その9
隕石を投げ飛ばした『ゼブラ』は、その巨体を静かに地上を離れて行く。その後街のシルードが解放された。
「ゼブラ、リュークに知らせて。あの隕石を破壊して欲しい」
床に座り込んでいる璃緒の前で人型に戻った『ゼブラ』は仁王立ちしている。アデンは力尽きて意識を失い、床に臥せていた。
勢いで放り投げた物体は、目の前のスクリーンには見えない。
「何者かの強い念波が、この街に起こった出来事の抹消を図っている。この地球の支配者か」
「カオスね。ゼブラの存在を消しているのね。こんなの生で見たら、皆んな大騒ぎよ」
ほっと表情を崩す璃緒は微笑んだ。
「攻撃するか」
未だ無表情に近い顔の男は朴訥に言う。
「やめて。彼は私の友達よ。そんなことしたら、ただじゃおかないから」
「トモダチ」
『ゼブラ」が初めて不可解な顔をする。宇宙に一千年もの間漂う征服要塞とて、知らぬものもあるのだ。
「それは、服従者ということか」
「何故そうなるのよ。もうさっきも思ったけど、何故、宇宙にいる人たちって、強い上下関係を付けたがるのかしら」
少々睨み付ける『ゼブラ』は璃緒から目を外さなかった。
「理解し合えれば、上も下もないはずよ」
「主たちは、いつの時も、好む好まざるとも、その渦中の中心にいた。それが善か悪か、運命か。我には判断つかぬ」
『ゼブラ』は璃緒を睨む。その眼は嘘偽りのない真摯なものだった。
「……善悪、強弱、大人、子供。男と女。星間には時には傷つけ合わないと、理解も解決しない事もある」
ぐったりとしているアデンの髪を、璃緒は撫でる。
「その為の我である」
ため息をついて声の方を振り返った。
「私もそれくらい、わかってるよ」
立ち上がって璃緒は『ゼブラ』に向う。
「怖いの……。今になって、怖くなってきた」
押さえられない両手の痙攣に似た震えを、男の目の前に差し出した。
「あなたみたいな凄いものを、何も訳のわからない私が扱えるのかな。これから先も、何が起こるかわからないのに」
『ゼブラ』は無言で璃緒を見つめている。
「こんな私に、アデンみたいに覚悟を持って生きていけるのか。いったい何が出来るのか、不安でいっぱい」
戦慄く声に静止して、微動だもしない『ゼブラ』は無言だった。
「我は結果しか理解できぬ。それだけを見届けてきた」
これまでいったいどのくらいの人々を、『ゼブラ』は眼前に据えたことだろうか。
璃緒は検討つかない途方もない時間の流れを感じた。
「だが、主の運命は、主の考えたことで良い」
「……ゼブラ」
「我は主の使命に、絶対的に応じるのみ」
凝視するその瞳に少しだけ変化があった。
「主、時の番人に逢ったのだな」
「時の番人?」
震える両手の、その手掌の中心にキラキラと輝くものがある。確かにアデンとの融合の際に、遠く彼方に見えた人影。
そしてそこで告げられた言葉『宇宙の根源』、『ビッグバン』……。
「主は、宇宙を継ぐものだ」
「宇宙を継ぐねえ。何か壮大過ぎてわからないよ」
『ゼブラ』は小さく口角を上げる。
「無愛想な笑顔ね。でも、今度その訳を教えてよ」
*****
地球外苑にて待機しているリュークは、『ゼブラ』からの通信を受けた。地球から飛んでくる隕石の破壊である。飛んでくる物体は隕石と思えないほど、ゴムマリの様に軽い感じだ。みるみるうちに大気圏を飛び出す。リューク艦の一砲が閃光を放ち、隕石は融解して宇宙から、完全に消滅した。
地球の大気圏外に到達した『ゼブラ』は、璃緒とアデンの二人をリューク艦に転送する。最初に璃緒が登場し、続いてアデン抱えた者が楕円に現れた。
ブリッジ内は戦き、騒めく。慌ててその者からアデンを引き取った璃緒は、医務室への手配をメイラムに告げた。実はアデンのメタルアームはまたしても、損傷を受けていたのだ。急いで医務室に担ぎ込まれるアデンを見ながら、璃緒は不安げな顔を作る。
「リューク。もう一度、お姉ちゃんをお願い」
「大丈夫です。今回も必ず治療してみせます」
隣に立つリュークは力強く言った。
「姫、ご無事で。よくぞ大役を果たされました。誠に敬服致します」
「ありがとう。でも、みんなのおかげだよ。ここまで来てくれて」
男は凛々しいその姿と反対のあどけない表情に、口が半開きになる。伝説の『ゼブラ』を率いて、一惑星を守りきった少女を神々しくさえ感じたのだ。
「あの日、お逢いした時より、ここまで成長されたのか。何とも凄いお方だ」
そしてその背後に控え、黒づくめの着衣を白いコートで覆うものを見据える。
「貴様が、破壊要塞『ゼブラ』か」
背の高い二人の間に璃緒がいて、顔を見合わせた。
「今はそのような名に、値しない」
『ゼブラ』は璃緒に肘鉄砲を喰らう。
「何か飲み物ない? 喉がカラカラ」
そのまま彼女は前を歩いて、ブリッジを出ていく。
「『セブラ』、お前は人の形をした機械なのか」
「この姿は主が作り出した、単なる偶像。我は何も姿は持たぬ。だがこの方が、主は気持ちが落ち着くようだ」
「最もだ。姫は対話の中から、人の心を掴むことが御上手だ。そしてその温もりで、荒んだ冷たい心も溶かしていく。敵でさえも」
恍惚となるリュークは一旦目を閉じて、そして佇む白いコートの男を凝視した。
「『ゼブラ』、姫に何かあったら、貴様とてただでは済まさんぞ」
振り向き様に眼孔を見開き、その奥にある無数の更なる光彩を広げて、『ゼブラ』はリュークの瞳を睨む。
「貴殿と感情を通らせることはないが、目的は同じ。我も主を守る」
「宇宙を征しないのか」
「主が望まぬことは、我の使命ではない」
瞳を伏せ、リュークは口角を上げた。
「面白い。貴様がそうも言ってくれないと、母星に帰ってからの姫の立場もない。感謝するぞ」
鋭い瞳のまま、『ゼブラ』は無言となる。
「ちょっとー! ここにコーラとかないのー?」




