その8
地表全体に慈愛が溢れる。それは波紋となって覆い尽くしていった。降り注ぐその感情に、カオスは安堵を覚える。
「これはあの時、姫と初めて出逢った時の感情と似ている……」
圧迫していた空気の流れが変わり、早紀の髪を浮き上がらせた。彼女を抱えているカオスは立ち止まる。
「関口君!!」
朦朧とするクルスを支えながら、前を行く男は振り向いた。
轟音が街中に響き渡り、地面を揺らす。足元をよろめかかせたクルスが再び尻もちをついて、ひっくり返った。
「いったい、ど、どうなったんだ?」
関口は腰に手をあて不敵笑う。
「お前が必配しなくても、生きてるぞ。助かったんだ」
クルスは口をあんぐりと開けたまま、茫然と見つめた。
「見ての通りさ。百瀬が、あいつが隕石を止めたんだ」
自慢げな顔で関口は指さす。
「そう、見て下さい」
カオスも天空を見上げた。
間近まで迫ってきていた隕石が、頭上から離れて行っていた。
「こんな……、こんなバカなことがあるのか!? あ、あれは!」
驚愕するクルスは目を丸くしたまま叫んだ。聳え立つ黒い姿に男は絶句する。
『ゼブラ』の鋭い剣に串刺しにされた隕石が、徐々に持ち上がっていく。その剣と大玉の間から、太陽が眩しく照り出した。闇からの光にカオスは目を細める。
「姫、やはりあなたは……」
呟く言葉に反応するように、早紀がカオスを見つめていた。彼女は男の腕を引っ張る。
「早紀さん、気がつきましたか」
「一ノ瀬くん。私たち助かったのね」
抱えられていることに気づいている早紀は、顔を紅潮していた。
「ええ。この光が何よりもの証です」
カオスは彼女をゆっくりと地に降ろす。若干よろめく体を男は支えた。
「早紀さん。あなたが最期の瞬間まで姫を信じていたことに驚き、そして僕自身を恥じました」
目をパチクリさせ、そして彼女は頷いて微笑む。
「諦めかけていた僕に、早紀さんは忠義を諭してくれました。姫の願いとは何かを」
「……そうね」
カオスの腕から抜け、二、三歩離れて早紀は振り向いた。
「璃緒は私の親友だし、だって、宇宙のお姫様なんでしょ」
その憂いに満ちた表情に、カオスは顔を綻ばせる。
見上げると澄んだ青空が広がっていた。水平線上に黒い塔が仁王立ちしている。
天空に戻される隕石は、次第に速度を増して地上から離れて行いった。
「姫は僕の考えもしない事を、成せることの出来る方です」
カオスは皆に姿勢を正して向きなおる。両手を拡げた。
「この街に起こった光景と隕石落下の事実を、人々の記憶から全て消します」
「普通、あんな物が突っ立ってたら、みんな驚くよな」
関口は遥かのゼブラを見て、ほくそ笑む。
「俺はこの一部始終について、あの姫様に詫びたい」
「今更か」
関口は睨みつけたが、クルスの表情に息を吐いた。
「サベリンの征服によって、強いたげられていることが本当に全てのことなのか。高官たちに苦言しなければならん」
「ふん。言ってやれ、言ってやれ」
それでも男は毒づく。
「まあ、こうやって俺が生きているとは知らんと思うがな」
カオスは頷いて、クルスから早紀の方に目を移した。彼女は微笑んで、両腕を組む。
「やっぱ、親友を後から誉め称えてやらなくちゃね」
振り上げたカオスの両手から、白い靄が出現した。男の眼光鋭くなり、一瞬でそれが四方八方に拡散していく。
呼応するように遠くの『ゼブラ』も動き出し、地表から空へ羽ばたいた。
「……姫、ありがとう」




