その1
璃緒が朝、リュークと顔を合わせていた頃……。
無数の隕石群は、ある一定の軌道上に漂っていた。何も起こらない、漂うだけしか知らない宇宙空間に存在しているだけだった。そこに、ある物体が高速で近づいて来る。破壊され尽くされた、巨大宇宙戦艦だった。大きく傾いたまま突進してくる。やがてその戦艦は隕石群の中に突っ込み、大爆発を起こした。その破壊力は凄ましい。周囲の小さな隕石群を巻き込み、ある変化を起こした。軌道の狂いだ。
その変化は一定の秩序を崩しながら拡大していく。隕石は互いに衝突と崩壊を繰り返しながら、その幾つかを軌道枠から弾き出した。それらは何かに導かれるように動き始める。
隕石群の遙か背後で、ある謎の艦隊がそれを見届けていた。
「アルベルト隕石群の一角に一巨大戦艦が衝突し、大爆発を起こしました」
リュークは璃緒にも解りやすいように、砕いて説明している。が、その目は点になっていた。
「衝突によって隕石は崩壊し、粉々になりました。その時に生じた破片の幾つかが、隕石群の軌道を外れています。行く先を計算しましたところ、一つが太陽系に達しています」
アデンはメイラムに躰を支えられて、辛うじて立っている。
「それが地球に降ると言うわけだな」
「いかにも、ご推察の通りです」
アデンの顔が訝しげに頷く。
「隕石の大きさは?」
リュークは小さく咳払いをし、一担璃緒に視線を配った。そしてアデンに向き直る。
「ラベウル級です」
その言葉に、大きな瞳を更に開げて彼女は仰天した。
「隕石なんて、地球には毎日幾つかは降っているって聞いたけど。みんな大気圏で燃えて無くなっているんだよね」
璃緒は戯けたように笑ったが、その場は乾いたまま不穏な空気だ。青ざめたアデンの表情に尋常ではないと悟る璃緒は戸惑う。
「な、何よ、そのラベリーキューって?」
「ラベウル級です。隕石の大きさを示す俗称とも言いますか。およそ直径四百キロの隕石です」
それだけ聞いいてもやはり何が起こるのか、さっぱり璃緒には理解できていない。
「地球がいったいどうなるの? それって燃えてなくならないの?」
もう一度アデンに男は視線を戻した。彼女はゆっくり頷く。
「そのまま衝突すれば落下地点の地表が捲り上がり、その影響は地球のマントルを突き破ります。コアからの溶岩の噴き出しは大気圏まで達し、その量は地球の半分を覆い尽くす量と考えられます。その後地球全体は灼熱化し、三日で丸焦げの状態となります」
「つまり……」
「あと二日後で地球上のありとあらゆる生物は全て絶滅し、完全に消滅します」
璃緒の想像を越えた出来事が、そこにあった。どう反応していいのかわからず、戦慄く彼女の唇が震える。
「ど、どうすればいいの。ねえ、リューク、どうすれば地球は助かるの」
苦虫を潰して、男は頭を垂れた。
「どうすることも出来ません」
「何故!」
璃緒は怒鳴って詰め寄って、服を引っ張る。
「時間がありません。ここまで我が艦で二日も掛かっています。今からどんなにジャンプを繰り返しても、一日半以上必要です」
さっきの幸福だった気持ちが、一瞬にして奈落の底に突き落とされた。璃緒の全身が震え出す。
「着いた頃には、地球に隕石は衝突しています」
「そ、そんな……」
彼女の縋る手が緩まる。
「仮に衝突前に間に合っても、事態を回避させることはほぼ不可能です」
「いやよ、いや、いや!」
だだこねる子供のように、璃緒は首を横に大きく振った。
「何故、そんなこと言うの。ザベリンの力でなんとかなるでしょ。あなたたちには、星を征服する高い科学力があるんでしょ! ねえ、アデンも何か言ってよ!」
「リオン……」
事態を飲み込んでいるアデンは頷けない。
「みんなを失うなんて出来ない!!」
璃緒は床に泣き伏せた。
「……ザベリンの力か。大いなる宇宙にとってみれば、我々の技術力など他愛もなく、こんなにちっぽけなものだ。我々は今まで何をしてきたのだ」
今のリュークには震える拳を作るしかない。
目の前に、細長い尖塔が映る。
「『ゼブラ』……」
伏して手を付いている漆黒の透き通る甲板を、璃緒は凝視した。
「この『ゼブラ』だったら、何とか出来るの、リューク」
「い、いえ……」
縋る彼女の眼差しに男は口ごもり、考えを打ち消すように頭を大きく振る。
「無茶です。幾ら『ゼブラ』でも限界があります。ましてや、まだ姫が充分にこれを動かせるかどうかも判りません……」
だが璃緒は引かない。
「これで間に合うのなら、今すぐに行く」
「しかし『ゼブラ』を動かすことに、高老院が許しません」
その答えに、半ば呆気にとられる彼女は反発した。
「そんな、高老院とか知らないし、関係ない! 地球が危ないのよ! 私の星が!!」
口から出そうになる言葉を堪えて、リュークは沈黙する。
「リューク!!」
「リオン、高老院は我が国王でさえ、一目置かざるを得ない存在。それを無視することは、やはり出来ぬ」
「アデン、あなたまで……」
璃緒は呟きながら、しがらみのような講釈などを聞きれる気は無かった。
「最初から諦めていては、何も出来ない。それはあなたたちが教えてくれたことよ!」
彼女は立ち上がって翻る。
「『ゼブラ』を動かす」
璃緒の前にメイラムは両手を大きく広げて、立ちはだかる。
「邪魔しないで!!」
「無理です。ある意味、『ゼブラ』とリオン姫が生きてここにいらしゃるだけで、高老院はいいのです。たとえ、辺境の一惑星が滅びても」
彼女を睨み付け、リュークが言えない台詞を吐いた。
「それが本当だとしても、変わらないんだったら変えてみせる。無くなっていい星なんて、絶対ない」
一旦口が開いたものを堪えて、璃緒は前進する。
「しかしリオン姫。この宇宙に散らばる星々をすべて救えることなど、出来るはずなどありません。それは神をも恐れぬ所業です」
彼女は璃緒の前に仁王立ちして引かない。
「そんなことくらい、わかってる」
「では、お察し下さい。ここでどう動いても結果に変わりはありません」
璃緒は歩を止めた。
「カレン王妃は、それでも瀕死のカイザル星に行った」
「そ、それは」
「ザベリン王や王妃のこの星やカイザル星に向けていた気持ち。それが本当ならば、そして、私が彼らの娘ならそうする。わかっているなら尚の事」
再び璃緒は塔に向かって進み始める。
「リューク、リオン姫を止めろ!」
「そうだったのか……」
その璃緒の言葉にリュークは愕然としていた。
「王妃やルン大佐が、最後まで諦めなかったあの時の意志。それは姫のこと……」
戦慄く男は一歩踏み出す。
「今まで生き恥を晒していたのは、この日、この時のため。己だけがのうのうと生きるという、空虚な日々では決してなかったのだ。それは姫の存在が証明してくれる」
リュークは震える歯を食い縛る。これまでの考えが、実に浅かったことを悔やむように、そして確認するように呟く。
「我の使命は、そしてこの瞬間のため」
「リューク、わらわは何も言わん。おまえのしたいようにしろ。リオンを支えるのだ」
「ア、アデン姫、それでは……」
驚きの顔を見せるメイラムはその場に立ち竦んだ。
「メイラム、おまえも大佐の娘ならば、もうわかっているはずだ。何が大切なのか」
「しかし……」
彼女は未だ当惑する。




