その3
「えー、明日から夏期合宿です。皆さん、集合時間に遅れないように、また体調管理には十分留意して下さい」
『夏期合宿委員会』委員長の『綾瀬 唯』は、高らかに宣言した。実行委員の関口と璃緒は、その壇下にいる。
「あのさ、百瀬」
璃緒は関口の方を見ない。その視線の先にはアデンがいる。彼女は衣装そのままに手を振っていた。
「俺……、正義の覇者でも、何でもない。ただ、おまえを……」
「一体、何をする気よ?」
「えっ! い、いや、別に、おまえをどうするって……、わけじゃなくてな」
返答に困った関口は、顔から油汗を吹き出して焦る。
「全く、何考えてるの」
アデンの白装束の出で立ちは目立ち過ぎる格好だ。璃緒は怪訝な顔をした。
「い、いや、誤解だ、誤解!」
弁明に必死の形相は、思わず手で汗を拭う。
「へ、変なことじゃなくて、ただ俺も、一ノ瀬みたいにだな」
「僕が、どうかしましたか?」
関口と璃緒の間にカオスが入り込んだ。
「わぁ!」
スピーカーがハウリングを起こす。
「そこ! うるさい!」
委員長がマイクを振り回した。笑い声が講堂内に響きわたった瞬間、アデンの手がさっきとは別な方向に動いたことを、璃緒は察知する。
「か、カオス! 下がって! 何か来る!」
突然、光るものがカウスの体ごと包み込み、横断幕の壁に張り付けた。今度は得体の知れないことで講堂が騒然となる。
「くっ、動けない!」
カウスはまるで蜘蛛の糸に絡まったように、身動きが取れないでいた。璃緒がアデンの方角に一歩踏み出した時、素早い身のこなしの者が、彼女の横に音も無く降り立つ。
「だ、誰?」
「リオン姫、ご無事ですか」
縁髪の背の高い濃紺のスーツに身を包んだ女性が、長い棍棒を持って直立していた。
「この星に、あの者がいたとは、とても信じられません」
「やはり、あれはあなたの仕業? アデンの……」
その気迫迫る勢いに、圧倒されながらも呟く。
「いかにも。私はメイラムと申します。。ザベリン王直属の部下であり、アデン姫の側近でございます。さしでがましいとは存じますが、アデン姫でなくともザベリン家に危害を加える者には容赦はいたしません」
言うや否や振り向いた彼女は、棍棒を壇上のカオスに向けた。
「ちょ、ちょっと!」
「心配ご無用。あの者は我々の心を操ります。封じ込めるには王国で開発された、この『テライト』を使うに限ります。我々が奴に触れることが出来ない以上、こうするしか術はありません。どうぞ、お下がり下さい」
璃緒は思わず、その棍棒を掴む。
「何をする気なの!」
「あの者を消し飛ばします」
棍棒の先端が光り輝き始めた。璃緒の持つ手が振動する。
「リオン姫、この棍棒から射出される光は強い熱線ゆえ、お怪我されます。お手をお放し下さい。強い衝撃がかかります」
冷ややかな表情のメイラムは、少し璃緒の行動に苛ついた。
「だ、だめよ!」
その意外な言葉に彼女は眉間に皺を寄せる。
「あの者に心を奪われたならば、もはや正気に戻ることなど出来ませぬ。いくら辺境の地で育った何も知らない姫君とて、そんなことになればお命がありません。早くお放し下さい」
「何も知らないのは、あなたよ!」
メイラムは棍棒を大振りし、その手を振り解いた。璃緒は尻餅をつく。
「ご無礼をお許し下さい。しかしあの者の力なぞ知り得もしない姫君に、何が出来ましょう」
すぐさま璃緒は立ち上がり、今度は体で棍棒を押さえ込んだ。
「な、何をされます! お放し下さい!」
棍棒をメイラムは振り回す。
「百瀬!」
関口も壇上に駆け上がり、メイラムを羽がい締めした。
「おまえは、何者だ!!」
肘で男の鳩尾を突き、押し飛ばす。何回か転んだが、再び関口は向かった。
「ええい、邪魔をするな!」
メイラムの周囲に砂塵が舞う。璃緒と関口は何かに弾き飛ばされた。二人とも、合宿委員長の上に落ちる。
自由になった棍棒は、メイラムの命令通りに先端を青白い光を光らせ始めた。
張り付けられているカオスは必死になって体を動かすが、粘着のある蜘蛛の巣状の「テライト」は一向に緩まない。メイラムは腰を降ろして構えた。
「安心しろ。苦しまない、一瞬だ」
「だ、ダメ! カオスを消しちゃダメ!」
青白い光に向かって璃緒は、体を投げ出す。
「百瀬、危ない!」
関口はその体を止めることが出来なかった。
「つ!! 姫、お止め下さい!」
カオスは目を開けられない。
青白い光は鋭い火炎となって、棍棒の先端から轟音を伴って発射された。講堂全体が振動して光り、すべて無になることだったろう。
しかし別の目映い暖色系の光が、辺りを照らし始めた。メイラムは驚き、目を見張る。
