その6
ーリオン!!ー
暗闇の中に、細長く薄い光が射してきた。揺れている。いや、体が揺さぶられている。微かな光が次第に膨らんで大きく開かれていった。
「……あ、で、ん……?」
耳元で歓声が上がる。
「リオン! よくぞ、目を開けた! 流石はわらわの妹よ!」
その体はアデンから強く抱きしめられた。
「く、苦しい」
それは口から再び泡が吹き出すくらい力強い。持に左手が。
「アデン姫そのくらいに。リオン姫が、苦しがっておられます」
「おお、そうか」
アデンは満悦の表情だ。
「アデン姫は、ずっとリオン姫のそばでご看病されていました」
アデンは璃緒の手を取り頬に添え、自分の手を重ねた。
「もう大丈夫だ、リオン。安心しろ。そちは助かったのだ」
「あ、ありがとう、アデン」
璃緒はアデンの気丈な顔に、何故だか安堵する。
「友人よりも近い、姉妹だから?」
「何のことだ」
慌てて璃緒は言葉を重ねた。
「でも私、あれに触った。キラーストーンって。死んでしまうと」
「一時は本当に危なかったのだぞ。そちは『オメガ』の解毒剤で血が中和され、助かったのだ」
「解毒剤? そんなものあったの?」
アデンは空になった小瓶を振る。
「カオスから連絡が入り、早紀が渡して欲しいと」
「早紀? あなたたちが持っていない物をどうして早紀が」
アデンは考え込む璃緒の顔を見つめた。
「ただ、解毒剤だけでは回復には時間を要し、その間に死する場合もあった。地球の環境と食物形態で、そちの体質も変容していたのかも知れん」
頬に寄せている手に力が入る。
「そちは、死するべき姫ではない、ということだ」
「まさか、クルス先生が……」
璃緒は驚いた顔をしたが、アデンはゆっくり頷いた。
「そちの存在は、カオス同様、カイザルの者にも理解し難く、心情を分かち合いやすかったのだな」
アデンが可愛くクスリと笑うと、璃緒も何だかおかしくなる。
「今は何も考えず、ゆっくり休め」
そう言うと、アデンは浮き足立って部屋から出ていった。
璃緒は目を横に移す。リュークが直立していた。
「リューク……」
その言葉に反応し、彼は躓く。
「姫、ご無事で」
その眼差しに璃緒は耐えられない。
「今回の件、私がいながらこのような一大事になってしまい、全くを持って弁解の余地もございません。私が奴を一太刀出来ていればと悔みます。王にも顔向け出来ませぬ」
「いいじゃない、こうして私は生きてるんだし」
そのまま柔らかいシルク地のダウンケットを、顔まで璃緒は覆った。
「カオスが随分と心配しておりました」
「そう」
ダウンケット越しに、璃緒の声は隠る。
「今あの男は学校に戻っています。姫が戻って来るまでに、幾つか調整しなければならない、と申していました。恐らくこの出来事について、民の記憶を操作するものかと」
その言葉後、部屋は静まり返った。
ダウンケットの下の璃緒は瞳をリュークの方に向けている。
「それでは私は戻ります。姫はもう少しここで、御静養なさって下さい」
彼はベッドから離れて歩きだした。
「ねえ、リューク」
リュークの靴の音が止まる。
「は」
彼は踵を返して、ベッドに近づいて来た。
「……王妃、カレン王妃って」
室内の反響音が消える。
「私の、本当のお母さんなの」
未だダウンケットに隠れる璃緒を見つめて、リュークは息を整えた。彼女はゆっくりそれを下げて、鼻から上だけを出す。リュークが凝視していた。
「如何にも。カレン王妃は、アデン姫とリオン姫の御母堂でございます」
「そ、その……、十七年前に来た? 地球に?」
若干、リュークの眉間に皺が寄る。
「はい」
「十七年前に、カレン王妃とルン大佐と言う人と一緒に?」
男の口元が引き締まった。
「何故、ルン大佐をご存知なのですか? 私はご説明した覚えないはずですが」
「あのね、見たの。リュークと大佐とカレン王妃が百瀬家にいた時のこと」
瞬間、リュークの顔が強張る。
「おしゃっている意味がよくわかりません」
璃緒は男の険しい形相の変化にやや戸惑った。
「見たというか感じたというか。多分、ここで解毒剤を飲んで看病されている時、誰かの古い記憶を感じたのかも」
上目使いに見つめる璃緒をよそに、リュークは腕組みして沈黙する。
「違う、やっぱり違う、勘違い。あれは夢、夢ね。忘れて」
彼女は寝返りを打って、背中を向けた。
「姫に全てを伝えるには、今は性急過ぎます」
背中から聞こえる声は幾分か、震えているようにも感じる。
「リューク、もう家に帰りたい」
璃緒はぽつりと呟いた。
「光太郎殿には、今回の事情を話しておきました」
恋しくなる。
止め処もなく、百瀬の自宅が恋しくなる。
「でも、お父さんとお母さんが、きっと心配してるはず……」
「なりません。今はご様子をここで。何か副作用ようなものが起こるとも限りません」
リュークは頭を下げる。
「リューク、でも……」
「なりません」
「リューク!」
璃緒は怒鳴って起きあがった。
「いい加減にして。私は帰るの、私の家に! ここは私がいる場所じゃない!」
顔を上げたリュークの目は、いつもと違う。璃緒にはこれまで向けたことのない鋭い視線が射した。
「姫、あなたは勘違いされている。一国の主たるもの、自覚を持って行動していただかねばなりません。『オメガ』などに不用意かつ無防備に、飛び込むなど言語道断。何がご自身にとって大切か。姫の選択はこれから非常に重要になってきます」
男は荒々しく強い口調で戒める。
「姫の身勝手な発言や行動は、その周囲を取り巻く我々や民たちを道連れにしてしまいます」
「それって、『オメガ』の側にいたアデンを見捨てろってこと」
璃緒も怯まない。その信念とも言う眼光はリュークさえ一目置く。
「何が姫にとって有利になるか、有益かを熟考して欲しいと申しています。それが全ての存亡に関わることであれば、やむを得ない場合もあるでしょう」
「リューク、本当にそう思って言ってるの」
璃緒は男を見据えた。
「私の役目は、この地球を制圧する姫の忠実な家臣でございます。それ以上でも、それ以下でもありません。姫がそのご命令を下せば、死する覚悟は出来ております」
思わず璃緒はクッションをリュークに投げつける。彼は微動だにせず、顔でそれを受けた。力なくクッションは足元に転がる。青色の髪が乱れた。
「馬鹿!」
「ゆっくりご静養下さい、姫」
リュークは床に落ちたクッションを拾ってテーブルに置き、部屋から出ていく。
璃緒は両手で顔を覆った。




