その2
「一ノ瀬、俺の頼みを聞いてくれないか」
関口はカオスの隣に座っている。
「君が僕に頼み事なんて、珍しいですね」
「あいつは、どうやら宇宙に旅立つらしい」
「そのようですね」
カオスは驚きもしない。まるでわかっていたかのようだ。
「本来、ザベリンの姫たちは、覚醒した暁にはその星を制圧し、その結果を以て母星に戻らなければなりません。そこで、皇族としての資質を見極められるとのことです」
これまで長い年月から得た情報を話した。カオスは年齢不祥だ。
「おまえは、どうするんだ」
「リオン姫の命令に従います」
関口は首を横に振る。
「違う、一ノ瀬。おまえは百瀬を姫以外に、どう思っているんだ」
カオスは少し驚いたように、目を丸くした。しばらく経つと真顔に戻る。
「姫は尊敬に値するお人であると、思っています。それ以外は、何者にもあり得ません」
少々苛立った関口は、カオスの両肩を掴んで揺らした。
「そうじゃなく、おまえの本当の気持ちだよ」
「本当の気持ち? 何が言いたいのですか?」
未だカオスには、地球人の感情は理解し難い。
「璃緒のことが好きなのかって、ことよね」
含み笑いを浮かべた早紀が、二人の肩越しに割り込む。
「何、こそこそ話していると思ったら、そんなこと」
「だ、大事な話だ」
慌てた関口は、彼女の言葉に口を尖らした。カオスは少し顔を緩ませる。
「大事な話ですか」
「何だよ。はっきり言えよ」
「僕はちゃんと言っています。リオン姫を尊敬していますと。あの方の隣に、立ち並ぶことなど出来ません」
男は関口の顔を真摯に眺める。
「関口君。君こそ、その高まっている感情をはっきりすべきです。時間がありません。今度、姫に逢う時は立場上、簡単には話せないかも知れませんよ」
口角を吊り上げるカオスに、男が迫った。
「カオス、百瀬を……」
「関口君。それは僕に言うべき事じゃない。君は姫と直接話をしなければならない」
カオスは釘を刺す。口籠った関口はバツが悪く、咳払いをした。
「だったら、直接言おうよ。はい」
関口の目の前に璃緒が早紀から押されて来る。相変わらず、仏頂面だ。
「何か用? 関口」
「ほらほら関口。言っちゃいなよ。璃緒は言わないと、わかんない子だから」
「はあ? 一体、何の事よ?」
璃緒はやはり訳がわかっておらず、少々苛つき気味だ。
「関口君」
カオスは背中を押す。バランスを崩した男は、璃緒の前までよろけた。赤面の関口が彼女に近づく。
「何?」
「も、百瀬、お、俺な……」
腕を組んだまま、はっきりしない男に璃緒は顎を突き出した。
「はっきりと言いなさい」
「す、好きなんだよ!」
告白の声は、確実に届いたはずだ。
「……やっぱりね」
艶やかな瞳の姫は、真っ直ぐ男の顔を見て答える。
「私も……」
背後の早紀は思わず驚嘆の声を上げた。全くの予想外返答に、関口は開いた口が塞がらない。
「ほ、本当に!? 本当なのか!!」
姫は満面の笑みを浮かべて、頭を大きく縦に振った。関口は天にも昇る気持ちのせいか、高揚した体を押さえられない。その行動とは裏腹に、何故か璃緒は神妙な顔つきになっていた。
「当たり前じゃない。私は、誰よりも好きよ」
飛び上がっていた関口の動きが止まる。
「……誰よりも?」
不可思議な表情を浮かべる男を見て、璃緒は不敵な顔を作った。
「おまえだけで、いいんだけれど」
「悔しいけど、私一人じゃ、やっぱり無理。みんなで力を合わせないと」
息を吐いた璃緒は肩の力を抜いて瞳を閉じる。
「おい、何の話をしてい……」
戸惑う関口を残して、彼女は続けた。
「関口。あなた、地球の危機を救うために来た、正義の味方の末裔なんでしょ」
「正義の味方?」
改めて言われ、男は思い出す。
「そう言えば、クルスがそんなこと風呂場で言ってたっけ」
早紀は関口の背後で吹き出した。璃緒はさっき関口がカオスにやっていたことと同じ様に両肩を掴んだ。
「私がいない間、『大好きな地球』を絶対、守っていて」
決意し覚悟を決めた姫の表情は、関口を否が応でも納得させようとする。
「お、おう」
「本当に?」
璃緒の憂いに満ちた瞳は、男の考えの甘さを吹き飛ばした。
「あ、当たり前だ! 俺が地球を守る!!」
紅潮した顔を止められない関口は、切なくもその台詞しか吐けない。
「カオス」
呼ぶ声に引かれ、カオスは彼女の前で躓いた。
「もう、そんな事しないの」
立ち上がりを促すように璃緒は手を差し出す。その手を掴んだ瞬間、男は声を上げた。
「この手の光は」
少し驚き、困った顔をして璃緒は頷く。開いた手掌の小さな光をカオスは見つめた。
「ゼブラに乗っている時に『時の番人』という存在に出遭ったの。そしたらこの光の粒が、手の中に入っちゃって。いくら洗っても取れないの」
手と璃緒を交互に見つめる男は、唖然としてその眼を疑っている。
「宇宙の最果てに存在するという『時の番人』は、伝説としてしか知り得ていません。本当のことなのですか。その光の粒を……、姫がそれを……」
「そう言うものなの?」
カオスとは違った意味で、璃緒もその形相の変化に戸惑っている。
「余りにも畏れ多い……。僕は何というお方を目の前にしているのか」
冷静な男の表情は消え、ただ驚愕と畏敬の念に伏すばかりだった。
「この宇宙を無きものにすることさえ可能な力……」
戦慄く口元をよそに、璃緒は問い掛けている。
「ねえ、カオス聞いてる?」
大きな瞳に吸い込まれそうになりながら、男は頷いた。
「関口に、加勢して」
「仰せのままに。姫にお供しなくとも、よろしいですか」
「私は大丈夫よ。それと、これからは早紀を一番に守ってよ」
突然名前を言われ、早紀は驚いて跳び上がる。
「な、なぜ、私を」
璃緒は鼻を鳴らして、口角を上げた。
「わかってるから」
オーケーサインを出す彼女を、呆れた表情で早紀は見つめて吹き出す。
「自分のことは、全然わからないのに。ねえ、一ノ瀬君」
繕う表情を持たないカオスの表情は堅かった。何とも言えないような顔をして璃緒を見る。
「これからの未来を託す人であると、僕は確信します」
相変わらずの返答にも早紀は笑った。




