王子様の婚約者、恩を着せる
今度はニールが荒ぶります。
よろしくお願いします。
「さて、じゃあ、今日のよき日に!お祝いとして!レベッカになら、薬を売ってあげるわ!買うか買わないかはレベッカが決めて。コイツらに忖度なんてしなくていいんだからね。」
項垂れていたニールが勢いよく顔を上げた。
「レベッカさん!レベッカさん!買ってください!お願いします!このままではエリオット様が!」
ニールが前のめりになって近づいてきたので、レベッカは思わず顔を顰めて仰け反ってしまった。
「ちょっとオジサン!言ったでしょ、決めるのはレベッカだって。ダメならダメで、アタシを説得してみせなさいよ。商人なんでしょ?」
ニールの顔色が絶望に染まったのを見て、クソダサッ!と魔女は吐き捨てた。
「魔女さん、ひとつお尋ねします。」
「なあに?」
「魔女さんの申し出は、私に薬を買う権利を下さるということで間違いないですか?」
ここでそんな質問が出るとは思っていなかった。魔女自身が言い出したのだから、わざわざ確認するまでもない。
「そうよ。で、どうする?もうレベッカはコイツらと関わりがないんだから、好きに選んでいいのよ。」
レベッカは真っ直ぐに魔女を見つめて、ニコリと微笑んだ。
散々サマンサに教え込まれた、商人の笑みだ。
レベッカは初めてちゃんと笑えた。
「では、私はその権利をグッドマン商会に譲りたいと思います。」
「「「えっ!?」」」
三人の声がユニゾンした。魔女、ニール、ヘンリーだ。
リチャードは愉快そうに笑っている。
リチャードの護衛としての職務を忘れ、思わず声が出たヘンリーは咳払いをすると、視線が彼に集まった。しかし、ニールだけはレベッカを見ている。
「横から申し訳ありません。レベッカさんはそれでよろしいのですか?これまでの仕打ちを赦して、水に流すとおっしゃるので?」
レベッカは商人の笑顔のまま、小さく首を横に振った。
「いいえ、そうではありません。今も私は自分にされたことを赦せないし、赦そうとも思いません。これは手切れ金です。言うなれば、賠償金です。婚約という契約が不履行になったので、遺恨を残さないために、ここで清算する必要があります。私のためにも、家族のためにも。」
「その理論で言うなら、君は今まで散々相手に契約違反をされてきた。むしろ、慰謝料をもらってもいいくらいなのではないかな?」
リチャードがレベッカに問いかける。
レベッカは笑みを深めて答えた。
「そうすると、きっと蟠りが残ります。私はもうここで全てを終わらせたいんです。私はグッドマン商会の中で異質でした。宝石の中で、ひとりだけ河原の小石みたいに。彼らは意外と彼らの世界のことしか知りません。私は商人になり切れませんでしたが、譲歩してでも彼らの常識に合わせることで利を得たいのです。今後、一切私に干渉しないという利を。嫌なことばかりだったけど、学べたこともたくさんありました。やり方はともかく、教育してくださったことは感謝しています。だから、ここでけじめをつけて、終わりにしたいんです。」
レベッカは振り返ってニールを見た。
婚約を最初に提案したニール。レベッカにとって、その恨みは深かった。
今まで誤魔化し続けてきたが、もう気持ちに蓋をしない。
彼は朗報と悲報を両手に、商会へ戻らなければならない。
レベッカの両親が今回の顛末を知って、専売契約を打ち切ることになれば、ニールは立場を悪くする可能性もある。
レベッカの、精一杯の復讐だった。
ニールは言葉が出なかった。
「そういうわけで、魔女さん。ニールさんに薬を売ってあげてください。」
魔女は呆気に取られていたが、話を振られてハッとした。
「いやいやいやいや!いいの!?ほんっとーにいいの!?アリなのそれ!いや、ないでしょ!フツーない!ありえない!ない!ない!ない!」
思ってもなかった展開に、魔女は取り乱す。
リチャードはそれを見て大笑いした。
「ははははは!森の魔女でも読み違えることがあるんだなぁ!」
「ちょっと笑うのやめてよ!もー、こんなはずじゃなかったのよ!?レベッカ!アンタも笑ってないでなんとか言いなさいよ!」
「うふふ、それよりニールさん。いいんですか?薬を購入しなくて。今を逃したらもう二度と買えないかもしれませんよ?」
「そ、そうです!森の魔女、薬を売ってください!」
「だぁー、かぁー、らぁーっ!アタシはレベッカになら売るって!」
「では、お支払いするお金はニールさんからいただいて、まず私が薬を買い取ります。それをニールさんに渡すので、それでいいでしょう?」
「ははっ!リリ、もうあきらめなよ!君の完敗だ!ふふっ、今日は面白いものが見られて、確かにいい日だな!」
「まあ!魔女さんはリリというお名前なのね!とっても可愛らしくてお似合いです!」
リチャードは笑いすぎて出てきた涙を指で拭った。
「レベッカさん、よかったら、リリと友だちになってあげてください。さっきはしたり顔で語ってましたけどね、この子は友だちがひとりもいないんですよ。だから是非、ね?」
リチャードの「ね?」は、リリの「ね?」によく似ていた。
「リチャード様とリリさんはなんだか話し方が似てますね。もしかしてご親戚?」
「はーあー!?似てないわよ、こんな腹黒クソオヤジ!」
リリは暴言を吐くが、そのやりとりすらも親しさを表しているようで、レベッカは微笑ましく思った。
「森の魔女!いや、リリ様、お値段はっ!?いくらお支払いすればよろしいですかっ!?」
「そんなの知らないわよ!いっつもテキトーに値段つけてんだから!!こちとら金に困ってなんかいないのよ!好きな額支払ったら!?てか、オジサンも勝手に名前で呼ぶなっ!」
「えー、じゃあ、レベッカさんならいいの?」
「そうじゃなーい!!」
顔を真っ赤にして怒るリリを見て、レベッカは久しぶりに心の底から大笑いした。
つい十数分前の深刻さが嘘のように、部屋には笑い声と、ニールの必死な声が響いていた。
次回、いよいよエリオットが目覚めます。
どうなることやら。
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