王子様、婚約者にもディスられる
いつもよりかなり長くなりました。
切りどころが分からなくなってしまいまして…
申し訳ないほど読みづらいですが、レベッカちゃん、頑張ってなんとか自己主張しています。
応援してあげてください。
「好きじゃないなら、なんでまだ婚約者なんてやってんの?」
魔女は至極普通のことのように聞いてきた。婚約が決まった時は子ども過ぎたし、グッドマン商会にすっかり囲い込まれてしまって、婚約者を降りることなんて出来なかった。
レベッカは今までのことを思い出すと、涙が浮かんできた。
「そ、それは……お、お、親たちが決めた婚約だから……い、い、嫌って言ったら、み、みんなに迷惑がかかるから……」
「迷惑って何?結局アンタが一番迷惑してんじゃない。こんなとこまで駆り出されて、知らない奴らにアホの婚約者として見られて、アタシだったら耐えらんないわ。」
レベッカだって耐えられない。今日だって、最初にヘンリーに憐れみの顔を向けられて、泣いてしまいそうだった。
そこで感情が怒りに転じないところが、レベッカの長所であり、短所である。
とうとう堪え切れず、レベッカは大泣きし出した。
「うあーん!うっ、うっ、うーっ、わーん!ずっと!ずっと、嫌だったんです!いっ、いっ、いっつも、エリオットはっ、エリオットはっ、わ、わたしのこと、自分にに、似合わないっ、不相応なっ、婚約者だって!きっ、きみはいいねって!ぼくとっ、ぼくと結婚できるから、いいねって!こ、この婚約はっ、きみにとってはっ、ら、ラッキーだったけどっ、ぼくはっ、エリオットにとってはっ、ひっ、ひっ、ひげっ、悲劇のはじまりだって!」
両手で顔を覆い、ああーっ!と大声を上げて、レベッカはテーブルに突っ伏してしまった。
「ウンウン、悔しいわよね。言ってるヤツの姿が目に浮かぶようよ。なんなのかしらね、あの自己肯定感の凄さは。自分がどんだけ偉いんだって話よね!ただちょっと顔が良くて小金持ちな坊ちゃんってだけじゃない!たまたま持ってるだけじゃない!アイツは立派なクズだわ!!」
魔女にかかればグッドマン商会もただの小金持ちだった。容姿や名声、財力。よくある価値基準だが、そんなものに人間の真価はないと言わんばかりの態度だ。
ニールは、恐らく今までレベッカが見たこともない顔をしているが、俯いたままのレベッカは気付かなかった。
己の提案で婚約したエリオットとレベッカだが、レベッカが最初から不満を持っていたなど寝耳に水だった。
子どもの時分ですでに天使のようなエリオットとの婚約を嫌がる女の子はいないだろうと大人たちは思っていた。
女の子はみな王子様が好きだから。
幼い頃に決めたのは、早くからレベッカの父の作品を商会で専売するためだった。
グッドマン商会の嫁ともなれば、職人の家にいるより良い生活が出来る。早くから後継者としての心構えを教え込むことが出来るし、レベッカの未来が保証されれば、親にとっても安心材料になる。
レベッカの父ジェフは宝飾職人だが、見習いの頃から頭角を表していた才能の持ち主だった。人がよく、自分のジュエリーを親方の名前で売られていても、世話になっているから、よくしてもらっているから、と、悪いようには捉えない。
ジェフの師匠と取引のあったグッドマン商会の先代がそのことに気付き、ジェフに声をかけて支援をして独立させた。親方の工房は取引を止められたわけではないが、受注量を減らされたので、ジェフを恨んでいた。
ジェフの作るジュエリーが、国内のみならず国外でも評価されグッドマン商会の看板商品になると、親方からの嫌がらせが始まった。
最初はゴミを玄関前にばら撒かれた。ジェフは誰か近所の人がゴミ回収にゴミ出しが間に合わなかったから置いて行ったのかな、と思った。
不満を言うわけでもなく、ゴミを捨てた人がいて、捨てた場所がたまたま自分の家の前で、このままだと困るから自分で片付ける。そういうものだと考えていた。
いつからか、今度は壁に墨を撒かれていた。木の壁の墨は落ちないが、暮らす上で問題はない。妻リンダは怒ったが、数回繰り返されたのち、ならば目立たないようにすれば良いと外壁を黒く塗ってしまった。
リンダは度重なる嫌がらせに参って、夫には知らせずにグッドマン商会に相談を持ちかけた。犯人の目星もついていた。
その頃には押しも押されもせぬハイブランドとなっていたジェフのジュエリーは、他の商会からも目をつけられていた。
他所からの引き抜きを警戒していた先代は今まで通りの専売を条件に、ジェフと家族を嫌がらせから守ることを約束した。
ジェフは、先代からの申し入れでようやく、自分の許容範囲が一般的ではないこと、また人の悪意に疎いという自覚を持った。
だが、自覚があっても、悪意があるかどうかの判断が分からない。
マックスとニールはそこに乗っかる形で、エリオットとレベッカを婚約させ、ジェフとのより強固なつながりを作ったのだった。
