その13
東の空から朝日が眩しく出てくる。澄んだ空気が立ち込める中、学校へ通う生徒の話し声が聞こえていた。朝からの小鳥のさえずりは心地良く、空は快晴である。生徒の声に混じって、自転車のブレーキ音や車のクラクションも聞こえる。騒々しいが、昨日と同じ日常の始まりだった。今日も何もかもがいつもと変わらない日である。
だがここだけは異様な雰囲気を醸し出し、夏だというのに締め切った部屋で何やらごそごそ動くものがいた。
「一体、どうなっている」
昨晩から泊まり込んでいる関口は、苛ついた声をクルスにぶつける。朝日が差し込む職員室の当直室だ。カオスと共にここに泊まり込んで、モニタリングしていたのだ。宇宙の近況を知るためには、クルスの装置に頼らなければならない。
「隕石は恐らく、もうすぐそこまで来ている」
起動を点滅する丸い物体を指して、クルスは呟いた。
「どうしてメディアは騒がないんだ。これだけの一大事なのに」
「世界の一部の人間たちを除いて、情報を操作しているのだろう」
「それは、百瀬……、いやリュークの部下が、やってるのかよ」
「それは違います。姫やリュークたちが、そんなことなど考えているはずありません」
真顔でカオスは答える。
「そ、そりゃ、知ってるさ」
信じきっているカオスの顔を直視し、少しでも疑っている自分を恥じて、関口は慌てて言い直した。
「奴等は俺らと違って地球外にいるんだ。情報を混乱させても、メリットなどない。ちゃんと伝えてあるはずさ、ただここの奴らがどうそれを考えるかだ」
解りきった現状を一晩もモニタリングしていた自分に、呆れてクルスは苦笑する。カオスは睨んだ。
「地球にいる者がこれを知ったからといって、どうすることも出来ない。この星の主導者が、核ミサイルを撃つタイミングを考えているだけさ。最も、……無駄だけどな」
モニタに映る大きな点は忌々しく位置を示している。それは確実に地球を目指していた。
「まさか、地球に来て終わるとは思わなかった。しかも同胞に見捨てられるとはな」
クルスはぽつりと言葉を漏らす。
「まだ、そうとは決まっていない」
その台詞に抑えきれない怒りがこみ上げ、関口は口を尖らした。
「決まっているさ。それ以外ない。この地球のすべての生き物は、確実に絶滅する。逃げ場は何処にもない」
クルスは断言するように関口の言葉を遮る。乾いた笑いをして立ち上がり、当直室の小さい窓を開け、大きな息を吐いて青空を見上げる。
カオスは、モニタに映る点をじっと凝視した。カウントダウンの数字は「十時間」を示している。
「でも……」
男は佇むその後ろ姿を睨んだ。
「あなた、最後までは諦めていませんね」
クルスは背中を見せたまま、微動だにしない。
「あなたは、まだ心のどこかで信じている」
振りかぶった男は未だ、その答えを許さなかった。
「何が言いたい、カオス。おまえも見たはずだ。モニタから、あの姫の点が消えたことを」
「百瀬は、いなくなっていない!」
関口はたまらず叫ぶ。
「クルス、僕は姫を信じます。いや、信じなくてはいけないのです」
表情が一瞬強ばり、そして歪んだままクルスは苦笑する。
「勝手にしろ。これ以上ない危機が迫ってきても、おまえらは笑わせてくれる。いい冥土の土産だよ」
二人の真剣な顔を前に、やがてクルスの笑いは小さくなっていった。窓から空を見上げる。青空に薄っすら浮かぶ月の横に、違う黒点あることに気がついた。窓枠を男は握り締める。
「俺も、そこまで馬鹿になりたいが、時間切れだ……」




