その7
扉が閉まった後、璃緒はこの静寂な空間で休める気がしなかった。
ベッドから這いだして、立ち上がると照明が付く。貧血になったように、目の前が見えなくなる。手を翳して薄目をしていると馴れてきた。璃緒は周辺を見渡す。入り口の側に先ほど投げつけたクッションが、テーブルの上に乗っていた。
彼女は余所を向いたが、その他には物らしき存在はない。
「私がこのままここに、じっとしてるはずないじゃない」
白い病衣の裾を引き擦りながら歩き始めると、うまく直進出来ず、壁に手を触れるはめになった。
「私の服、どこにいったのよ。スマホも無くなってるし」
璃緒は独り言を言いながら進んでいく。よく見るとテーブルのクッションの下に、青い服らしき物が置いてあった。
「これを着ろってことか」
璃緒はいそいそと、病衣から青い服に着替える。
「アデンが着ていた服かな。サイズがぴったり」
その後扉まで達すると、自動ドアが開いた。頭だけ部屋から外を伺うと誰もいない。
「そうだよ。別に悪いことして捕まってる訳じゃないんだし」
それでも璃緒は警戒しながら歩き始めた。長い廊下は人の気配を関知して、淡く照明が点る。辺りは人気を、全く感じさせなかった。
「誰もいないの? それとも、今は勤務時間外、夜かな?」
言った後、璃緒は苦笑する。
「宇宙だから、いつも夜みたいなものか」
艦内を璃緒は歩き回った。やがて光がにわかに集まるドーム型の部屋に出る。そこはリュークに初めて転送させられて、地球を宇宙から見た展望台だった。吸い込まれるように中に入る。
「いつ見ても綺麗……」
璃緒は自然と言葉を失う。
「こんな星の何処か片隅で、今でも戦争や未知の災害が起こっているなんて、嘘みたい」
視線を逸らした。地球の周囲には幾もの星が煌めき、そして輝いている。
「みんな、何かやってるのかしら」
璃緒は自問自答する。
「そう。地球だけが、私たちだけが、この宇宙に存在してるんじゃない。この星も所詮、大宇宙から見ればちっぽけな世界なんだ」
彼女はそこに暫く佇む。
「宇宙って、広い、広すぎるよ……」
半球体の展望台から見上げた宇宙は余りにも大きく、星たちはさんざめきあっていた。
「ザベリンが征服者だったら、あれも支配、こっちも支配、あそこも支配?」
璃緒は上下左右に、指を差す。
「この宇宙にザベリンだけが征服者なんて、絶対あり得ない。でもザベリンだけが悪者?」
璃緒は二つ記憶を思い戻す。
一つは、クルスが職員室で見せたザベリンの画像。そして二つ目は、先ほどベッドで見た記憶の断片、カレン王妃とルン大佐そして若きリュークの面々。
「ザベリンはこの世の者と思えないくらい恐ろしい顔をしていた。王妃は、凄く優しそうな人」
考えている璃緒は唇を引き締めた。
「私は、ザベリンとカレン王妃の娘……」
言った後、璃緒の頭の中に光太郎と君子の顔が浮かぶ。
「いえ、もしそうだとしても、私の両親は百瀬家。早く帰らなくちゃ。二人が心配してる、きっと」
彼女は拳を作り、堅く握りしめた。そして展望台を出ていく。
「転送装置さえあれば帰れるのに。いったい何処よ?」
「アデン、アデン! そこにいたのかい」
璃緒が振り向くと男が走ってくる。今まで誰とも遭遇しなかった彼女は、緊張して肩を吊り上げた。
「アデン?」
「随分、探したよ。君から言われて来たけど、この艦内は広すぎて」
「え、えーと……?」
息を切らす男は、リュークと同じような軍服を着ている。全体的にはビビリアン色だが生地の質が違い、また色合いの中に金色が混じっていた。胸に幾つかの刺繍による模様も入っている。戦闘用でない事は、璃緒にも想像出来た。
「アデン、イメチェンでもしたの? 紫色の巻髪もいいけど、そのストレートな茶髪も君に似合ってるよ」
「……チャラい」
屈託なく話す男はリュークと違って明るい。身なりがきっちりしているだけに、その差が面白いほどギャップを生んでいた。ただ身に付けている腰の銃だけは、只ならぬ違和感を出している。
「私は、アデンじゃないよ」
男は青い服を指差した。
「それは?」
「アデンの服。多分。双子だから、サイズがピッタリ」
指を更に顔に向ける。
「その顔は?」
「アデンと同じ。双子だから」
「さ、行くよ」
彼は璃緒の腕を取って引っ張った。
「ちょっと! だから私はアデンじゃないって!」
「何言ってるんだ。従兄弟の僕が、君を間違えるはずがないじゃないか。幼い頃から知っている」
勢いよく腕を取られ、廊下を引き摺られる。彼の力は強く直進していった。
「ちょっと、待ってよ! 何するの!」
「何って、約束したじゃないか。一緒に行くって」
腕を振っても、手は一向に離れない。
「一緒?」
「そうさ、君は幼い頃からその話はしてたけどね。忘れたのかい?」
「忘れるも忘れないも、最初からそんなこと知らないし。だから止まってよ。あなた、一体誰なの?」
と言った途端、彼の背中にぶつかった。璃緒は鼻を潰して顔を赤くする。男は立ち止まったまま、腕に付けた時計のような物に向かって何かしゃべっていた。
「もう、急に、止まって……」
「誰って、アルメン・ラル・カラトバだよ。君の従兄弟。確かに暫く逢ってなかったけど、この間は連絡くれたじゃないか。本当に忘れたのかい?」
目をパチクリとして璃緒は呟く。
「カラトバ? 従兄弟?」
「そう。あの星に行くことに決めたからって」
「あの星? 何処よ」
男は答えず、彼女の腰に手を掛け引き寄せた。慌てて璃緒は肘を伸ばし、カラトバの顔を突っ張って抵抗する。
「シュナイダー、転送装置作動!」
二人を囲むように、足元に淡いイエローの光円が浮かび上がる。
「ちょ、ちょっと! これって、まさか、転送するの!?」
璃緒の声を残して、廊下から二人は消えた。




