺に優しいのは跡取り息子だからじゃないの?」
「どうかしら。跡取りでなくなってもベタベタしてるじゃない。今だって、戻ってくる時に会ったら、追い出されたー、エリオットがかわいそうだー!って、もうホントうるさいから湯たんぽ口に詰めてやろうかと思ったわよ。」
「サマンサさん、そのお話は……」
「なんだ、まだしてなかったの?エリオット、アンタもう商会の跡取りじゃなくなったのよ。残念ね。」
エリオットはキョトンとした。
「残念?何が?俺は構わないよ。正直、上に立ってあれこれ指示を出すより、売場で接客してる方が楽しいんだ。企画なんかは興味あるけど、大きな物を動かす仕事には向かないしね。姉さんは好きだよね、そういうの。」
これには三人とも目を丸くした。仕事に関しては自己分析が出来ているのに、なぜ他人の気持ちが分からないのだろうか。感情に関する部分だけ欠落している。
「それで、姉さんが継ぐの?それともテッド?」
サマンサは拍子抜けした。エリオットはレベッカとの婚約解消を聞いたときと反応が変わらない。マックスとニールはやはりかと感じていたが、サマンサはそのとき部屋を出ていたので、こんなに淡々とエリオットが決定を受け入れると思っていなかった。
エリオットの女たちにとって〝グッドマン商会の跡取り〟というステータスは大きかった。
だが、本人にとっては大事なものではないらしい。
「まだ決めてない。決まれば言うさ。どこまで話したかな。ああ、もう面倒だ。とにかくお前、これ読んでサインしろ。」
お読みいただきありがとうございました!




