その1
璃緒が出発する数時間前、百瀬家では皆を集めて、飲めや歌えの大騒ぎとなっていた。そこにはリュークとアデンも同席している。
「何故、リュークやアデンまでがいるのよ。私の送別会でしょ!」
猛烈に璃緒は口を尖らした。
「つれないことを言うでない。わらわは妹の引率だ」
唐揚げを頬張りながら、彼女はオレンジジュースを飲み干す。
「これは美味だ」
向き直るリュークは和やかにグラスを挙げた。
「私は光太郎殿とビールという飲物で、もう一度杯を交わしたいと思いまして」
「もう、二人とも!」
光太郎が目の前でビール瓶を持っている。
「まあまあ、璃緒。いいじゃないか。こうゆう会は大勢の方がいい」
勢いよく、リュークのグラスに注いだ。それを男は一気に飲み干す。
「き、気分がいい」
恍惚とした表情となり、光太郎に返杯した。呆れた璃緒はへの字口をして、台所へ引っ込む。
光太郎も一気飲み干すと、再びビール瓶を持ちリュークのグラスに注ぐ。
「リュークさん、璃緒を守っていてくれて本当にありがとう」
口元に運び込もうとした直前、男の手は止まった。
「いや、守られていたのは我々の方です。姫の継承者としての器は確かです。私には想像が及ばない程、強大な力を持っておられる」
台所で頬を膨らます璃緒をリュークは畏敬の念で見つめる。
「でも、それは皆さんがいたからですよ。璃緒一人では大した事は出来ません。皆さんの支えが必要です」
光太郎はグラスを空けた。彼はグラスをリュークの前に置く。
「それは、これからも。リュークさん」
光太郎の眼光に男は姿勢を正す。
「光太郎殿、しかと受け止めた。安心してこのリュークに任されよ。母星までの道中、如何なることがあっても姫を守り抜くことを約束する」
*****
台所から君子が忙しそうに料理を運んできた。璃緒はそれらを受け取り、要領よくテーブルに置く。
「一体、誰の会だと思ってんの?」
璃緒は再び口を尖らせた。
「しかし、よく戻ってこれたわ。宇宙なんて所は大変だったでしょう」
まるで外国から帰国したかのように、君子は尋ねる。カオスの念波は、百瀬家には影響が出ないようにしていた。
「しかもあんな隕石から、地球まで助けるなんて」
君子の表情は、非日常ではあり得ないことの困惑を通り越し、呆れるほどだ。璃緒も会話では話せない。話しても皆が想像出来ないことばかりだ。彼女自身も詳しく説明できる自信も知識もない。
「大変と言うか、今でも嘘だったか、本当だったか区別つかないよ。現実にそこの宇宙人たちが、この家にいるなんてことも、信じられない」
「まあ、あなたもだけど」
君子は璃緒に炭酸飲料を渡した。彼女はそれをリュークと同じように、一気飲みする。見届けた君子はいそいそと台所へ戻っていった。慌てたように璃緒がその後を追いかける。
「あ、あのね、お母さん……」
キッチンに佇む君子の手が止まった。蛇口から出る水が無意味に流れ落ちていく。
「あなたの生まれた星に行くのね。リュークさんから、これからのことを聞いたわ」
彼女は璃緒の顔を見ずに、台所の窓から夜空を確認した。
「いつかはあなたも、高校を卒業して大学に進学する。就職して、いい人見つけてお嫁に行く。結婚をお祝いして、それで私たちは孫の顔見て老後を過ごしていく。知らないうちにそんな事を思ってて……」
君子の震える唇を璃緒は見ていられなかった。
「あなたが宇宙から来たことも、すっかり忘れていたわ」
おどけて振り向いた顔に、少し歪んだ笑いが不自然に映る。
「あの……、お母さん、やっぱり、私……」
次の言葉を言い出す刹那。
「でも、ダメよ」
『ゼブラ』に向かって、璃緒が言った声色と口調も同じものだった。
「あなたは、あなたが決めたことを、必ずやり遂げるの。それが百瀬家の……、私たちの娘の証拠なのだから」
君子は再び微笑む。
「お母さん……」
「カレン王妃は、私とお父さんに最高の時間をくれたわ。あなたと一緒に過ごす、素晴らしい日々を」
彼女は璃緒を抱き寄せる。そして頭を撫でた。『ゼブラ』の中でカレン王妃が行っていたことと、同じ仕草。
「すごく辛く、寂しかったと思うの。王妃があの雨の日、あなたを手放したとき」
微睡みの中で見た十七年前の百瀬家とカレン王妃の出来事。王妃とルン大佐は、その後カイザル星の誘爆に巻き込まれ、リュークは命辛々生き残ることになる。
「あのね、璃緒。彼女は知っていたと思うの。もう、あなたを抱くことが出来ないことを」
璃緒はホログラフの優しい顔のカレン王妃を思い出す。
「こんな風にあなたを、思いっきり抱きしめたかったと思うの」
君子の手に力が入ると璃緒は大粒の涙を落とした。
「お母さん……」
「あなたが決めたことに向かって、しっかり前を見て歩いていくのよ。それはカレン王妃も同じだと思うわ。璃緒。いえ『ザベリン・ミリディア・ア・リオン』」
璃緒の嗚咽が百瀬家に響く。
「わらわからも、礼を言う。妹リオンを立派に育てて頂いた。百瀬家の御両親殿」
リビングで立ち上がったアデンは、姫らしからぬほど頭を下げた。リュークも直立し、胸に手掌を当て眼を伏せる。
「やだ、もう二人とも。御礼だなんて水臭い」
君子は戯けた。
「そうだ。アデンちゃん、こっちにいらっしゃい」
彼女はアデンを手招きした。頭を上げ訝しげに、君子と璃緒のそばに寄っていく。
「アデンちゃん」
君子は璃緒を手放し、両手を広げた。そしてアデンをその胸に包み込む。
「母上殿、な、何をなさる」
「カレン王妃も、アデンちゃんにこうしたかったのよ。妹想いの、立派なお姉さんになったねって」
「お母様が……」
アデンはその身を君子に預けた。彼女も知らない温もりと母の匂いが包み込んだ。
「母……。抱きしめられることが、かくも暖かく幸せだったのか」
彼女は何とも言えぬ、安堵の表情となり惚ける。
「アデンちゃん、娘のリオンをよろしくね」
頷いた顔は、赤く火照っていた。
「母上殿、お願いしたい。わらわも……、わらわも、百瀬家の娘にしてくれぬか」
はにかんだ声は小さい。
君子は璃緒も引き寄せ、二人を抱きしめた。
「カレン王妃が言ってたわ。リオンともうひとりの娘のアデンがいると。そして二人とも、ずっと愛しているって」
「王妃……」
璃緒は呟く。
「だから、アデンちゃんも百瀬家の娘。私も二人とも愛しているわ」
君子は強く二人を抱きしめた。
「この幸せを、リオンは隕石から守った」
その母の胸でアデンは全てを悟り、微笑む。
「リオンがわらわと圧倒的に違うのは、この温もりを知っていたからなのだ」
双子の姫たちに君子は呟いた。
「やっぱり、二人ともよく似ているわ」