それは、ジェフがいなくともレベッカを守るというマックスとニールなりの誠意の形でもあった。
ジェフとしても、家族が自分のせいで傷つけられてはさすがにたまらないので、グッドマン商会が婚約者という形で子どものレベッカを守ってくれることはありがたかった。
ところがどうだ。エリオットは地味な容姿の婚約者に興味を抱けず邪険にし、挙句女性問題での醜聞。レベッカを悪意から守るという暗黙の了解が、まずエリオットによって破られていた。
ジェフは恐らく気付いていないが、リンダは把握しているだろう。リンダは小さい頃から人見知りで吃音のあるレベッカを客商売の家に嫁がせるのを最後まで渋っていたが、自分の知らないところでレベッカが傷つけられたら嫌だ、と言うジェフの一言でようやく頷いたのだった。
「レベッカを守るために、まず、商会のみなさんがレベッカを大事にしてください。」
最後にそう、付け加えた。
リンダは嫌がらせから逃げるために転居も辞さない覚悟だったが、ジェフは生まれ育ったこの街を離れたくなかった。グッドマン商会の先代に恩義も感じていた。リンダは夫の要望に従い、グッドマン商会の庇護を受け入れた。
レベッカはウーウーと泣き止まない。ニールは珍しく心から申し訳なく思った。
魔女は身を乗り出してレベッカの頭を宥めるように撫でながら、自分こそが真の味方だというような声で言葉をかけた。
「ホラッ、そんなに泣いてばっかいないで!聞いてあげるから、ココで全部吐き出しちゃいなさい。ねっ?他に不満はないの?」
魔女はレベッカが顔を上げないのをいいことにニヤニヤと笑っていた。魔女にとって、客の醜聞は何よりの娯楽だった。この時点で、魔女は解毒薬を売ることを決めていた。
但し、売り先はレベッカだ。最後に解毒薬が欲しいかどうか聞いて、いると言われれば売るつもりだ。金の出所がどこであろうと関係ない。
その前に、彼女が押し込めてきた負の感情を爆発させたい。そうすれば、大概の人間はその時の感情に流されて判断する。
「そっ、そっ、そ、それにっ!奥様のメリーさんもっ!いっつも怒鳴ってばっかり!わたっわたしのっ、どもりも!いっつもバカにして!わたしっ、ヒック、わたしだってっ!すっすっ好きで!どもってるわけじゃっ、ないのにっ!ウッ!エッ、エリオットのっ、あしっ、足をぉっ!ひっぱらないでねってぇっ!しっ、しごっとのこと、しっ、質問してもっ!なんっ、で、そんなこともっ、わかんないんだって!だって!知らないからっ!聞いてるのにぃぃぃぃウウウー!!!」
「まあ、それはひどいわね!仕事を教えるのは年長者の義務じゃない!アタシだって、母さんに厳しく叱られたこともあるけど、教えてもらえないなんてことなかったわ!吃りだって、何かしらの原因があるものよ。きっと、心因性のものね。それをバカにするなんて、悪化して当然じゃない!アンタは悪くないわ。これまでずっと辛かったでしょう?嫌だったでしょう?大変な思いをしてきたのね。そんなに泣かなくて大丈夫よ。もう一度言うけど、アンタはなーんにも悪くないの。悪いのは、グッドマン商会の大人たちだけ。直接いじめるのも、見て見ぬふりするのも、どっちもいけないことなのよ。アンタはがんばった。今までよく我慢した。偉かったね。」
「ほんとはっ、ほんとは最初から婚約なんてしたくなかった!エリオットはっ、エリオットはっ、いっつもっ、見た目のことしか言わないしっ!決まったときだって!同じ幼馴染ならっ!テレサの方が良かったって!言ったのよ!そんな、そんな人と!ずっと一緒にいられるわけ、ないじゃない!メリーさんは怖いしっ!会頭も、ニールさんも怖い!こわいこわい!みんなこわい!商会の仕事だって!やりたいわけじゃない!好きでやってるわけじゃない!婚約者だから!いずれ嫁いでくるんだからって!やらされてるだけ!なのに、メ、メリーさんは!感謝しなさいって!なりたくてなれるものじゃないんだからって!絶対わたし向いてないのに!なのに、ありがたく思いなさいって!サ、サマンサねえさんだって!エリオットのこと怒ってくれたけど!婚約解消したいって言ったって!それはダメだってっ!聞いてくれなかった!なんでっ、幸せになれないの、わかってるのにっ!自分は!テッドさんがいるから!わたしの気持ちなんて、ほんとはわかってないのよ!結局っ!みんなっ!商会とっ、自分のことしか考えてない!なんで、なんでわたしだけっ!もうっ、もうやだ!もうやだっ!いやだぁっ!!」
ニールはとうとう頭を抱えた。文字通り、頭を抱えたのだった。店に立つようになってからこの歳になるまで、客前でこんな醜態をさらすのは初めてのことだった。
「レベッカを守るために、まず、商会のみなさんがレベッカを大事にしてください。」
リンダの声が頭の中でこだました。
レベッカちゃん、がんばりました。
お互いの常識が違うと、齟齬が生まれやすいですよね。
グッドマン側は商人ばかりなので、十四歳のレベッカちゃんは孤立無縁でした。
お読みいただきありがとうございます。




