王子様の婚約者、決意する
レベッカちゃん、まだ荒ぶってます。
毎度サブタイネタバレですが、本編もお付き合いくださいませ。
レベッカは最後の方は声を枯らして叫んでいた。
過呼吸のように、ハァハァと息遣いが荒い。
ニールは魔女の視線に気付いた。フフン、と幻聴が聞こえてくる。勝利宣言も間近だ。
ニールは慌ててレベッカに声をかけた。
「レベッカさん、レベッカさん、顔を上げてください!レベッカさんのお気持ちは分かりましたから!」
ニールはレベッカを落ち着かせようと背中を手でさすったが、すぐにレベッカによって振り払われた。彼女はとても怯えていた。ニールが触れたせいだ。
「いっ、いやっ、いやァ!いやですーッ!ど、どうせ、わたしを説得しようとしてるんでしょ!?無理ですからぁ!ホントに無理ィ!もうエリオットの婚約者でいたくないぃ!無理なのぉ…もう許して…解放して……!なんでも条件飲みますから、商会と関わりたくない!お願い、お願いします、もう誰にも会いたくない、顔も見たくない……」
「そ、そんな……」
ニールは困惑した。エリオットやメリーはともかく、自分までレベッカにここまで嫌われているとは思っていなかった。
レベッカはなんでも条件を飲むと言ったので、言質を取ってジェフにそれを突きつけ、婚約を解消した後も専売契約を続行することも出来る。
しかし、ニールの頭にはリンダの声がずっと響いていた。
ジェフが応と言っても、きっとリンダがそれを許さない。
リンダは、娘を傷つけられて黙っているような親ではない。
レベッカを傷付けてきたのはエリオットだけではなかった。
メリーも、マックスも、サマンサも、ニールも、全員が同罪であった。
レベッカに拒否されたニールを見て、魔女は嬉しそうに笑い、口の動きだけで〝ざ・ま・あ・み・ろ〟と言った。
ニールの呼びかけで名前を思い出したらしい魔女は、ダメ押しに入った。穏やかながらも力強い口調でレベッカに語りかける。
「レベッカ、なんでも条件を飲むなんて、そんなこと軽々しく言ってはダメ。こいつら商売人は相手の言葉尻ひとつで自分に都合よく解釈するんだから。レベッカだって知ってるでしょう?近くで見てきたでしょう?このままでは、またいい様に使われてしまうわ。」
「わたし、知ってる…知ってるわ!だから、ハッキリと、キッパリと、断る以外にないって。そういう態度を取られたら、そこが引き際だって。そこで無理矢理売りつけたり、食い下がると、もうその人は二度と店に来てくれないんだって!それどころか、その人の家族や友人も、もう店には来てくれなくなるって!」
レベッカは手から顔を離し、少しだけ顔を上げた。涙で濡れた手を見つめながら思い出していた。
それは皮肉にもグッドマン商会で学んだことだった。サイレントクレーマーを作るのは、いつだって店側の対応だ。
サイレントクレーマーを生み出せば、悪い評判はあっという間に広がる。
だから、グッドマン商会では〝お客様の声〟という投書箱を店内に設置している。賞賛だけでなく、顧客がどういう商品を求めているのか、どういうサービスをして欲しいのか、生の声が聞けるので、それを元に商会の在り方を日々変化させている。
相手の要望、好み、懐具合、それらを加味して商品を薦めても尚断られたら、その時はお客様の欲するものをご用意出来なかったことを誠心誠意謝罪して、最後は笑顔でお見送りしなさい。お客様が満足する商品を提供できなかった私たちに問題があるのだから。レベッカはそうサマンサに教わった。
今のニール、いや、グッドマン商会の意向は、全く逆をいっている。
