その1
瓦礫の道なき道は続いている。大小の岩場を乗り越えながら、二人は細長い塔に向かっていた。
「本当はアデンとここに来るつもりだった」
「知ってるけど、何ために?」
「僕はアデンとここである賭けをしたんだ。僕が勝ったら、彼女と結婚しても良いと」
「ええ?」
璃緒は目を丸くして声を上げたが、カラトバは同じ口調で話し続ける。
「まあ、小さい頃の話だけれどね」
前を進む彼は顎に手を当てて苦笑した。
「僕とアデンは幼い頃、この地で育ったんだ。勉強と食事以外ではいつも一緒に遊んでてね。彼女の口癖は、『しょうがないから、おまえと結婚してやる』だったよ。僕より三歳も年下なのにね」
「アデンらしい」
少しずつ彼女の性格と振る舞いを理解し始めている璃緒も、思わず吹き出す。
「しかしどうしてこの星で? アデンは毋星で英才教育を受けてたんじゃなかったの?」
頷いてカラトバは振り返った。
「彼女が十五歳になるまでだけどね。古くから伝わっている、習わしさ』
「習わしって言っても、こんな何も無い所で……」
璃緒は改めて、瓦礫の山を見回す。
「違うよ。僕らは皇族だぞ。この壊れた瓦礫の上で暮らしていたわけじゃないよ。地上で緑地が広がっていただろう。その中に宮殿が建てられていたんだ。もっとも、その建物は母星から運んで来たんだけれどもね」
カラトバは璃緒の想像を打ち消すように説明するが、彼女はきょとんとしていた。
「かなり遠くにいたけど、君も辺境の惑星『地球』とか言う処で、面倒を見て貰っていただろう」
「地球の百瀬家に……。あの朝リュークが来なかったら、普通の生活してたのに。本当に迷惑」
悪気はないが、彼女は口を尖らせ悪態をついた。
「ところで、いったいどんな賭けをしたのよ」
少し考え込んで頷き、男は言い続ける。
「単純なことさ。その塔の下にある聖櫃の前で、ある呪文を唱える。何か起こったらアデンの勝ち、何も起こらなかったら僕の勝ちだ」
「聖櫃?」
遠くにそびえる二本の塔の下部を、カラトバは指差した。その指に沿って璃緒の視線が動いていく。
「その呪文で、どうなるの?」
「わからない。アデンがある年齢に達しなければ、その答えは解けないんだ」
何かを察したように璃緒は呟いた。
「ある年齢って、十七歳だよね」
「そうだよ」
覚醒の年齢が十七歳ということを璃緒は聞いている。
ただどのように覚醒し、自分が自分で無くなるようなことに本当になってしまうのか。
全く見当もつかないことに彼女は沈黙した。
「残念だったね、アデンじゃなくて」
少しだけ微笑むカラトバは、璃緒の顔を見つめる。
「まあ、仕方がない。これも運命だよ。アデンに瓜二つの女性がいるなんて知らなかった」
「やけに素直な反応ね」
仁王立ちする璃緒は、少々鼻息を荒くした。
「そうでもないさ」
目前のカラトバは再び璃緒を嘗め回すように見つめる。
「しかし幾らなんでもあんな処に居たなんて。誰からも忘れさられてしまいそうだよ」
そう言った直後、カラトバは再び顎に手を当て考え込む。
「いや、出生や存在そのものを、僕ら皇族やその他の連中から『隠していた』とも言えなくもない」
神妙な顔付きで男は呟いた。
「真の継承者は、ひとりだけだ……」
璃緒はじっとカラトバを見据えていた。カラトバは考えていたことを打ち消すかのように、頭を振る。
「い、いや、何でもない。そうだ、少し休憩しよう」
二人は建物の一角に腰を降ろした。古びた水道管らしきものから、ぽつんぽつんと滴が垂れている。璃緒がそれに触ろうとした時、暗闇に地響きが鳴った。
「僕がいた頃よりも、思った以上に脆くなっているな。ここもやばそうだ」
カラトバは立ち上がり歩き始める。璃緒も続いて腰を上げた時だった。
「……音」
手元の近くで何かの音がする。彼女は注意深く辺りを探った。壊れた壁の下から微かな音楽が、途切れ途切れに鳴っている。
それは半分、土の中に埋もれていた。璃緒は手で掻いて掘り起こす。先ほど見たものと同じように、手鏡の形の中に液晶画面の様なものが収まっていた。途切れの映像と雑音と混じった音楽が、そこに流れている。
「これって」
映像には華やかに着飾った男女が、ゆっくりと歩いていた。その周囲を住人が取り巻き、祝杯を上げている。華やかな結婚パレードだった。
場面はゆっくりと男女にズームアップしていく。やがてカメラは、次のシーンヘ移った。璃緒は目を見張る。
「この人、カレン王妃……」
鏡の中に映る映像はこれまでと違い、『幸福』という文字が似合うほど満面の笑顔だった。
「夢で見たカレン王妃は、もっと悲しそうだった。隣がザベリン王なの」
彼女の持つ手鏡が震える。中の男は、一度も振り向かなかった。やがて映像は形を崩し消える。璃緒は何度かその物を振った。映像が出るどころか、手元から転げ落ちてしまう。慌てた彼女だったが機器を拾うことを諦めた。
「幸せだったの、かな。征服者と結婚なんて……」
もう何も音は鳴らない。
彼女は腰を上げた。
「何してるんだ」
