その4
湖畔のすぐ近くの宿泊ロッジは、早朝、気持ちの良い適度な涼しさを伴っていた。昨日から二泊三日で『学習強化合宿』に、璃緒たちは滞在している。
学生は四人をグループとして班を組んでいる。璃緒と早紀たちのグループはその一室で、早朝学習までの時間を過ごしていた。
アデンも何故か一緒にいて、縁側にある籐細工の椅子にすました顔で座っている。さながら玉座と見立てた感じだ。
メイテムは艦艇『フィリップ』から沈黙の監視をしている。アデンがこの行事に参加することには、メイラムや璃緒は断固拒否していたが、最後は「この星の生態系を分析したい」と、鶴の一声で決まった。
璃緒は敵からの攻撃よりも、アデンが友人たちに何を言いだすのかが心配である。
「本当に、百瀬家の隠し子なの?」
単刀直入に早紀はアデンの側に寄り添い、変わった服装を眺めながら訊ねた。
「百瀬家? 里親のことか。まあ、隠れておると言えば、そうなる。ある時期までだがな」
今日のアデンは頭上のティアラを着けた白装束ではなく、桃色のパステルカラーのスーツのような、動き易い軽装になっている。
「見れば見るほど、顔形、体型までそっくりなんだね。話し振りは全く違うけど」
「王女となる英才教育を小さい頃から受けてきたからな」
「王女? だから、どことなく璃緒より、品格があるんだね」
少しその輪をから離れて傍観している璃緒は、咳払いをした。
「ねえ、アデンちゃん、璃緒もお姫様なの」
早紀は目の前と奥にいる二人を見比べる。
「如何にも。その素質は十二分にある」
満足げにアデンは大きく頷く。
「私はなれないのかな」
早紀は彼女を目の前に据えた。じっと考え込んだアデンは見つめる。
「率直に言うが、そちは姫の器ではない」
「こ、こら、アデン! なんてことを言うの!」
璃緒は思わず叫んだ。早紀の思う「姫」の意味などアデンが分かるはずはない。
「何だリオン。会話に参加したくば、近くに寄れ」
その問答を見て、早紀は笑いだした。
「璃緒、大丈夫よ。冗談冗談。私はお姫様なんかに、なろうと思ってないし」
「カオスを壇上で助けたこと、きっと誤解している」
彼女は複雑な顔になる。
「関口も何だか、わかんないし。これ以上、ややこしくなったら頭が痛い」
***
「しかし、アデン姫も羽目を、外され過ぎだ」
メイラムは王女専用艇の中でぼやく。
ー仕方無いだろう。年の頃は皆一緒なのだから、自然と気が合うのだー
彼女は小型スクリーンに、リュークの戦艦が映っているのを見た。
「リューク、貴様ものんびりしてるな。カオスがいると言うのに……」
ーメイラム、まだ奴を警戒しているのかー
「貴様には、わからん」
モニターからのリュークの声が沈黙する。
ーおまえの頭の堅さは父親譲りだー
「貴様に言えた義理か」
笑い声が聞こえた。
ー第一級戦闘名誉指揮官、ロロガ・アブ・ルン大佐ー
メイラムは口を閉じる。
ー最高の指揮官だったー
「リューク、もうその名を出すな」
ー……そうだったなー
メイラムは湖畔のロッジを眺めたまま、ため息をついた。
「こんな、のんびりとした、何もない日があるのだな……。リューク」
スピーカーからは何も聞こえない。彼女はシートを倒して、瞳を閉じた。
***
「リオン、ここで何をするのだ」
璃緒はずっと後ろを付いてきているアデンを鬱陶しいと思っていた。
「あのね、アデン。私は璃緒なの。リオンじゃない」
「そのようなことくらい、わかっておる」
「わかってない」
アデンは困った顔をする。
「そちは、融通の利かん奴だな」
マイペースの彼女に、いつもの璃緒の調子が狂っていた。
「アデンちゃん、ここは大浴場よ。一緒に入らない?」
「だ、だいよくじょう? 何をするところなのだ。早紀」
『女湯』と書かれた暖簾の前で、三人は佇んでいる。
「お風呂よ、アデンちゃん知らないの?」
「そうだな、我が母星では……」
璃緒はアデンの腕を掴んで、暖簾をくぐる。
「ほ、ほら早紀、お国が違うから、わからないんじゃない。ね、アデン。一緒に入ろう」
まずい状況にならないように、彼女は一手を打った。
「やっぱり、姉妹水入らず? 肌のふれ合いが一番よね」
早紀はにんまりとして指で突く。
暖簾を頭に乗せたままアデンは、一歩止まった。
「ちょっとリオン、待て。肌を見せるのか?」
「そりゃ、ね。裸になるんだし」
璃緒はアデンの顔に訝しげを感じた。
「リオン、そちに我の肌を見せるのは、まあよい。しかしだ。下級階層の者に見せるのは許しがたい」
「誰よ、下層階級って」
彼女は怪訝な顔をアデンに見せる。
「リオンよ、悪いことは言わん。そのような付き合いはしないことだ」
アデンの顔は真剣そのものだ。
「ここのことを、悪く言うのはやめて」
「莫迦者。ここの者たちは、いずれは配下に下るものだ。サベリン家皇族としての自覚を持て」
「そんな、関係ない」
璃緒の肩に手を掛ける。
「わかっておらん、そちは。リオン、そちは、ザベリン家の一員なのだぞ」
璃緒は振り向き様に、アデンの頬を引っ叩いた。
「あなたなんかに、ここのことなんて、わからない! ザベリン、ザベリンって、そんな人なんて、私は知らない!」
頬を押さえたまま、アデンはよろめく。
「ちょ、ちょっと、璃緒! 何してるの!」
早紀はアデンの体を支えた。
「姉に手を挙げるとは、不届き者め。星では懲罰者だ」
彼女は早紀の手を払い、壁に手を沿わせながら部屋から出て行く。
「リオン……、そちがしっかりせねば、ならんのだぞ」
「ねえ璃緒、どうしたのよ。あの子、放っておいていいの」
早紀は心配そうな顔を向けた。
「あんな人……」
「何よ、璃緒。お姉さんに少し冷たくない? そんなの、璃緒らしくないよ」
そう言うと彼女はアデンの後を追う。一人残された璃緒はその場から離れられなかった。
アデンの頬を叩いた右手を広げ、静かに握り込む。
「私は、いったい何をしているの」
両手で彼女は顔を隠した。




