その8
「リオン、……我が娘、リオンよ」
暗くなったスクリーン、振動すらしなくなった玉座の間は静まり返っている。その前で、倒れている璃緒を揺り動かす者がいた。
「リオン、起きるのだ。そなたがやるべき事は、まだ終わっておらぬ」
静かな低い男の声がする。
「痛い……、体が凄く、痛い……、助けて」
璃緒は右手を挙げ、縋るものを探して空中を彷徨った。その手を握りしめる別の大きな手がある。
「大丈夫だ、リオン。そなたは、まだ生きている」
声のする方へ頭部を動かし、ゆっくり目を開けた。白い髭に覆われ、皺の多い大柄な男が手を支えている。
「あなたは……」
彫りの深い目尻には優しく慈愛に満ち、掛ける声はいたわりを持っていた。
「そなたの、父だ」
「……ざ、ザベリン、王」
今まで敵対視していたザベリン王がいることに、驚いて目を見開いた。
「そなたが、これに乗っているということは、主として制したということか」
少しだけ淡く照明にも似た光だけを残し、何も無く、ただただ広い暗い空間を見渡して頷く。
「しかもこんな所まで、これを従えてくるとはたいしたものだ」
ザベリン王は笑いだす。璃緒の頬に右手を当てた。震える唇は、その手の感触を感知する。
「……幻じゃない」
この中で出逢った幻の王妃やゼブラと全く違う存在感に驚愕した。
「地球のことを知ってな。そなたの後を全速力で追いかけて来たのだ。『ゼブラ』は速いからのお」
「いったい、どうやって中に入ったの?」
「全ての動力を停止してくれたおかげで、我が艦より転送してくることが出来た。まだまだそなたと『ゼブラ』のリンクが不十分だということだ」
『ゼブラ』の横を隕石が通過していた。
「こんなものを追っていたとは。我が娘ながら、いやはやなんとも、呆れる程、天晴れ」
その笑顔は今の緊迫している状況に合っていない。璃緒は歯痒くなって、王に鋭い目を向けた。
「いい面構えだ。カレンと同じ瞳じゃ。やはりこの『ゼブラ』が、主と認めるはずだ」
頬に触れている手から、璃緒は顔を背ける。
「アデンと……、同じ顔よ」
再び王は笑い出した。
「アデンとリオン。そなたたちは双子だが、全てが同じではない。互いに違うものと役割を持っている」
「違うものと、役割」
璃緒は呟く。
「そなたは『ゼブラ』の主になったのだ。それは、そなたにしか出来ない。『ゼブラ』を動かすには、これの中枢機動装置と同期することが必要だが、アデンにはそれは出来ぬ。アデンが左腕を負傷していることを知っておろう」
璃緒はまだ手足が痺れて震えていた。体が起こそうとも動かせない。
「しかしアデンには、そなたの姉としての役割がある。そなたをここまで守り、これの主にすることだ」
「姉としての、アデンの役割……」
アデンの痛々しいほど、破壊されたメタルアームの左腕を思い出した。
「『ゼブラ』を従えること、同時にそれは王国の真の継承者として、認められることだ」
王の優しい表情が強ばる。
「いいか、リオン。我が行っていることは、見方によっては征することを強にするかもや知れん。だがそれは、何十年、何百年先を将来を見据えてのことじゃ。我はその星の未来全てを奪うことなどと、決して思ってはおらん」
王は物憂げな顔を浮かべ、痺れている璃緒の手を自分の両手で包みこんだ。
「そなたが望む、地球の行く末とは何ぞや。今後、現在のような出来事が、そなたの望む世界なのか、未来なのか」
「今の地球の行く末……」
彼女の頭の中に、今の地球の有り様が掛け巡っている。
終わらない戦争、核兵器、格差社会、貧困と飢餓、不景気、自殺、殺人、環境破壊、自分だけがよければいい、身勝手な世界。こんな地球なんて……。
「だからこそ、変えねばならんではないか」
その言葉に、璃緒は顔を上げた。
「だけどザベリン王、あなたは今まで、星々の未来を変えることが出来たの」
眼を閉じて王は首を振る。
「否。一人の力で、その全てを変化させ得ることなど、出来るわけ無かろう。我が征するのは上辺だけの出来事に過ぎん。その星の未来は、その星のものたちだけにしか出来ぬ。例えそれが、崩壊であっても」
王は璃緒を見据えた。
「守りたいか、未来に続く『地球』を」
彼女はその直視に耐えられない。
今の地球にどんな未来が待ってるのか? 人は愚かに地球の何かを破壊し、奪いながら進化を遂げた。そして生態系の頂点に君臨している。
だが、それは地球にとって良いことなのか?
先ほどと同じことを繰り返す。その自信のない顔は、王には見透かされる。
「もっと素直に、そなたの地球と向かい合うのだ。いざこざが、多々あろう。どの星でもそれは同じだ。そのようなことに気を揉むな。そなたは、もっと先を見据えねばならん。人類が滅んだ後もだ」
王は立ち上がった。
「そして大事なことは、リオン。そなたが地球を真に愛しているかということだ」
これまでの苦難を乗り越えてきた、屈強な躰と精神力だ。母星を守るために犠牲にしてきたものが如何なるものか、璃緒には計り知れない。
「真の心と強い力を持たなければ、これから先の未曾有の危機など到底回避できん」
静かさが増す室内は、まるで廃墟化した建物の中にいるようだった。時間さえ止まっているかのように無音だ。脱力した璃緒の体に、痛覚が戻ってきた。その痛みは全身に浸透していく。再び恐怖に震え、痙攣した。
「でも、あんなのに勝てない」
彼女は弱気な声で訴える。
「壊すことなんて、絶対無理」
ザベリン王は大きな太い手を、璃緒の頭に乗せ撫でた。何故か心地よく、不安感が和らぐことを覚える。
圧倒的な存在感が、これまで闘ってきた勇気が、何をも揺るぎない信念が、全てにおいて璃緒の心を包み込むんでいたからだった。憎むべき存在ではない。
「リオンよ。そなた自身を信じなくて誰を信じる。そしてこの『ゼブラ』を信じなくて、どう立ち向かうというか。少なくともこれは、今でもそなたを信じて同期しようとしているではないか」
「……ゼブラが、私を信じている」
今の室内には二人の会話以外、健気な駆動音さえ聞こえない。
「そなたの願いは、この『ゼブラ』の使命でもある。これは全力でその目的を果たす」
「で、でも……」
璃緒もわかっている。しかし想像を絶する巨大なものに、立ち向かう勇気と覚悟が持てなかった。背中を強く押してくれる道しるべを欲する。
「出来ない理由など、考えるだけ時間の無駄だ。これから何が出来るのか、何が残されているのか考えるのだ。地球上の全ての生物は今、滅亡しか選択肢はない。それが地球にとって良い未来ならばそれもよかろう」
再び男は頭を撫でた。
「そなたには王妃、アデン、地球の家族が、そして我もついておる」
「ザベリン王……」
瞳から溢れる涙は頬を伝う。
「そなたへの想いは、百瀬家の恩者同様、寸分も変わりはない」
太い親指で男は伝う涙を拭う。
「恐れるな。己の信念を貫け。『ゼブラ』を継承し、未来へ導くのがそなたの運命」
その言葉に後、足元にある転送装置の緑色円が光り出す。
「そなたの決めたことであるならば、我は何も言わん……」
ザベリン王は消えていった。静けさが包みかけた時、璃緒はゼブラとのリンクが、再び繋がり掛けていることに気づく。
「……ゼブラ」




