三時
旅館で休憩中だ。美千代とサトルは、屋敷までの道のりを考え、念のため用足しを済ませることにした。
それから水を一杯だけ飲む。これは、旅館に戻ると誰もいなかったので、炊事場で勝手に拝借することにした水だ。この時の一杯は、身体中に沁み入るのが全身で分かるような一杯だった。
二人とも無言で休んでいた。
その間も、決して緊張感は失われなかった。自分でも殺気立っていることが、美千代には分かった。感覚を研ぎ澄まし、小さなもの音も見逃さない。それとは別に、頭の中では違うことも考えていたりするのだ。それは脳の中で二人の自分が存在していることを明確に意識している瞬間でもあった。
二時半に南の洞穴を出発して、三時には旅館に戻ることができた。通常、一時間を要する行程である。半分で来られたのだから充分ではないか、そう肯定的に考える美千代だった。
旅館に戻ってきた時、人の姿は見掛けなかった。旅館の捜索は終わっているはずなので、それは問題ない。黒川先生を殺した犯人は見掛けなかった。また周辺にも番頭さんや幸子さんの姿が見えない。これは雨で屋敷に戻ってしまったのではないかと考えられる。
雨はまだ止まない。これから強くなるだろうか。だったら早く出発した方がいいのかな。おそらく屋敷に戻るのは、自分たちが最後かもしれないなとも思っている。
黒川先生の遺体を、あのままにしてきて良かったのだろうか。屋敷に行ったら、これまで起こった出来事について説明しなければならないだろう。それまでに頭の中を整理しておかなければなるまい。今は頭の中がぐちゃぐちゃだ。話を組み立てておく必要がある。それは屋敷までの道を走りながらでも考えよう。
そこで美千代は大きく息を吐き出した。
武器になるような物を携帯した方がいいだろうか。犯人と目される人物は日本刀、もしくは包丁を持っていることは確実だ。
でもさっき炊事場でサトルにそのことを話したら却下された。もし包丁を持っていたら、自分たちが疑われかねないという見方をしたからだ。まずは合流してからだと、サトルは説明した。
しかし、このサトルの、自分は絶対に安全だとする根拠は一体どこからくるのだろうか?
犯人はまごうことなき殺人鬼で、島にいる人間を次々と殺しているのだ。なぜこうも、いつものように落ち着いていられるのだろう?
犯人が三姉妹の一人だと思って甘く考えていないだろうか? 島に来て、弟の未知なる部分を目の当たりにして、少し戸惑う美千代だった。
「そろそろ行こう」
「うん」
サトルに合わせて、美千代も立ち上がるのだった。




