その10
落雷を避けながら四人は走っていく。漆黒の艦上は見た目よりも広大だった。
「二つの塔……」
躓いた不安定な脚は、前に急がせるのを留めた。その塔の尖端は荒れ狂う光の放電に見え隠れしていた。地下都市で璃緒と見た光景と重ね合わせて、その違いにカラトバは呆然となる。
「君は何を選択しようとしているんだ」
「カラトバ殿、早く!」
リュークは甲板で彼を引っ張り上げる。アデンも細長い塔を見つめた。高く伸びるそれは未だ何も発さない。
「もう、ダメだよ、アデン。引き返そう、無理だ」
幾分か涙の筋が出来ているカラトバは、アデンに情けなく縋り付く。
「狼狽えるなカラトバ。もう逃げ場など無い。『ゼブラ』が、いやリオンが正気を取り戻さないと、この星は今度こそ砕け散る」
「そ、そんな。みんな道連れなんて。行きはダメだったけど、ここからだったらリュークの艦に何とかして戻れないのかい」
「申し訳ありません、カラトバ殿。『ゼブラ』に近づけただけでも、奇跡に近いでしょう。前にも申し上げましたが、ここにはすでに強力なシールドが張り巡らせてあるようです。転送装置はアクセス出来ません」
カラトバは腰から力が抜けて、床に崩れ落ちた。
「案ずるなカラトバ。リオンは必ず『ゼブラ』を制する。さあ、あの塔まで全力で走るのだ」
リュークは反論しそうになるカラトバを止める。
「我が姫を信じて頂きたい、カラトバ殿」
その圧倒的な凄みに彼は半分開いた口を閉じ、しぶしぶ後を追いかけ始めた。
「『ゼブラ』は何ものよりも強い。だがそれは使命を与える者がいて、しかもその力が強大である時こそのみ。奴がその是非を認めなければ、ただの狂気にしかならない」
鋭い光がアデンの目の前に突き出る。
「アデン姫!」
咄嗟にメイラムは彼女を引き留めると、甲板で光が弾かれ二人は横転した。
「お母様の封印は解かれ、同じ血の流れるリオンへ移った。『ゲゼル』と『サベリン』との血の融合が、『セブラ』にどう影響するかは未知数。だからこそリオンは奴を屈服させねばならん」
立ち上がったアデンはその瞳を大きく広げて睨む。
「己の信念を通さねば、奴に呑み込まれて二度と正気を取り戻すことは出来ないだろう」
カラトバが悲鳴を上げて逃げ回っていた。時折近くに落ちる眩しい光に目を細めて立ち止まる。
「わらわを背負って走ってくれ、リューク。リオンにテレパスでアクセスする」
「御意」
アデンはリュークの広い背に陣取った。胸の前で両手を組み、上半身を直立して大きな瞳を閉じる。
「お母様は身をもって証明された。武力と言う力では何も解決しないことを」
*****
ホログラフィックの王妃の画像が、一瞬不自然に揺らいだ。
「私が決断したこと。それは『ゼブラ』を絶対に起動しないことでした。この怪物を封印し、私の以外の何人にも渡さないことでした」
次の言葉が璃緒には出せなかった。王妃は彼女の瞳の中で、慈しむような優しい表情でゆるやかに微笑む。
「私自身の死が、すなわち『ゼブラ』を封印する事でした」
『自己犠牲』という言葉は口に出せても、実行することは勇気と覚悟がいる。ただ今の璃緒にはとても現実のものと思えないほど、考えが及ばないことだった。
「で、でも、今『ゼブラ』は動いている」
王妃は口元を更に緩めて見つめる。
「封印は解かれ、次世代に受け継がれたのです。リオン、あなたに」
王妃の表情に対して璃緒はますます怪訝な顔となった。
「私は何もしてない。これは勝手に動き出しただけ」
「それで良いのです。そうで無くてはなりません」
凝視する王妃とは対象的に当惑する璃緒の瞳は泳いでいる。彼女が現状、置かれている立場など理解しようもない。
「一千年前に建造されたとされるこの『ゼブラ』は今のところ、ゲゼル家だけしか起動させる事は出来ません。またこれを操舵するとなると、一族でもほんの僅かでしょう。この艦を無理矢理に従わせようとしても応答などしません。『ゼブラ』には意志があるからです」
両肩を脱力する璃緒は頭を掻き毟った。
「もう、言っている意味がわからないよ」
カレン王妃は息を整える。
「『ゼブラ』は人と同期することによって、一つの人格を持ち得ます。それはこの艦の機能の一部を解放し、制御者となった者の意志に従って動き出すのです。自分の置かれている立場を理解し、状況を見据えてこれから正しい判断、選択をしなければなリません」
カールヘアを乱した璃緒は、カレン王妃を見据えた。
「『ゼブラ』はあなたの命令にしか反応しません。あなたがどう扱うかによって決まります。もしあなたがこの星を消滅させることを考えれば、『ゼブラ』はそうするでしょう」
「じゃあ、私が『動くな』って念じれば止まるの、これ」
王妃の細長い指が伸びてきたが、途中で止まる。
「『ゼブラ』は意志を持っています。あなたはそれと対話が必要です」
「そんな、何故私がそんな事をしなくちゃいけないの」
やはり納得出来ない顔をして口を尖らせる。
「『ゼブラ』を管理するのは、あなたの運命だからです」
「何も知らない私より、アデンが適任だよ」
「アデンは『ゼブラ』とは起動も同期できません」
やや悲しげな表情を見せた王妃は、すぐに微笑みを浮べる。
「リオン、アデンは元気ですか?」
「……あ」
取り繕う顔が璃緒には出来なかった。王妃はアデンとは逢えない。
「私があの娘を知っているのは五つまでです。その後はこのアイリス星にいました」
璃緒は頷いた。カラトバから聞いている内容だ。
「幼い頃、彼女は大怪我を負いました。そのような者とはリンクが出来ません」
「リンク出来ない……」
もう一度カレン王妃のホログラフィックが揺れる。
「双子の妹がいるとアデンに教えました。彼女は複雑な顔をしていましたが、やがて『ゼブラ』の起動の候補者になると判断しました」
今度は激しく王妃の胴体と脚が離れて戻った。
「彼女は幼いながらも、姉としての自覚を持つように躾られました。いつ出逢っても、あなたを守れるようにと」
それに関しても璃緒には思い返すことができる。気丈に振る舞い、何事も冷静に判断し、歩み寄ろうとする姿。優しい言葉。
甲高い音が空間に鳴り響いた。
「時間がありません、リオン。『ゼブラ』はあなたの命令を待っています。これは主のそれが無き場合、暴走を始めます。さあリオン、あなたの命令を」
王妃は手を差し伸べる。その途中、ホログラフィックが消えた。




