その3
床で這い蹲っていたカオスは、ようやく立ち上がりクルスに近づいた。
「お前もこんな奴らに、今まで従ってきたことを恥じるがいい」
「あ、あなたの正義は、何ですか」
ふらつきながら訊ねるカオスの言葉に、クルスは口を閉じた。
カオスの体力の消耗は激しく、立っているのが精一杯だ。だが口調はいつもの冷静さを取り戻そうとしていた。
「あなたは、ずっとザベリンを憎んでいたのだと思います。自分の母なる星が破壊されたならば、至極当然のこと。だからこそ、この地球を目指して来たのでしょう」
カオスの声は、早紀に支えられているアデンにも聞こえている。
「あなたはこの地球にザベリンの娘がいること、まだ覚醒していないことを知っていた? 誰からそれを?」
「うるさい! お前に何が分かっているというのだ」
クルスは言葉を吐き捨てる。
「いいか、そいつらが覚醒すれば、この地球という星も亡くなってしまうのだ。それを俺は助けに来たんだ。関係のないお前に、とやかく言いわれる筋合いはない。所詮お前の星も同じ運命だっただろうが」
「確かに、あなたが言う通りです」
彼は冷静に答えた。
「ならば目的は同じなはずだ。俺と手を組め。この地球からやつらを追い出すんだ」
涼しげな漆黒の闇の眼が甦り、彼の力が放出されていく。
「その姫の言いつけを、守るってか。馬鹿らしい。お前の能力を持ってすれば、こんな星などザベリンでなくても支配できるはずだ」
クルスはカオスの能力を封じ込めようとした。彼の放出されるエネルギーをまともに受けては、クルスの思考は支配されてしまうからだ。
「僕はリオン姫に、全てを捧げました」
「聞いて呆れる。その姫が覚醒すれば、お前など眼中から消えるぞ」
「そうは思いません」
カオスはクルスを正面から見据える。
「馬鹿な。あのザベリンの娘だ。この世界を揺るがす存在になるのは、歴史が物語っている」
「あなたはリオン姫と逢って、話しをして、どこかで違和感を持ったはずです。あの隔離された職員室であなたは驚いていました。それまでの歴代のザベリン家の姫たちと違う、言動と態度に」
カオスの視線は淀みがなかった。その真摯な眼差しはクルスを惑わせる。
「だからどうしても、否定、拒絶しなければならなかった」
彼の口調は、いつもよりもっと冷静だった。クルスの額に汗が吹き出る。
「何が、……言いたい」
「あなたが死にたい、いや、死ななければならないと、考える理由のことです」
クルスは手を振り払った。
「理由は、一つしか有りません」
「俺の心を読むな」
彼は目の前のカオスから、体を避けようと仰け反る。
「俺には効かん」
「ザベリンという悪から救い出すために、あなたはこの地球に来ました。あなたの正義とは、悪と闘うこと。それがここにいるあなたの、唯一の存在理由です。そこで生きようが、死のうが、そんなことは、関係ありません」
クルスは胸のペンダントを握りしめた。眉間に皺を寄せる。
「ザベリンが悪になる構図さえ有れば、あなたの正義は貫かれる。存在理由も明確化する」
カオスの体は微動だにしない。
「そのためには、あなたは手段を選ばない」
彼の視線は捕らえた獲物をまるで愛撫するかのように、ゆっくりと締め上げていく。
「今回もあなたが仕組んだものですね。関口君が『オメガ』持っているはずなどありえません。巻き込まれただけ。互いの立場の構図さえ揃えば、あなたは姫たちを倒しても、リュークとメイラムに殺されても、どちらでもいい。存在理由が明確化さえすれば」
カオスの中に、クルスのこれまで過去の様々なイメージが入り込んで来た。
彼の正義、彼の悪とは、愛する星、そして愛する人とはと言う信念たる感情の根元が流れてくる。
「だが姫は違う。この地球に危害を加えることや、皆を危険に晒すことなど、望まれていません」
「そんなはずはない、そんなはずはない! あの姫にこの星など!」
「嗚呼。あなたのイメージに姫の姿が大きく映っている。優しい瞳であなたに微笑みかけている。そして、手を差しのばしている」
カオスも憧れに近い感情の想いで言葉を洩らした。
「何故だ……。何故、ザベリンの罪を認める、リオン姫よ」
「地球にとって、本当に招かざる客はどっちだったのでしょうか」
その言葉にクルスの目が見開いた。彼は胸を掻き毟るように息を上げる。
「俺が、俺が、悪なのか……」
「今までも姫の気持ちは変わらないと思います。ここは姫にとって、あなたが想うのと同じ、愛する人たちがいる母星なのですから」
カオスの中のクルスはバランスを崩した。足元が緩み、底なし沼に変化している。
「クルス、これ以上はあなたがこの星にいることには意味がありません。終わりにしましょう」
カオスの冷ややかな感情の裏に閉じこめられていた、僅かな悪意が膨張し始めた。そしてそれは怒りとなってクルスを取り巻く。やがて彼の精神は、懺悔というは底なし沼に足を取られ沈んでいった。
「あなたはこの星を、この地球など救おうと思ってない」
怒涛のように彼の中に、かつて宿していた殺戮の感情が沸き起こる。
「僕の姫を、僕のリオン姫を……」
カオスのその言葉の後クルスは放心し、膝を付いたまま口から泡を吹き出した。彼の瞳が白目を向いていく。