足元に転がっている映像機器をカラトバは見つめる。
「別に。まだ行くの?」
璃緒は手の埃を払い、服を整えた。そしてひと呼吸置く。
「カラトバ。アデンと間違えたんだったら、また戻ればいいじやないの」
男は遠くに霞む細長い搭を見上げた。二本対になって佇む姿は、届きそうもない蜃気楼のように揺らめいている。
「ねえってば」
返事を待てない璃緒は催促した。
「いや、もう少し歩こう。ここは少々危険だ。それに」
「いい加減、地球にもどりたいんですけど」
溜息を付いて彼女は歩き始める。その姿を見ながら男はひとりごちした。
「同じ顔の君のために、あの聖櫃で何が起こるか見てみたい」
促がされて砕ける瓦礫の道を、時折りバランスを崩しながら歩いている。
ふらついた拍子に璃緒は男の軍服を掴んだ。上着の間から、腰にぶら下げている銃らしきものが目に入る。彼女は驚いて掴んだ手を咄嗟に放した。
「何だ、驚いたのかい。これは護身用さ。僕も皇族だし、命を狙われる可能性もあるからね」
璃緒はカラトバから少し離れて後を追う。
「誰から狙われるの?」
「宇宙の輩たちからさ。これだけの勢力がある支配者が、誰からも恨みを買わないで済むことなんてないさ」
カラトバは冷ややかで落ちいた声を発する。
「恨みを買うほど悪いことしてるって、ことね。カオスやクルス先生もそのせいで……」
地球でのこれまでの出来事を、璃緒は思い返した。
「もし誰かが襲ってきたら、それで」
「反撃するしかないな。僕ら皇族が命乞いなんて出来ない」
ぴたりと璃緒の歩が留まる。気配に気付いたカラトバは振り返った。
「どうしたの」
「撃ったことあるの? それで」
そのトーンの下がった声色に気付いたカラトバは向き合い、腰の武器に触れる。彼女は身構えた。
「あるよ」
不敵な顔に戦慄く璃緒は、後退りして尻餅を付く。目の前にいる男に警戒する鋭い視線を投げつけた。
「仕方がないだろ、僕だって命が大切だよ。リュークやメイラムなんか、僕よりもずっと荒っぽい奴等だぞ」
これまでの二人の素行を考えれば、璃緒は納得せざるを得ない。
「征服者の部下だから」
カラトバは堪らず吹き出した。
「君はその征服者の娘だぞ。しかも彼等はその君らのためなら、敵と相討ちして死ぬことも厭わない。そう教育されている」
口を真一文字にして、璃緒は沈黙する。
「僕の側にはそんな戦闘に長けた輩はいないからな。丸腰では正直、怖いよ。一旦宇宙へ出たなら、周りは全て敵と思ったほうがいい」
「アデンもそうしているの」
「そりゃ、直系血族だから当然だろう。いつ、どのように狙われて死ぬかわからない。その為に彼女は死んでも恥と悔いが残らないように、教育され責任ある行動している」
璃緒の中に次々とこれまでのアデンやリューク、メイラムそしてカオス、クルスに至る者の行動が甦る。
「みんな、意味のある行動をしているんだ」
瓦礫の上で佇んだまま、呟く璃緒は身動きが取れなくなった。
「私は、何も無い。何も考えなんて、無い」
「君はいったい、何者なんだ」
カラトバの問いに、璃緒は押し黙る。
「わ、私は……」
「そう、知ってるよ。あの惑星の一般高校生とかだろ。でも、よく考えてみろ。全く関係ない星の者をこんなところまで僕が連れてくると思うか」
「それはあなたが勘違いしたから」
「誰とだよ」
カラトバは腰に手を当てた。
「アデン」
璃緒の声が小さくなる。
「そうだ。僕が幼い頃に一緒に遊んだ彼女に瓜二つだからだ。それでけでも、全く僕らと関係ないことはない」
何処からともなく突風が吹き、璃緒の茶髪が荒々しく靡かせた。カラトバは腕で顔を覆う。
「……わかってる」
未だ吹き荒れる中、璃緒は立っていた。
「いいや、君はわかっていない。自分の事なのに、わかろうとしない」
「わかってるわよ!」
彼は動きを止める。璃緒の目頭の様子が涙を堪えているように見えたからだ。
「こんなところまで来て、否定はできない。そんなこと、もう……。私が自覚しないと、ダメなことくらい……」
カラトバは慌てて咳き込んだ。その場の繕いがわからず、溜息をして背中を見せる。
「ごめん、言い過ぎた」
彼女はハッとして頭を上げる。カラトバは腕を組み、少々困った表情を浮かべて不器用に微笑んでいた。
「辺境の惑星にいた君は、宇宙の状况も何も知らないんだよね。混乱させてすまない」
非現実の中の現実、今起こっている状況を掴むだけでも、璃緒には精一杯なのは事実だ。
「知るべきじやなかったのかもな。あの惑星にじっとしてれば、こんな事に巻き込まれることなど無かった」
と、十メートル先に天井から瓦礫が落ちて粉塵を巻き上げる。
「さあ、急ごう。この街はもう死んでいるんだ。いつまで保つかわからない」
男は手を差し伸ばした。戸惑い歪んだ笑いを浮べて、璃緒は手を差し出す。
「少し君のことが理解出来てきたよ」
「カラトバ」
二人は手を取りあいながら、なおも塔に向かって進み始めた。
「だが、君が背負うものは、余りにも大きい」




