王子様はブレない
よろしくお願いします。
「エリオット!」
メリーが叫ぶと、エリオットはゆっくりと顔を傾けた。
「エリオット、私が分かる?」
「ああ、姉さん。母さんも、どうしたの?そんなに泣いて。」
メリーは泣いていた。五日ぶりに息子が目覚めたのだ。当たり前だ。メリーの代わりにサマンサが説明する。
「アンタ、五日も寝てたのよ。」
「寝てた?……ああ、ここ、家か。」
「そうよ。寝る直前のこと、覚えてる?」
「……うん。魔女の薬だっていうのを飲んだら、身体中が痛くなって、暑くて、それから、多分、気を失った、のかな?」
「そう。色々言いたいことあるけど、もうすぐケビン先生が来られるはずだから少し休んでなさい。食事は食べられそう?」
「今はそんなに。」
「分かったわ、なら後にしましょ。栄養剤だけで五日も絶食してたんだから、まずは具なしスープからだけどね。」
「うん。」
エリオットは基本的に素直だ。悪巧みをする性格でもない。女遊びは激しいけれど、実際に話してみると拍子抜けするほど穏やかで優しい。
そのせいで、最初は女の方も遊びでも本気になる。
病み上がりに説教は控えよう、サマンサは父さん呼んでくる、と言って部屋を出て行った。
「ねえ、母さん。」
「ん?どうしたの?」
グズグズと鼻を鳴らしながらメリーは答えた。
「心配かけて、ごめんね。」
エリオットがそう言うと、メリーは良かった、良かった、と繰り返した。エリオットは、母の背を優しく撫でさすった。
しばらくすると、マックスとニール、ケビンが共に連れ立ってやってきた。今日はアンではなく、セーラというマックスやメリーと年の変わらない看護師が同行してきた。
「おお、本当に目覚めたのですか。安心しました。お役に立てなかったので申し訳なく思っていたのですよ。」
「そんなことはありません。アンに翌日魔女を訪ねに騎士団へ行くよう教えてもらったのですから。本当にありがとうございます。」
マックスが礼を言うと、ケビンは、はて、と顎に手を当てて首を傾げた。
「私はそのようなこと、知りませんでした。アンは騎士団に恋人がいたはずですから、知っていたのかもしれませんな。」
「先生、アンは騎士とはもう別れております。」
「そうなのかい?」
セーラはエリオットを見た。視線に気づいているのかそうでないのか分からないが、素知らぬ顔で水を飲んでいた。
セーラはアンが恋人を捨ててエリオットに鞍替えしたことを知っていた。
そして、エリオットにのめり込み、弄ばれたことも。
「詳しい時間まで教えていただけて、無事に魔女と交渉することが出来ました。大変助かりましたよ。」
「いやぁ、アン、様々ですな。」
そんなことはない。エリオットが眠りにつく原因の一端を担っているのだから。しかし、部屋にいる誰もそのことを知らない。
「まずは脈を取りますよ。奥さん、そちらの椅子を空けていただいてもよろしいかな?」
「ええ、先生。お願いします。」
メリーはケビンに椅子を差し出した。ケビンは座るなり、ん、とセーラの方を見ずに手を出す。セーラはケビンに体温計を渡し、エリオットに熱を計るように言った。
前回と同じように脈を取り、血圧を測り、眼球を確認し、聴診器をあて、時折ふんふん、と頷いている。体温計を見て、眉を跳ね上げた。再びセーラに手を向けるとカルテを受け取り、色々と書きつけている。
「頭痛や気持ち悪さはありますか?」
「ありません。」
「どこか痛むところは?」
「背中や腰が少し。」
「起き上がれる?失礼、うん、ずっと横になってたからでしょうな。まだちょっと体が冷たいからね、湯たんぽなんかであっためると良いですよ。」
「用意してくるわ。」
サマンサがすぐに部屋を出て行った。
「うんうん、正常な範囲内ですな。まあ、ちと血圧と体温は低いが、食事をして、動けるようになれば上がってくるでしょう。食事は嘔吐下痢症の病後食でお願いしますよ。体がビックリしますからね。」
「心得ております。」
何故かニールが答えた。ケビンの指示は魔女が言っていたことと変わりない。
「後遺症もないようですし、異常はありません。仕事はまあ、体調を見ながら少しずつ復帰することですな。栄養剤はまた出しますから、引き続き飲むようにね。」
「分かりました。」
「それではね、また明日来ますから。当分毎日診させてもらいますね。経過を見たいので。今日はこれで失礼します。ああ、見送りは結構ですよ。」
「はい、ありがとうございました。」
マックスが頭を下げると他の者も頭を下げた。
「エリオット、大丈夫か?話があるんだが、今聞けるか?」
「ちょっと!病み上がりなのに!」
「そうキンキン声を出すな!お前の声の方が体に障るだろ。」
「母さん、俺は大丈夫だよ。」
「お前は戻って家のことしていろ。いるとややこしくなるし話も進まん。」
怒鳴ってやりたいが、メリーはエリオットの手前なんとか飲み込んだ。すごすごと部屋を出ていく。部屋にはエリオットとマックス、ニールの三人になった。
「で、話って何?」
「たくさんある。まずは、お前の解毒薬のことだな。レベッカの交渉のおかげで手に入れることが出来た。渋る森の魔女を説得してくれたんだ。ありがたく思えよ。」
あれは交渉などではないとニールは思ったが、言葉にはしなかった。
「そうなの?意外だな。レベッカが魔女と交渉なんて。」
「なりふり構わず頑張ってくださいました。感謝の言葉を伝えることはもう出来ませんが。」
ニールはあの時のことを思い出す。胸の内を曝け出すレベッカの悲痛な叫び声が、あれからずっと頭から離れなかった。リンダの声と共にこだまするように鳴り響き、ニールを責め立てる。
「もう出来ないって…どういう意味?レベッカに何かあったの?」
「そうだな、次の話はお前の婚約の件だ。レベッカの意向で解消になった。」
「レベッカの意向?ウチじゃなく?どうして?」
「お前のことが好きじゃないから、だそうだ。商人の嫁は向いてないから務まらない、とも。あと、それが薬を売ってもらえる条件だった。」
「俺のこと、好きじゃない?」
「そうだ、最初から、好きじゃなかったそうだ。お前、レベッカに色々いらんことを言ったんだろう?そんな奴と一生一緒にいるのは無理なんだそうだ。」
「大したこと言った覚えないけど。」
「レベッカさんは、婚約が決まった時に坊ちゃんにレベッカさんよりテレサさんの方が良かったと言われたとおっしゃってました。」
「確かにそう思ったけど……口にした記憶はないな。」
「子どもの頃の話だ。お前は無意識に考えていることを口にすることがあったからな。」
「そうだっけ?」
「他にも、そばかす地味女と揶揄されたり、レベッカさんとの婚約は悲劇の始まりだったと言われたと。」
「それは覚えてる。そばかすがあって地味なのも、レベッカとの婚約で俺が不幸なのも事実でしょ?母さんも言ってた。」
マックスは、いや、ニールも、たまらず大きなため息をついた。またメリーだ。頭が痛くなった。
メリーみたいなのも毒母なんですかね?
エリオットくんは相変わらずです。
早くざまぁされて欲しいのに、困った子です。




