その4
それを見てアデンは床に刺さったリュークの剣を抜き、よろめきながらカオスの頚部にあてる。
「貴様の復讐の感情にリオンを巻き込むでない。リオンの忠誠を忘れたか」
震える動きを止めたその能力の使い手、悪魔の形相にアデンは体が硬直した。
「これが貴様の本性か。この悪魔にわらわの星の軍隊の半分は壊滅させられたのか」
アデンはカオスから発せられる圧倒的な思念の塊に向かう。剣には先ほどまで彼を張り付けていた糸が絡んでいた。
「目を覚ませ、カオス!!」
眼前のクルスは生気を抜かれたように失神し、手足が不器用に痙攣を起こしている。
「このままだと、わらわまで気が変になる。まともに喰らうことになったあ奴は正気ではいられまい」
未だ発せられる悪魔魂の放出にアデンは身を捻った。
「やはり貴様は邪悪で、危険な存在だ。リオンがいなければ自分をコントロール出来んのか」
「アデンさん!」
クルスから伸されていた関口が駆け寄る。
「おお、セキグチ。いいところに来た。わらわに加勢をしろ。こ奴の頭を叩け」
「ええ!?」
アデンの突拍子もない提案に、関口は驚いて戸惑う。
「わらわは、カオスには触れることは出来ず。お前なら可能だ。今辛うじて、動きをこの糸で縛っている。早くカオスを正気に戻すのだ。でなければ、こ奴は力を放出を止められない。リオンではなく、カオスが地球を支配するぞ」
「け、けど……」
「莫迦者! 躊躇っている場合ではない!」
戸惑う関口に、悪魔の光彩が絞り込まれる。
「ひいいっ!」
彼はその形相に悲鳴を上げた。
「早くせい! セキグチ!」
****
「一ノ瀬君を正気に戻すのね、アデンちゃん」
言葉と共に、二回大きな音が鳴る。二回目はロビー全体に響いた。
アデンの目の前からカオスの頭が消え、その替わりにスリッパを持った早紀が仁王立ちしている。
「サ、キ」
「これでいいの、アデンちゃん」
前の行動とは想像もできない、はにかむ早紀がいた。
「む、よい。サキ、少々感情的な叩き方と感じたが」
彼女は愛想笑いをする。
「聞こえたの、一ノ瀬君の気持ち」
アデンはその顔をちらりと見て、ぐったりしているカオスの服を剣先で持ち上げた。
「こ奴、自分の感情までコントロール出来なくなるほど、リオンに傾倒していたとは。しかし……」
アデンはリュークと璃緒が転送していった場所を見つめる。
「わらわは、こ奴の能力を知っていた。対処すべき事も心得ていた。だが、その力に勝てる気はしなかった。何も知らぬリオンはこの力にも動じなかったというのか。そして敬服させるなど、正気の沙汰とも思えん」
「一ノ瀬君、しっかりしてよ!」
早紀はもう一度カオスの顔めがけて、スリッパを情け容赦なく振り降ろした。そして彼は飛び起きる。
「リオン姫!!」
思わず叫んだカオスは辺りを見渡した。
「さ、早紀さん、関口君、アデン姫……」
アデンはリュークの剣をカオスから放す。
「アデン姫、僕はいったい……」
「この莫迦者め。しっかりしろ、カオス」
彼女はそっぽを向いて歩き始めた。
「アデンちゃん、私はここで璃緒を待つよ」
「サキ……」
佇む早紀は、スリッパを握り締める。
「任せておけ、我がザベリンの血はこの位で、滅びはせぬ」
アデンは強気な声を出す。その場の誰もが、そうあって欲しいと、願わずにはいられなかった。
「セキグチ、クルスとよく話しておけ。我がザベリン家は逃げも隠れもしないと」
転送装置の緑蛍光色が仄かに光る。
「アデンちゃん、璃緒を頼むよ」
早紀が呟いたその数秒後、アデンは消えていった。
****
「……お、い」
関口はそのか細い声に振り向く。白目を向き、泡を吹いて壁に凭れていた男がいた。
「く、クルス。い、生きているのか」
クルスは少しだけ口元を緩ませる。おもむろに胸に手を入れた。関口は身構え、早紀は彼の背後に隠れる。
「おまえ、まだ、やる気か」
「……これを……」
クルスは内ポケットから、掌に収まるほどの小瓶を取り出した。
「何だよ、その手の物は」
「オメ……、ガ……、解毒、剤……だ。リ、リオ、ン、ひ、めに……」
震える手は、必死の力を振り絞っている。
「信じられるか、そんなもの!」
関口は怒鳴った。背後の早紀は、その光景を黙って見つめている。
「死なせた、く……、ない」
「な、何、言ってんだ。おまえがそうしたんだろ!」
彼はクルスの手から勢いよく、小瓶を奪った。そしてそのまま手を振り上げる。
「そ、れ、を……、ひ、めに……」
関口の手が振り被ったまま止まった。
「お前の言うことなんて、信じられるか! こんなもの!!」
「待ってよ、関口!」
咄嗟に早紀は、振り上げたその腕にしがみ付く。女性とは思えぬ力で関口は押さえられた。
「本宮? 何故止める?」
「そ、それ、割っちゃ、ダメよ!!」
「おまえ、これが何だか、わかってるのか。こいつはまたみんなを苦しめるかもしれないんだぞ!!」
「多分、それ違うと思う」
呆気に取られる関口は、早紀の顔を見る。
「違う?」
近い距離を恐れず、今度は彼女がクルスの前でしゃがみ込んだ。
「お、おい、本宮! 危ないぞ!」
関口が叫んで早紀の肩に手を掛けた時だった。
「クルスさん、教えて。こんな事になってる理由もわからないけど、何故、璃緒を助けるの?」
気を失いかけ、朦朧としている男は微かに口を開ける。
「い、いき、て……、ほ、しい……。ザ、ザベリンの、罪を、みとめる、リ、オン、ひ、めに……、そして、ちきゅう、を……」
「……そう、そうよね」
早紀の目の前でクルスは、口元を歪ませて再び気を失った。
「この人、嘘付いてないと思う」
「本気で言ってるのか」
関口は早紀の肩を持って揺さぶる。
「こいつは、百瀬をあんな目に……、お前の親友を死なせているかも知れないんだぞ!」
彼の目は真剣そのものだった。
「関口君、本当に璃緒のことが好きなんだね」
早紀の目は優しい。
「ば、バカ! そんなんじゃないぞ!」
怒鳴る男は言葉とは裏腹に頬を染めた。
「でも、みんなが倒れた璃緒のこと囲んでいた時、この人も凄く心配そうな顔してたの」
「だ、だからと言っても……」
関口は末だ戸惑う。早紀の肩から緩んだ彼の手が離れていった。
「自分でしたのに、璃緒を本当に心配そうに見ていたよ」
彼女は男が持っている手掌の小瓶を見つめる。そして二人の後方に佇むカオスに向かって叫んだ。
「一ノ瀬君、お願い、アデンちゃんに連絡して! 璃緒にこれを届けて!」




