その8
「リオンに、随分酷なことを言うではないか、リューク」
アデンはリューク艦の来賓特別室にて、目の前にある巨大なスクリーンを眺めている。
「あ奴の気持ちも、知っておろうに」
「どのような生育の過去があれ、リオン姫もザベリン王の娘君には変わりありません。ここで起きている事象からすれば、今のような生温いことでは、とてもお役目を全う出来るかどうかと疑われます」
リュークもスクリーンに映っている美しい星を見つめた。
「アデン姫の皇族としてのご教育に比べれば、とても足元にも遠く及びません。我が姫は少し自覚を持たなければいけません」
巨大なスクリーンには青い地球が映っていた。
「のう、リュークよ」
投影される星の周囲に無数に点滅している陰がある。リュークの率いる艦隊で、ずっと地球周辺軌道に停泊していた。
「お前が言っていることは、全て正しい。間違いはないと思う。あれには素質はあっても、振る舞いは三流以下だ」
アデンは苦笑する。手に何かを持っていた。ピンクのスマートフォンだ。表裏を返しながら、時折ほんのりと浮かび上がる待ち受け画面を見て、不思議そうな顔をしている。
「ご指導、承ります」
リュークは拳を胸に当てて頭を下げた。
「我が姫は、未だご自身の周辺しか見えておられません。このままでは銀河系はおろか、太陽系、地球すら守りきることが出来ません」
危機感のある言動にアデンは考え込む。スマートフォンの待ち受け画面を弄ることを止めた。
「何故、貴様はこの辺境の地にいる。王への忠誠心と果敢な姿勢は、その器の大きさを確かに感じる。これまでの最前線の最高指揮官としての任務が最適と思えるが」
黙ったまま、男は立ち尽くしている。
「アデン姫、買い被り過ぎです。私は姫が思うような有能な者ではありません」
小さく吹き出したアデンは悪戯な顔をする。
「貴様の武勇伝は、あちこちから聞こえておるぞ」
「それはもう、随分昔の話です」
スクリーンパネルに映る地球に男は目を凝らした。
「まあ良い。だが、貴様が心配するほどこの辺境の地は、今のところ危機に直面しているとは言い難い。何故ここに来ることを直願したのだ」
アデンはことのほかこの地球への拘りを欲していた男の心情を探る。
「私は地球に十七年前、王妃とルン大佐と共に訪れました。リオン姫を里親に預けるために適任とされた百瀬家に謁見し、光太郎殿と君子殿に協力と理解を求めるためルン大佐とともに奔走しました」
「リュークもここに来ていたか」
「ようやく段取りがついたところで、姫を二人にお預けしました。カレン王妃は大変、名残惜しそうに幼い赤子の姫の顔を見ておられた記憶があります。そして我々はカイザル星へ飛び立ちました。しかし……」
「カイザル星の爆発の、ことか」
カイザル星の歴史については、アデンも幼い頃に重大事項として教育を受けている。
無論、それはサべリン家の過去にも繋がることだからだ。
「あのカイザル星のクルスが憎むように、結局のところ我々の交渉は失敗したのです」
「だが、それは……」
弁解をしようとするアデンは口を閉じた。
「周囲からどう思われようとも、私はどうしようもない臆病な男なのです」
その言葉に彼女は溜め息をついた。
「リューク、そこまで自分を追いつめてどうなると言うのだ。消滅したカイザル星はもう戻ってこない」
リュークは彼女と向き合う。
「私だけカイザル星から脱出ポッドで逃げ出し、おめおめと生きて帰ってきました」
「あの状況下では、それが最善の方法だったのだ」
男はアデンを直視する。
「しかしアデン姫、私はカレン王妃を守りきれなかった。あなたの母上を見殺しにしてしまった」
立ち竦み、怒りを堪えて震える拳を前にアデンは口籠もった。
「生き恥を晒す毎日に、あの時命令を下したルン大佐を恨むこともあったのは、事実です」
男を見据えて腕組みをし、アデンは頬を少し膨らませた。
「その後は忘れ逃れるように最前線に立ち、大佐から学んだ戦術を駆使して敵の撃滅に明け暮れました。本当はどこかで、死に場所を見つけていたのかも知れません」
彼の冷静さを欠く言動が、彼女の頬を更に大きくする。
「いつの間にか私につけられた『闘将リューク』。誰も守りきれなかった、ろくでなしの称号です」
「リューク!」
アデンは不機嫌に怒る。
今まで憧れでさえあった男の言い分としては、いささか不甲斐なく思えたからだ。
しかし、その男はなおも続ける。
「何度戦いに勝っても、私が生かされている訳が見出せない。何も得られるものがないのなら、いっそ宇宙の果てにでも向かうかと」
「それがここか?」
しかめた面のまま、アデンは顎を突き出した。
「ザベリン王は、私のことをご存知だったのでしょう。勅命を受けました。それがしが、リオン姫を迎えに行って欲しいと」
「父上様が」
ふと、アデンは呟く。
「辺境の地、天の川銀河 オリオン腕 太陽系第三惑星『地球』。ここには赤子だった姫をカレン王妃お預けになられた、あの時の記憶が止まったまま、全てが現存しておりました。屋敷に着いてリオン姫のお顔を拝見した時、何故か安堵しました」
男の眉間に寄った皺が、瞬間なくなった。
「まだ私のやれることがある。そう、二度と決して死なせない、リオン姫を守り抜く。それが私の生きている意味であると」
真一文字に引き締まった口元が、これまでとは違う顔を見せる。
「しかし、残念ながら私はまだ、答えを見つけておりません」
「答え」
「王妃とルン大佐が、あの最後の瞬間まで、守られていたものが何だったのか。そして、何故この地球にリオン姫を預けられたのか」
リュークの眉間に再び皺が寄る。苦慮する瞳だったが、やがて柔和になった。
「リオン姫を見ておりますと、我々と違う考えを持っておられるように感じるのです」
「わらわも、それは同感だ」
アデンは深く頷く。
「勝つことが自己の存在を保つ手段であった私には、それ以外で敵と向かい合う手段を知りません」
胸に輝く勲章が妙に力なく揺れる。
「……リューク」
「しかし、もし命と引き替えに誰かが犠牲なるとしたら、それは私の仕事です」
*****
艦橋内にブザーがこだました。
ー『シュナイダー艦』から、発進許可が出ていますー
男は通信を受け取る。
「シュナイダーだと?」
リュークの声にアデンは何かを思い出して、椅子から飛び上がった。
「あ奴のことを忘れておった!」
「何ですと」
リュークは幾分目を丸くする。
「一体何事でここへ?」
アデンは彼を見つめて顔を逸らした。
「単なる戯言だ。だが、ここまで嗅ぎつけて来るとは。しかし、わらわはここにいるのに、何故発進を?」
腕を組むアデンは不思議そうな顔をする。
ーシュナイダー艦、発進しましたー
「許可をしておらんぞ」
ーそれが、通信をお切りになられましたー
シュナイダー艇はリュークの艦から出た後、高速で離れていった。
「相変わらず、勝手なお人だ」
ーシュナイダー艦、ワームホールにジャップしました!ー




