その10
リューク艦隊と黒い巨艦は宇宙にて停止していた。漆黒の空間にはもうひとつ、別の旗艦も随伴している。『ゼブラ』は璃緒よりも先に戻っていた。アデンの容態を確認したいと彼女は残っている。
純白のフロアと室内は璃緒が創った空間だ。黒い闇に隠れる様に存在する空間とは、相手ならぬなど美しい。主君が鎮座する玉座もまた何も飾らず、シンプルで白い。様々な支配者がそこに掛け、命令を発声してきた。
その前に『ゼブラ』は佇む。低く唸る起動音は、その場に似合わないほど無骨さ響かせていた。振り返るメインスクリーンには、璃緒が守った青い地球が輝いている。
「辺境の惑星の中でも、これほど美しい星はない」
『ゼブラ』は魅せられるように暫く動きを止めた。駆動音が低くなる。
「前主、カレン王妃」
「『ゼブラ』、リオンは、私の娘たちは……」
玉座の近くにホログラフが揺れていた。
「前主、カレン王妃。我は人型に具現化され、そなたとはまた違う波動を主に感じた。この手に伝わる不思議な感触。それは今まで情報化されていないものだ」
男は両手を広げ、指間より放電する青白い焔を見せる。
「我はこれまで主に従おうとしてきた。主の意志は、我が意志である。同時にそれは支配や欲望、独占欲に満ちておった。『怒れる雷』は星を破壊し、生物を滅亡させることを意味していた。誰もがそれを望んでいた。欲していた……」
男はスクリーンへ歩み寄り、青く輝く地球を今一度見つめた。
「あったはずだが、今の主は違う。我にそのようなものを、決して求めてはおらぬ。主がわからぬのだ。この情報は処理出来ぬ。これは一体、何なのだ」
カレン王妃は微笑んで頷く。
「『ゼブラ』。それでよいのですよ。この世は常に変化しています。それは人の世も同じ。この宇宙に散らばる星々には、無数の想いと感情がひしめき合っています。これまでの古い記憶など忘れるのです。それはこれからあなたが、リオンと取るべき道でもあるのです」
「……道」
男は未だ地球を見つめている。眼下にリューク艦が光を発していた。
「我に決定するなど、出来はしない。この存在理由が如何なるものか、それすら我には解らないのだ」
眉間に皺を寄せる『ゼブラ』は、その形相を変化させる。
「あなたが存在する理由。それはこの娘たちがが教えてくれましたよ」
カレン王妃はゆっくり手を上げる。室内一杯に、動画共有サイトで興奮している研究者の声が響いた。
『ゼブラ』は少し口を開く。
「リオンの、彼女の願いは地球にいる愛する人々を守ること」
「愛する」
「あなたも主を守り抜きたいという、意志がある。それは感情を持った反応なのです。『ゼブラ』、リオンが好きでしょう」
王妃の言葉に青白い瞳は、地球に優しく向けた。
「我は、主を守り抜く」
*****
「ダメ……」
玉座の後方から、ゆっくりと璃緒は歩み出る。リューク艦より転送されてきたのだ。
「立派でしたよ、リオン。そしてアデンも」
カレン王妃は、両手を翳して璃緒の顔を微笑みで見つめた。
「……お母さん」
彼女の顔もいつしか緩む。
「主よ、今何と申した」
その前にコートを翻して『ゼブラ』は立ちはだかった。
「私なんかを守らなくてもいいって言ったの」
いつものように璃緒は腰に手を当てる。
「一体、何をそのような迷いごとを……」
「私が本当の主なら、命令します。今後一切、ザベリン家と『ゼブラ』は何も関係を持ちません」
戸惑う『ゼブラ』に、璃緒は背筋を伸ばし、毅然と構えた。
「……命令、それは誠のことか」
「もう破壊のようなことはやめて、あなたの好きなようにしなさいってこと。そして如何なる誰の言葉があっても、もう手を貸さなくていいの」
頭を大きく縦に振って彼女は頷く。
「あなたは、あなたの思うままに自由に生きて。開放します」
当惑する男はカレン王妃の方を振り返る。彼女は顔を綻ばせて頷いた。
「今の『感情』と言う情報を持っているならば、リオンの言葉が理解出来るはずです」
やがて『ゼブラ』は玉座の前で立ち尽くす。男の当惑と喪失感を見て取れた。
「主なき『ゼブラ』に意志はない。所詮、機械の塊に何を決定付けることが出来ようか。実に難しい事を申される」
男の背中を押して、璃緒はその場の雰囲気を胡麻化す。
「承知。主のこれが最後の使命ならば、我が主は永遠に『ザベリン・ミリディア・ア・リオン姫』、あなただけでよい」
璃緒は戯けながら目頭を熱くした。
「主、唯一、我が決めることがある」
『ゼブラ』はその瞳を伏せる。
「主に危機的状況が迫れば、我は命令なくとも、主を守り通す。それが主の意に反することであっても」
「ご勝手にどうぞ。私には決められないから」




