その5
ロビーのソファーにアデンはいた。深々と腰掛け、膝を抱え込んでいる。
「全く、リオンめ……、そちのために言っておるのに」
「アデン姫、どうされましたか」
少し驚いたように、彼女の肩が縮まった。「姫」と付けるのは、この現状をわかっている者だけだ。
「カオスか」
彼はアデンの前に立ち、そして躓く。アデンは膝を抱えているのを戻して、座り直した。
「御気分が優れませんか。少し経つと、ここの空気にも慣れきます」
「うむ。……そうだな」
アデンの後ろを数人の生徒が、不思議な光景でも見ているかのように、囁きながら通り過ぎていく。
「カオス、その姿勢は止めい。椅子に腰掛けろ」
アデンは少し慌てて手招きした。彼はアデンの隣に少し離れて座る。
「のう、カオス。リオンのことを、訊ねても良いか」
「僕の知り限りでしたら、何なりと」
カオスはアデンの横顔を見た。
「よく似ておられます」
「リオンにか、当たり前だ」
アデンは口を尖らせる。
「何故、ザベリンの座を脅かすようなおまえが、リオンを主に持ったのだ。その気になれば、リオンもリュークも支配できたはずだ」
「その支配が、生きていく全てでないことを、姫は僕に教えてくれました」
目の前の観葉植物を見つめながら、カオスは微笑む。
「しかし、おまえがそれにすぐに応じるとは、とても思えない」
「アデン姫」
カオスは彼女に向き合い、人差し指を伸ばして額に近づけた。
「な、何をする。それは心惑わす指ではないか」
アデンは必死で顔を反らす。
テーブル上の大きな壺に生けてある、ハイビスカスの花が消し飛んだ。
「メイラムさんの警告ですね。僕は、恐れられている」
もうひとつ花びらが宙を舞う。
「僕がまだ敵意を持って、リュークを仕留めようとした寸前、リオン姫は、この指をご自分の掌で止めたのです。血が吹き、流れ出しても」
目を丸くしながらアデンはその言葉の後、男を見つめた。
「お前の指を掴むことが出来たのか。信じられん。星の者はお前の種族には掴むどころか、触ることすら出来んというのに……」
「恐らく、この惑星『地球』という環境によって養育中に何らかの影響を受け、体の変調をきたしたのでしょう」
男はゆっくり指を戻して微笑む。アデンは手を挙げた。
「メイテム、よい」
宙を舞う花びらが無くなる。
「僕は最初、リオン姫の心を惑わそうと、支配しようとしました。しかし、何も状況を把握していないリオン姫は、逃げようとはせず、僕の言っていることを、ずっと聞いて下さいました。心を惑わすサイコパスの僕がですよ。姫の真摯な態度に、飲み込まれたと言うか。リオン姫は、おしゃったのです『生きることが、これまでの罪を償うことである』と。そしてリオン姫を生きて守り抜くことが、『使命』であるとも」
男の柔和な表情に、肩の力を抜き彼女は息を吐いた。
「その使命はおまえの『運命』をも持ち合わせているのだな」
リオンへの信頼を、アデンは感じ取る。
「本当にお前は、リオンを守る覚悟であるのだな」
「僕はこの命にかえても必ずお守りします」
アデンの顔は意外さを通り越して、おどけた表情になる。再び膝を抱えこむ。
「我々と骨肉の争いを繰り返していた時の憎しみが、消えたのでもあるまい」
少し表情を男は堅くした。
「過去を忘れることなどありません。だが、リオン姫にはそのようなことは関係ありません」
「カオス。リオンには果たさねばならん役目がある。関係ないでは困るのだ。おまえも知っておろう」
戸惑いの表情をアデンは浮かべる。
「アデン姫、お間違いなきように申し上げておきます。この宇宙は、ザベリンのものではありません」
僅かだが漆黒の瞳が宿った。
「僕はこれまで様々な支配者を見てきました。傲慢な世界の中には、未来などありません。また行く末を見通せることも出来ません」
「しかし……」
辺りが冷房とは別種の冷気が漂う。
「まあ、ザベリンとて大宇宙からみれば、一粒の点でしかありません」
両足をアデンは揃えた。
「お父様が聞いてらっしゃたら、さぞ驚かれるだろうな。おまえとこうして膝を合わせて、話をしているなんて」
黒く宿るカオスは、不器用に微笑む。
「僕がアデン姫とこうして話が出来るのは、リオン姫と出逢ったからです。でなければ僕は今すぐにでもあなたを支配し、サベリン王国など崩壊させるところです」
「カオス、それは誠だな」
「僕の本質の全ての、至極当たり前の行動です」
その瞳を見て取って、アデンは大笑いをした。
「そうか、リオンの力か。妹にしては第一級の勲章ものだ。カオス、リオンが認めたのなら、わらわもお前を認める」
先ほどの殺気立った意識から、カオスは一変する。それはアデンにも伝わった。
「ひとつだけ、よろしいですか」
男の瞳はもう元に戻っている。単純なエアコンの冷気だ。
「僕はリオン姫を、姫として取り扱わなければならない立場なのですが、どうもここではいけないらしいのです」
「おお、それは、わらわも同感だ。リオンから色々怒られておる」
膝を叩いて相槌ちを打つ。
「どこか不都合な点でも、ありますでしょうか」
「それが分かれば、わらわも苦労せんのだが」




