その9
巨大隕石はゆっくりと宇宙空間に大きな陰を落としながら、地球に向けて進んでいる。
「……動いて」
透き通るフロアーに映る細い五本の指は空を掻く。その気配すら消えている室内には、璃緒の言葉への反応はなかった。
「動いて、ゼブラ」
床に座り込んだまま、両手を着いている彼女は首を何度も振る。
「痛みに耐えられない私とのリンクを、ゼブラが自分で絶った」
そう考えると、璃緒は如何に自分が小さな存在か意識させられた。
「地球を守る前に、未だに私が守られていているなんて」
フロアの上で拳を作る。
璃緒は情けなさを通り越し、悔しさと怒りさえ覚えていた。それは大粒の涙となって幾つも落ちていく。
「私の力が、全然足りない。こんなのでいったい、誰を守るというのよ……」
フロアに映る顔が、これほど情けないと思ったことがなかった。唇を噛み、握り込んでいた拳を更に締めた。映る姿を見つめていた顔を上げて立ち上がる。
「でも、決めたんだ、私」
胸いっぱいに大きく息を吸った。
「負けない。滅んでいい星なんて、絶対無いんだから」
そして力の限り叫ぶ。
「ゼブラ、命令よ! さっさと動きなさい!! 聞いてるの!!」
堪えきれない涙が頬に伝った。さらに大きな声を璃緒は室内を見渡しながら張り上げる。
「私とのリンクを絶っている場合じゃない! あなた、こんなもんじゃないんでしょ! 星を破壊するだけの、恐れられる力を持ってるんだよね!」
辺りの静けさが続くかと思われた刹那、唸り音が聞こえてきた。
「この一千年の間、様々な星を壊してきたんでしょ! 少しは、違うことに協力してよ! 征服者の舟なら、もっと、もっと……。あんな隕石、木っ端微塵にして!!」
駆動音が更に高鳴る。
淀んだ空気を一掃するかのように室内に突風が起こった。それは璃緒の涙の滴を吹き飛ばし、髪を靡かせる。眩しい光りが玉座の間を明るく照らした。背もたれが高く、何も装飾していない椅子。それしかない白い空間が視界に大きく広がった。
「……ゼブラ」
目の前にはスクリーンではなく、艶のある黒髪の男が立っている。
璃緒との対話に作られた人型の精神集合体の一部だ。白いガウンを身に纏い、見つめるその黒い光彩には、別の眼の白色が混じっている。瞳には複数の目が開いていた。
「主、ザベリン・ミリディア・ア・リオン」
限りなく澄んで美しい瞳から向けられる眼差しは、心の弱い部分まで何もかも見透かされそうなほどだ。
「ゼブラ……、また、動いてくれる?」
「主に心からの真の言葉、しかとこの胸に刻む。全身全霊で立ち向かう。主の強い力が必要だ。それによってのみ、我の力を呼び覚ますことが出来ようぞ」
璃緒は口元を引き締めた。
「ゼブラ、地球へお願い!」
征服破壊要塞『ゼブラ』は巨艦を動かし始める。それは宇宙を抉りながら割き、一瞬で空間から消えていった。




