その15
その背後に力を使い果たして、座り込んでいるアデンは二人を見つめていた。
「アデン姫、お見事でした」
メイラムが支えるように彼女の肩を抱く。
「……メイラム。わらわは正しいのだろうか」
アデンの顔を彼女は覗き込んだ。
「リオンに我が一族の宿命『ゼブラ』を背負わせたことだ」
「アデン姫の選択は、決して間違っておりません」
彼女は口を真一文字に結ぶ。アデンの肩に触れる指に力が籠った。
「あのまま『ゼブラ』が主を持たなければ、アイリス星はおろかこの宇宙が確実に崩壊していました」
「そうだな、あ奴の姉として、わらわはリオンを守らねばならん」
自身の躰の心配よりも璃緒のことを気遣うアデンに、メイラムは息を吐く。
「直にリオン姫は、『ゼブラ』の本当の力を知ることになりますでしょう」
アデンはその真意に頷いた。
*****
男から聞こえる通信機が耳障りな音を鳴らした。我に返った璃緒は顔を赤らめて、慌ててリュークから離れる。一旦高ぶった感情を抑えるために空を見上げた。未だどんよりとした雲は、そこに佇んでいる。
甲板を見ると座り込んだままのアデンが睨んでいた。璃緒は彼女の側まで走っていく。側にいるメイラムは、アデンに自分の上着を掛けた。
「何事だ」
アデンは眉間に皺を寄せながらも、平静を装っている。
「何でもない」
璃緒はアデンに手を差し伸べる。彼女はそれをじっと見つめた。顔を赤くして璃緒は呟く。
「けど、声を掛けてくれて、ありがと」
差し伸べられている自分と同じその手を、右手で思いっきり引っ張った。璃緒はバランスを崩して、アデンの顔の前に鎮座する。
「莫迦者。目上の者を見下げる輩がいるか」
そのまま彼女は璃緒を力強く抱き締めた。
「礼など言うでない。そちの姉として、当然の振る舞いだ」
アデンの懐深く柔らかな胸に包まれながら、何も言わず璃緒は頷く。
ふとある匂いに彼女は気づいた。少し鼻を鳴らして元を辿る。
「左手?」
何気に手をアデンの左肩に触ると、その氷のように冷たい感触に思わず手を引かずにはいられなかった。
「アデン、これ……」
璃緒は顔を引き上げようとするが、アデンは右手で押しつける。
「単なる古傷だ。そちは心配しなくていい」
「で、でも」
勢いよく体を璃緒は起こし、引いた手掌で彼女の左手に再び触れた。焦げた臭いのする、黒い煤に覆われた冷たい金属の腕がそこにある。
「こんなことって……」
「案ずるな。仕方がないが、暫くは動かないだけだ。リュークの本艦で修理してもらう」
璃緒は左腕を持ち上げた。ピクリともしないそれを、自分の頬に当てる。
「頬が煤だらけになるぞ」
「こんなになるまでして、あの声を私に送ってくれた。守って、くれたんだね……」
大粒の涙がその冷たい金属の手に伝っていく。
「当たり前だ、そちを失うことなど、絶対にさせない」
煤がその涙に、溶かされていった。
「私、自分だけ不幸だと思っていた。何故こんな目に合わないといけないのかって。ひょっとしたら、騙されてるんじゃないかって。自分勝手に考えていた」
璃緒もアデンを抱き締める。
「でも、私、守られていたんだ。みんなに、ずっと、ずっと……」
驚いた瞳はやがて閉じた。
「それはこれからも、そちと姉妹である限り変わらぬ」
「うん」
「お母様と約束した、そちを守ると」
「うん。……知ってる」
璃緒は大粒の涙を落とす。アデンは優しく彼女の頬を撫でた。
「それよりも、どうして最初に家臣のリュークよりも、わらわのもとに駆け寄らない。目上の者は敬うのだぞ。莫迦者め」
「はあ?」
「姫は姫らしくするのだ。今回はそちの涙に免じて許してやる」
負傷していても相変わらずの口振りに璃緒は安堵する。そして彼女は目尻を下げて吹き出した。
*****
暫し二人の様子を見て笑みを浮かベようとしたリュークは、思い出したように耳元の通信機を押し当てる。
途端に男の瞳が見開いた。
「馬鹿な、地球に」
口唇を男は震えさせる。抱き合っている二人の姫を見つめ直した。真っ直ぐリュークは璃緒に向い、胸に手を押し当て膝を付く。気付いた彼女は屈託のない顔で微笑した。
「リュークにもお礼言わなくちゃ」
透き通る素直な瞳に返すだけの面子を作れない男は、不恰好な様を見せる。真一文字に結んだ口角が下がり、鋭い眉間の皺と傷跡がより深くなった。
「どうかしたの?」
これまで見せたどの表情よりも、険しいことを璃緒は理解する。額に汗を滲ませた男は喉元を鳴らし、言葉を発した。
「姫。地球が一大事でございます」
第6話に続く




