その10
「君は、本当にアデンじゃないのか?」
カラトバは璃緒の頭頂から足先まで、じっくりと嘗めるように見続けながら言った。
「何度も言うけど、違うの。私は、璃緒。アデンは私の双子の……」
璃緒は言葉に詰まる。彼女はアデンが姉だと思う気持ちに、まだ戸惑いがあった。
「そうよ。今でも起きている全ての事態は、もう想像超え過ぎちゃって理解出来ない。ましてや宇宙にいるなんて、夢しかあり得ないことだわ」
シュナイダー艇の小窓から見える宇宙は、毎年文化祭で行われる演劇部のハリボテの舞台装飾ではない。吸い込まれるほど煌めく星々たちが間近に、奥深く存在していた。
「リオか。いい名前だね。響きがいい」
璃緒はカラトバを見つめる。
「どうした? 僕の顔に何か付いてるかい」
「い、いえ。宇宙の人から、璃緒って呼ばれたの、あなたが初めてだったから」
「そうかい。いつもは何て呼ばれてるんだい」
彼は微笑みながら、操縦席の計器類を確認していた。
「リオン……」
彼女がそう言うと、カラトバの指がある場所で止まる。少し、目が見開いた。
「リオン。本当にそう呼ばれているのかい」
「ええ。おかしでしょ。璃緒なのに、わざわざ最後に『ん』つけて」
璃緒は溜め息混じりに苦笑する。
「リオ、君は名前について知っていることがあるかい」
今度はカラトバが彼女を見つめていた。
「名前? 『璃緒』っていう?」
「そっちの方じゃなく、この宇宙における『リオン』のこと」
「宇宙における? ちょっと大袈裟だなあ」
璃緒は照れた顔をする。
「何か意味があるの? ザベリンと関係するの」
「しっ! 幾ら君の父上とは言え、軽々しくその名前を口にしちゃいけないよ。アデンも滅多なことでは言わないはずだ」
彼の顔は真剣そのものだった。
「そんな事、私にはわからないわ」
「わかる、わからないは問題じゃないんだ。一端宇宙に出たなら、その名は言わない方がいい。君のためだ」
顔をしかめた璃緒はやや興奮する。
「私にはそんなの関係ないし、ザベリンが父親なんても思わない。思いたくもない。そしてこれからも、宇宙なんか行く気もない」
カラトバは彼女の血相を変えた表情に驚いた。
「君は、一体この世界をどこまで知ってるんだ。アデンから詳しいことを聞いてないのか?」
「どうでもいいじゃない、そんなこと。私は、地球の百瀬家の一人娘の璃緒。父は光太郎、母は君子。日本の一般的高校生二年生。成績は中の中、理科が好き。クラブは入ってないけど、運動は得意。好きな食べ物は、スイーツを含め何でもOK。今付き合ってる彼氏は、残念ながらいない。親友は本宮早紀。これが私のプロフィール。宇宙には何も、一切、関連するところは無し!」
拳を振り上げ、身を乗り出して叫ぶ璃緒にカラトバは圧倒される。
「き、君の事情の少しだけ、わかったよ」
「少しだけぇー?」
「そう、君はアデンじゃ、ないってこと」
シュナイダーは、幾つものワームホールの時空を飛び越え、やがてアイリス星に到着する。
惑星の管制から発する誘導指示に従い、宇宙船の発着場に降り立った。
この星は、地球と同じ様に酸素が溢れている。緑の不思議な形をした木々が森林を作り、小高い岡が連なっていた。一目見ただけでは、そこが地球とは全く違う星とは分からないだろう。
誘導歩道道路を通って、建物に入る。璃緒は見慣れないものに対して腰を少し低く構え、カラトバの裾を握ったまま付いていた。
「リオ、何をそんなに警戒してるんだい」
「だ、だって、地球以外の星なんて行ったことないし。て言うか、地球で私が初めてだと思うし。何が出てくるかわからないんだもん」
「大丈夫だよ。この惑星には、もう何もないから」
彼は笑って言ったが、フォローになっていなかった。璃緒の引き吊った愛想笑いが不自然だ。
「ほら、遠くに見えるだろ、あれ」
彼が指差した方向に、薄雲谷の先に長細い塔が建っていた。だた、距離はかなりある。