「そうね、そうよ。なのに、それを教えたヤツらが、レベッカにはヤツらの事情を押し付けてる。それって、やっていいことかしら?レベッカが何も言わないからって、調子に乗ってるんじゃない?レベッカばかりが嫌な思いすることないじゃない。そうだ!ね、ここでもうコイツらとは縁を切ってしまいましょ?そしたら、レベッカはもうこの件とは関係ナシ!クズの婚約者でもなくなるから、責任を負わなくていい!コイツらにお願いするんじゃないわよ?レベッカが決めるの!」
魔女はたった今、名案を思いついたかのように明るく言った。
レベッカはようやく顔を上げた。
顔中グシャグシャだが、表情は何かに気付いたように驚いている。
見上げた先にいる魔女は、先程までのニヤニヤ顔を収めて優しく微笑んでいた。
レベッカは、服の袖で顔を拭い、魔女を見つめてひとつ頷いた。
ニールは顔を青くする。同時に、レベッカが、これまでにない、確かな口調で決意を表明した。
「レベッカさん!」
「ええ、魔女さんの言う通りだわ。私は、エリオットとの婚約をやめます。そして、グッドマン商会とも金輪際関わりません。もう、誰ともお会いしません。お話がある場合は誰かを通すか、せめて両親を介してにしてください。これはお願いではありません。」
レベッカの、濁りぼやけて見えていた瞳が、生気を帯びて輝いている。おどおどした態度は消え、背筋を伸ばしてニールに向き合っている。
「言いたいこと言えたじゃない!すごいわ!本当はそうやって他人のことなんて必要以上に怖がらなくていいのよ!レベッカはちゃーんと自分で思ってることを言葉にできるの!これからも自信を持って!ね!」
レベッカは最初こそ自分の中に押し込めていたものを掻き出されて荒れていたが、正直に心のうちを叫んでいると、次第に吃音が減っていった。
荒療治だが、レベッカの吃音を心因性であると判断した魔女は、理解者を装ってレベッカに優しい言葉を投げかけ、自分に心を開くように仕向けた。
話を聞き、寄り添い、肯定する。ひたすらそれを繰り返す。
吃音自体は元々あったようだが、悪化させたのはどう考えてもグッドマン商会、特にメリーだ。レベッカはメリーの名前を言うたびにつまづく。魔女はそれに気付いた。
レベッカは今、グッドマン商会で己に関わる者へ不信感どころか嫌悪感を抱いている。まだ十四の少女が自分の辛さを理解して優しくしてくれる魔女に絆されるのは仕方のないことだった。
「いいの……?これからも思ってることを言っても、本当にいいの……?」
レベッカは父ジェフを尊敬していた。こんなに善良な人は他にいないと思っていた。自分自身もこうありたい、そう思っていた。
しかし、己の精神は父に程遠く、小さな事でも心を揺らしてしまう。理想と現実の狭間で、彼女はいつも苦悩していた。
「いいのよ、悪口でも、たわいもない愚痴でも、何でも話しなさい。女の子なんて、友だちと集まって、美味しいお菓子を食べて、愚痴大会して、胸のつかえを出し切って。クッキーと一緒に全部噛み砕いて粉々にして。それをお茶で飲み込んでしまえばスッキリするモンよ?あとはケツから出して流すだけよ!」
魔女は頬の横に人差し指を立てて、したり顔で言い切った。
非常に下品な表現だが、レベッカはフフッと笑ってしまった。
「魔女さんておもしろい。なんだか、スッキリしました。わたし、こんな気持ちになれる日なんて、絶対来ないって思ってたわ。」
「そう?ちゃんと来たじゃない。良かったわね。」
魔女は満足げに微笑んだ。
リチャードさん、空気ですね。
レベッカの最初の魂の叫び以降は、俯瞰的に状況を見ながら、実はワクワクしている腹黒です。
ヘンリーは、所詮下っ端なので、魔女がんばれ〜レベッカやってまえ〜と念を飛ばしながら、粛々と任務中です。
ニールは思いの外ポンコツでしたね。まあ、大体エリオットのせいなのですが。
日付け変わる前に最後まであげるつもりが、何度も読み返すうちに修正したくなって時間がかかっています。もう少しお付き合いくださいませ。
お読みいただきありがとうございます!




