その11
アイリス星に向け、リューク艦が最後のジャンプを開始しようとしていた。メインブリッジで指示を出すリュークを、アデンはじっと眺めている。メイラムはアデンの後方に位置を置き、同じようにリュークを見つめていた。
「アデン姫、アイリス星で我が姫はその過去を知るのでしょうか」
「当然だ。わらわが言わずとも、カラトバが口を滑らすはずだ」
アデンの鼻息は荒かった。
「しかし、カラトバ殿がこのタイミングでアイリス星に向かわれたのは、私には姫を知っていて連れ出したように思えます」
「カラトバは双子のリオンのことなど、知り得はしない。リオンのことは血族でも、数人の者しか知らぬ。存在が消されていたのだからな。まして居場所など、リューク、貴様しか知らなかったという訳だ」
「私が生かされている理由は、そこにもあったのでしょうか」
「知らぬ。死に場所を求めている者を、最前線まで行かせるお父様も訳がわからぬ。もし本当に貴様を失ったら、リオンは永遠に帰ってくることはなかったろう」
「私が姫の宿命を、握っていたのか……」
「カラトバが連れて行ったことが偶然にしても、ザベリン家の真実を悟る時が来たと言うことだ」
室内計器類の点滅がカウントダウンを始める。その全てがコンピュータ制御されおり、人の手の動きはなくクルーは黙視しているだけだ。
「カラトバがリオンにその全てを語っていなかったとしても、運命は変わらない。聖櫃の間で行おうとするものは、リオン、いや、ザベリン家の血族にとって、再び呪縛を『纏う』か『解く』かの選択になるだろう。所詮、血塗られた過去は戻せはせん」
アデンは真っ直ぐ、深奥の宇宙を見定める。
「まさか伝承とは、『千年の呪縛』……」
リュークの問いに、アデンは頭を微動だにしない。
「姫は、全くを以て、お強い」
突然彼女は笑いだした。
「わらわよりも、強く、愛い者がいるではないか」
真一文字に口を閉じた男は頷く。
「わらわたちの精神を惑わし、滅亡の危機まで迫ったサイコキラーの者を側近に従え、カイザル星の輩を屈服させ、解毒剤が有ったとは言え、『オメガ・テン』をも乗り越える体を持つ者。そんな人種を、わらわは今まで聞いたことも、見たこともない。あの者こそ、一番破天荒で我々の中で最強なのかもしれない」
メインブリッジから見える宇宙の星が線状に尾を引きはじめ、捻じ曲がった。
***
大きな音を立てて地面が崩れ落ちる。璃緒の体は朽ちた木の根に、うまく引っ掛かっていた。どうやら地面の下は空洞だったようだ。
「地面の下に、こんな穴があるなんて」
空中に浮遊している璃緒の眼下に、様々なものが浮かび上がってきた。それは次第にはっきりしてくる。
「ま、まさか……、そんなことって」
彼女の前に現れたのは、崩落した巨大な街並だった。既に幾つもの年月が経過しているようで、至るところで今も崩れ落ちる音が聞こえている。
璃緒の体が、一つ分下がった。根が悲鳴を上げている。
「ちょっと! 私そんなに、重たくないからね!」
彼女は自分自身で慰めながら、辺りを見回した。早く移動しないと、根が折れることは明白だ。しかも服が、次第に破れかけている。璃緒は足元を確認した。地面は遠く、どうしようもないほどだ。
「どうする」
再び体が下がる。同時に根を押さえていた土がこぼれ落ちた。彼女の肩に埃が付く。
「ひょとして、こんな星で私……」
と呟いた瞬間だった。枯れた根はついに璃緒を支えきれず、土から全てをさらけ出す。
彼女の声にならない悲鳴が闇に消えていった。
「だから、動きまわちゃダメだ、って言ったのに」
足元から下に向かっていた体は、腹部に強い衝撃を受け、急に加速を止める。彼女はカラトバに抱えられていた。
宙に浮くバイクに跨っている二人は、間もなくバランスを崩す。そのまま廃墟の片隅にバイクを軟着陸させた。二人とも転がり降りる。
「何、何が起こった?」
彼女は尻餅を付いたまま、辺りを見回した。瓦礫の中に璃緒はいる。そばにはカラトバが、火を噴いているエアバイクを見つめていた。
「カラトバ!」
「大丈夫だったかい、リオ。こいつはもうダメだね」
バイクを蹴って、名残り惜しそうに彼は息を吐く。
「リオ、君って見た目より結構重たいんだね」
彼女は咳払いをした。そしてまだ握り締めている手の枝を、カラトバに投げつける。
「落ちてきてる人間支えたら、そんなもんでしょ」
「相変わらず減らず口だな。でも、間に合って良かったよ」
そっぽを向く璃緒に、カラトバは安心した表情を見せた。その眼差しに彼女は畏まる。
「あ……、ありがと」
「うん。なんだ、素直になれるじゃない。いいねえ、その顔。落ち着いたアデンの高貴さとは違って、田舎っぽく素朴で可愛いいよ」
ほころぶ男の顔に、璃緒はもう一度枯れた根を投げつけた。
「で、ここは何なの」
彼女は立ち上って、スカートに付いた埃を払う。下から改めて見上げると、実に大きな建物までがこの空洞に収まっていた。
地球では見慣れない形やどう使っていたのか想像もつかない物が散在している。
「ここはね……。以前文明が繁栄していた星だったんだ」
カラトバは璃緒の側に並んで光景を見つめた。
「文明……」
璃緒は廃墟、瓦礫化した建物の傍らにあった、手鏡のような機械を拾い上げる。
「何が写っていたのかな」
しかしそれは動くことなく、璃緒の手中で形を崩した。細かく砕け散っていく文明の残骸は、元の土へ帰るため指間からこぼれ落ちていく。
「エクティーヌ星の文明の発展は、ここにあると言っていい」
「文明の、発展……」
璃緒は再び周囲を見渡した。とても当時の『文明』を想像させるものは何もない。全てが瓦礫と灰の山だ。
「リオ、ここから歩いていくしかないね」
「何処に?」
「さっき教えた、あの長い塔だよ」
璃緒の視界にうっすらと見えた、細長く少し斜めになった黒い塔のことだった。
「一体、そこに何があるの。私に関係するものなの?」
少しだけ息を吐き、直立するカラトバは真剣な顔で答える。
「こればかりは大いに関係あるよ。君が思う、どうでもよくないほど」
第5話に続く