「あそこまで、行くんだ」
「行って何するのよ。それにあれは何?」
「今は言えないな」
「ケチ」
璃緒は持っていた裾を放した。
「私は、こんなところに別に用事があるわけじゃないから、宇宙船で待ってる。あなただけどうぞ」
「リオ、君には今、選択権などない。僕と一緒について来るんだ」
「それはアデンとでしょ。私には関係ない」
「また、関係ないか。君の口癖はそればかりだ。自分以外に興味はないのかい」
「私の勝手でしょ」
璃緒は口を尖らす
「埒の開かない、減らず口だな。アデンはもっと建設的な意見を持ってるぞ」
ため息混じりに男は毒ついた。
「私はアデンじゃない。そうでなくても、あなたに無理矢理ここに連れてこられたんだから」
眉を吊り上げ、璃緒は不機嫌な顔をして外方を向く。
「それに関しては謝罪する。しかしまるっきり関係ない、ということでもないよ」
彼は意味深な言葉を投げかけた。
「どういうこと?」
「君がもし、一般の地球人でなかったら、アデンと双子だったら、ザベリン王の娘なら、これから先のことは知っておいても損はしない」
璃緒はその台詞に喉を鳴らした。
「さっき言ってた、『リオン』の名前に関係すること?」
「君が僕に付いてくる見返りは、きっとあると思う」
カラトバは口角を上げて薄笑いをする。反対に璃緒は口をへの字口にした。
そのまま誘導歩道は終わり、平坦な普通の道路に出た。
「乗り物を調達してくる。ここで待っていてくれ」
「ちょ、ちょっと、置いてかないでよ!」
璃緒は迷子の子供のように叫ぶ。
「大丈夫、何があってもそこを動かないで」
彼は走って、ある建物へ向かった。
「何って、やっぱり何かあるの?」
彼女は腕を組んで、周囲の気配を探るために腰を屈めた。
「しかし、誰もいないわね。ここに来てから管制塔の声を聞いただけで誰とも逢ってないし」
璃緒は辺りを見回す。
「管制塔も本当に誰かいたのかしら?」
空にも、道路にも、建物の周りにも、人影や動物、その他の生き物すら見つけることは出来なかった。ただ薄曇りの空は、今にも雨らしきものを落とそうとしている。
「何だってこんなところに、私はいるのかしら。ひょっとして、まだ夢でもみてるのかな」
彼女は指で頬を摘む。痛みの感覚が、自己の存在を認める。
「やっぱり夢じゃ、ないか。ここは地球じゃない」
璃緒は待ち時間に耐えきれず、少し歩いては戻り、また歩いては周囲を確認していた。次第にもとの場所から離れていく。彼女は長い道路の端、建物の角に何かを見つけた。空っ風に靡く、張り紙のようなものだ。それは半分破れて無くなっている。璃緒はしゃがみ込んで、靡くそれを手で押さえた。文字らしきが書いてあるが彼女には読めない。だが、絵だけは理解できた。
「ザベ……」
その忌まわしいほどの形相は、見る者を恐怖に陥れるほどのものだ。以前、クルスから見せられた画像が目に浮かんだ。
「この星は」
璃緒は立ち上がり、もう一度周囲を見渡した。目の前の光景が一変する。
「森林に着飾れていたのは、宇宙空港だけ。あとは荒涼とした土地……」
吹き荒む風が埃を巻き上げながら、崩れた壁に当たっていた。緑はないひび割れた乾いた土が、今にも降り落ちそうな滴を待っている。
「征服された」
璃緒は腰から足の力が抜け、地面に座り込んだ。
「ザベリンの通った跡には、草一本も生えないってこと。ここは一体、どんな星だったの……」
手に付いた土からは、その姿は伺い知れない。現実的な「痕」だけがそこにある。
砂塵が舞う遥か向こう側に微かに細長い塔が見えた。体をゆっくり持ち上げて、数歩踏み出す。
「あれは、さっきに見た塔?」
その時、璃緒は足元に不安定感を感じた。一点に懸かった重量は亀裂を生む。発生したひびは、四方八方に延びて割れていく。
瞬く間に細かく広がった亀裂は、やがて陥没していった。璃緒の足元が揺れバランスを崩す。
「落ちる!」




