その11
二人のやりとりを見届けた王妃は、白い顔を綻ばせて小さく微笑んだ。
「それでは、私は行きますね」
「行くって、王妃?」
後ろ姿を追うように璃緒は一歩踏み出した。
「もう分かっていると思いますが、この『ゼブラ』の主はあなたに引き継がれました。私の役目は終わったのです」
「でも、今それって……」
今度は璃緒が戸惑いの声を発する。前を向いたまま、王妃は片手を挙げた。
「『ゼブラ』との強固な同調と同期は、他者の介入を許しません。それは私も同じです」
「で、でも、アデンは良かったはず」
先に進む王妃を璃緒は追った。
「あの時は、私のデータ内部をアデンの情報に置き換えたのです。今の私では、あなたに加勢が出来ませんからね」
カレン王妃は透き通る手掌を握る。
「データはほぼ全領域に渡って置き換えました。しかし左腕が無いアデンも、基本的には完全同期が出来ません」
璃緒は『ゼブラ』に顔を向けた。
「我にはどうする事も出来ぬ」
男は沈黙する。
「元々肉体を持たぬ存在。ここまでそれを容認してくれた『ゼブラ』には感謝しています」
白いコントロールフロアは少し肌寒いように、ひんやりとしていた。
「私は嬉しかったのですよ。愛する娘たちが、双子の姉妹同志が、力を合わせて星を守る姿に」
次第にその姿が薄くなっていく。
「待って! まだ聞かなくちゃならないことがいっぱいあるよ!!」
その後を璃緒は追った。
「もっと、いっぱい、いっぱい……」
王妃はその足を留める。後ろ姿はあまりにも小さかった。
「お母さん! まだ、アデンに、お姉ちゃんに逢ってないじゃない!」
「ありがとう、リオン。私もアデンに逢いたいわ。そして姉としての役割を果たしていることを、褒めてあげたい……」
王妃の画像にジャギーが入る。
「リオン、忘れないで。『時の番人』と遭遇したあなたは、……特別な存在と重要な宇宙の鍵」
璃緒の肩を掴む者がいた。
「ゼブラ!」
「主よ、前主をいかせてくれ」
肩で彼女はその手を振り払う。
「何故、あなたが出てくんのよ!」
凄んだその表情は、息を飲むほど哀しげに見えた。
「もう王妃のデータが消失してしまう」
璃緒の瞳が見開く。
「いや! 止めてゼブラ! お願い!!」
縋るその手を『ゼブラ』は何もしない。
振り返ったカレン王妃の足元は消えていた。璃緒に向けて微笑んだその表情は、穏やかで優しい。
「いかないで、お母さん!!」
「皆、ずっと愛している……」
挙げた細白い手掌は、涙を流す璃緒に向けられていた。
「お母さん!!」
消えゆく指尖の、その最後が無くなった後、璃緒は力が抜けてフロアに座り込んだ。
隣の『ゼブラ』は呟く。
「我はこれまで、幾度なく主たちの最期を遂げる瞬間まで見届けてきた」
男は頭を垂れている璃緒の傍を離れない。
「そうね、色々な事をずっと見てきた。でも機械に涙なんて出ないよね」
「その希望も絶望もの情報は、全てここにある」
皮肉った言い方をした事を璃緒は後悔した。
「ゼブラ……」
眉間に皺を寄せる男は、立ったままスクリーンの地球を見つめている。
「ごめん、……なさい」




