その9
静かだ。この空間には何の音もしない。
二人の、正確にはホログラフィックのカレン王妃と璃緒の二人の声しか聞こえなかった。
「私たちは今でこそ母星を持っていますが、宇宙を点々と放浪していた移民族だったのです」
「ここには三百年前に来たと聞いた」
「そうですね。そう伝えられています。しかしもっと古い時代には、私たちはこのアイリス星にいたのです。理由は今ではわかりませんが一千年以上前に先祖が二つに分裂し、一つは新天地を宇宙へ向け飛び立ちました。それが私たちの祖先です」
未だ理解に苦しむ璃緒は頭を傾げていたが、暫し超古代破壊兵器『ゼブラ』の成り立ちが語られた。
『ゼブラ』は移民船として、地球で言うならば『ノアの方舟』として建造されたらしい。古い記録からは当時の文明力は発達しており、一つの都市を形成できるほどの機能を有しているとも言われていた。おそらく祖先たちはこれに乗って新天地に出発した。当然攻撃したり、防御したりする能力も当時の文明力最高のものを持ち合わせていたのだろう。どういう風に自分たちの住む惑星を見つけて行ったのか、璃緒には想像すらつかない。
「難しいことはわからないけど、多分侵略していったんだわ。この『ゼブラ』で」
王妃はちょっと困惑した顔をする。
「何故、ザベリン王がこれを操っていないないの? 何故この星に舞い戻って来て、地下都市に埋まっていたの? これがあれば、この星みたいに彼方此方と絶対的に征服できるんでしょ」
「それは……」
強ばる表情のカレン王妃は口を閉ざした。
「教えて、私は全てを知りたい。征服される星々がこんな風に変わってしまうその原因を、はっきりしたいの」
脳細胞の中枢神経システムと璃緒のテレパスは同調している。彼女の不安定な感情と怒りを伺い知ることは簡単だった。大きな瞳は真っ直ぐにホログラフィックの王妃を見つめている。
「そうですね。あなたは、もう知るべきです」
王妃は目を閉じて、話し始めた。
「アイリス星は……、この星は、ザベリン王の母星です」
「え?」
璃緒の唖然とした顔がある。
「この星の祖先たちは、舞い戻って来た移民者たちの移住を認めませんでした。話し合いでは決着がつかず、やがて戦争が起こりました。それは長年続き、その間緑に囲まれたこの大地は表皮を剥ぎ取られ荒れていきました。ここの民は隠れるように地中深く都市を建設していきました」
王妃の指からつい出た光は、おぼろげに、まるで古い映画のように空間に投影された。歴史の授業で見る戦いの記憶が動画で流れる。都市の業火と崩壊、逃げる人々と吹き飛ばされる瓦礫。目を覆いたくなる現実がそこにあった。
授業では他人事のように歴史の教科書を見ていたり、退屈で落書きしたこともあった。平和な日本に恐れるものはなかった。
「長い戦争に業を煮やしたゲゼル家側の星間高老院は、終止符を打つべく伝説の古代破壊兵器『ゼブラ』を起動を決定します」
戸惑い胸に当てた璃緒の心臓の鼓動は、ますます高鳴る。
「緊迫する情勢の中、この決定は事態を悪化させます。『ゼブラ』が正常に動けば確実に星ごと消滅するからです」
『ゼブラ』の映像の一部がうっすらと浮かぶ。まがまがしい格好の黒い巨体は複数の触手の様なもの突き出して、そこから光を放電していた。
「これが『ゼブラ』……。これを動かせと決定された」
絶句する璃緒を横目に、途中で言葉を区切った王妃は、暫し空を切るかのような視線に変わった。
「そう、『ゲゼル・ミリディア・ゾ・アバ』。ゲゼル家直系のあなたの祖父はこの起動を司ります。淘汰を迫られたザベリン家はゲゼル家に忠誠を誓い、あのお方がこの星の王即位後、星を守るために私と結婚したのです」
「なんてこと」
璃緒の足元が崩れた。それまでの否定の対象であったものが無くなった瞬間だった。
「この星のために」
「ザベリン王は救うべき星を、決して見捨てることなどしません」
「星々を征服していく移動民族征服者では、……ない」
カレン王妃は、彼女の言葉に頷く。
「本当の征服者の血は、王妃や私にも流れる、ゲゼル家。いや……」
璃緒は両手で耳を塞ぐ。
「聞きなさい、リオン。聞かなければなりません。ゲゼル気の血は確かに流れています。しかし、あなたはザベリン王の正義と優しい血が混じっている。そしてリオン、あなたは百瀬家の娘として、平和な時間の中で様々なことを学んでいます」
「で、でも……。『ゼブラ』は、私の名前で起きた。それって家系に伝わる血筋が、そうさせたことくらいわかる」
「確かにこの『ゼブラ』は、私たちの祖先から受け継がれてきた、高度な遺伝子レベルでしか結合しません。しかもこの『ゼブラ』とは血管に流れる血液でさえも同調しなければ、起動は出来てもコントロールすることはできません。ザベリン王では不可能なのです」
カレン王妃はゆっくり璃緒に近づく。彼女は両手を振り払うが、グラフィックをかき乱すだけだった。
「リオン、あなたはゲゼル家、真の後継者なのです」
「知らないよ、そんなこと!」
大きく髪をかき乱して首を振る表情は、不安と当惑で更に硬くなっていた。その彼女の前に王妃はしゃがみ込み、頬に手を差し出す。触れていないが確かに撫でていた。
「恐れる気持ちは分かります。今聞いたことは、その全てがあなたには理解し難い、まるで夢のような出来事だと思います」
理解の範疇を超え、自分の存在に不確かささえ感じ始めている璃緒は大粒の涙を落としている。
「あなたがしっかり現実を受け止め、これから何をすべきかをわかっていれさえすれば『ゼブラ』などは脅威ではありません」
「こんなの双子のアデンに任せればいいじゃない! 何故私なの!!」
その言葉に、王妃は俯いて悲しい顔になった。
「アデンは『ゼブラ』は動かせません。あの娘の体と『ゼブラ』とは全ての脳神経系統機能とリンク出来ないのです」
「何を言っているのか、わからないよ! 王妃、あなたは何をしたいの?」
これまでカラトバから指摘され、堪えてきたものを吐き出すように叫ぶ。
「何とかと言う直系の王妃は、この『ゼブラ』を動かせたんでしょ。カイザル星の時だってこれで何とかできたんじゃない!」
「確かに私は『ゼブラ』とリンク出来る能力を持っていました」
「だったら!!」
立ち上がって璃緒は王妃を睨みつけた。憤るものを握りつぶすように、前傾姿勢で。
「先祖から託された後、何をすべきか考えてきました。あなたの言う通り、『ゼブラ』の力を持ってすれば力でねじ伏せることに可能だったでしょう。でも私は起動させませんでした」
表情は強張っているが、王妃は少し微笑む。
「ここであのお方と出逢い、愛し合ってはっきりしました。私たちに『ゼブラ』など要らないことを」
優しい愛情に満ちた言葉。
「次の後継者がこの血塗られた歴史を変えて、次世代に向かっていくことを願う。その者が来るまで誰にも触らせず、永遠に封印すると」
はっとして璃緒は顔を上げた。
「それって、まさか……」
「私が動かせる『ゼブラ』は、私がいなければ動きません」