放たれた青白い光は璃緒の前で屈折し、講堂の天井を貫いていった。
璃緒の発光体は、やがて薄くなって消えていく。収まったと同時に、その場に失神して倒れ込んだ。
「そんな、馬鹿な!?」
その出来事を理解できずに、メイラムは棍棒をもう一度構えてカオスに向ける。
「やめろメイラム。無駄だ」
棍棒の先に人影を見つける。
「リューク!!」
彼は璃緒の元に歩んで抱き上げ、メイラムの目の前に直立する。そして棍棒の先端を掴んだ。
「どけ、リューク。あの者を野放しなど出来ない。これは長老院の至上命令だ。第一おまえは、それを知っているからこそ幽閉していたではないか!」
「ああ、その通りだ」
「ならば、どうして邪魔をする。どうして生かしておく!」
未だ先端は押さえつけられたまま微動だにしない。
「あいつは、姫から護衛の命を授かっている」
「何だと!?」
憤るメイラムの腕が震えていた。
「リューク、そんなことが許されると思っているのか! これまでどれだけの犠牲を我々は出した思うのか」
彼女の瞳はリュークを激しく睨み突けるが、棍棒を押さえている男はものともせず呟く。
「姫はカオスの心を解き放った。その時点で奴の生き残る目的、憎しみ合うことは無くなったのだ」
「だ、だが……、その者は皆をこれまで狂わせたはずだ」
リュークの言っている意味が分からず、メイラムは困惑した。
「今、奴は、姫を守る者となり、それまでの罪を償う代償を背負った。リオン姫の勅命によりな」
リュークの言葉を受けて、彼女は一層混迷する。
「一体どうしたというのだ、リューク。以前の貴様ならあの者を仕留めているはずだ。そのような迷い事などなかった」
男は答えなかった。ただメイラムを見つめている。
「無礼だがリオン姫は尋常な考え方をしておられない。貴様は、リオン姫に考え方を変えられてしまったのか。名誉ある戦闘指揮官としてのプライドは何処にいったのだ!」
呆れ、吐き捨てるように叫んだ。
「所詮、辺境の地で育った恥知らずな姫君なぞ、ザベリンの高貴さとは無縁に等しい!」
リュークは腰の鞘に手を掛ける。
「私がどう言われようと、どう思われようと構わぬ。だが、それ以上我が姫を侮辱するなど、おまえとて容赦しない」
剣を抜き、彼はメイラムの前に深く突き刺した。フロアの板が割れる音を立てて、彼女の足元まで迫る。
「私は、姫を……、リオン姫を信じている」
リュークの慈愛に似た表情に、メイラムは圧倒される。
男は彼女の持っていた棍棒を取り上げ、カオスを固定していた『テライト』を毟り取った。解放されたカオスは壇上に倒れ込む。
「立て。貴様、姫に助けられよって」
抱えている璃緒はまだ気を失っていた。
「ひ、姫……」
震える手をカオスは伸ばす。
「どけ、リューク! 奴を信じるな!」
跳びかかろうとするメイラムは叫んだ。
「もう、よい。メイラム、下がれ」
リュークは後ろを振り返った。白い装束に身を包んだ、紫色の巻き髪が揺れている。だが、はっきりとした口調は気高さがあり、落ち着いていた。
「アデン姫、しかし……」
「よいのだ」
棍棒を収め、メイラムはアデンの後方に下がる。
「我が妹リオンもザベリンの末裔。血が覚醒しなくともその能力は十分ある。その力を持ってすれば、この者と相まみえることもできよう」
アデンは頷き指さした。
「リューク、その者の名を教えよ」
璃緒を抱いたままの男は頭を垂れる。
「はっ。この者は、カオスと申します」
リュークはカオスを手招きした。ゆっくりアデンに近づく。やや離れて、彼女はカオスに向き合った。
「そなたの生きている証、リオンのもとで仕えて欲しい。我が妹を支えてくれ」
「アデン、姫……」
「誠にそなたの瞳は澄んでおる。それこそ本気で掛かれば、この星も術を知らないリオンも倒せたであろう。こうしてリオンやリュークと共にいると言うことは、リオンへの忠義があるということだ」
慈しみの瞳で見つめるアデンは微笑んだ。
「リオンがそなたに課した使命は、決して間違いではない」
そしてリュークが抱えている璃緒を見つめる。
「我が妹ながら、つくづく破天荒な性格だ」
******
この問答で、講堂内が騒然となっていた。
「ちょっと、一体何事よ!?」
綾瀬はミュージカル風の壇上の出来事に当惑している。
「あなたたち、誰よ? 説明できる人、関口君!」
指を差され彼は驚いて、そして戸惑った。
「あ、あの……、こ、これはですね」
関口も訳が分かっていない。途中から参入した二人は知らないからだ。
しかも白装束の姫君は、璃緒と同じ顔をしていることも、彼には衝撃だった。
「案ずるな、関口。任せておけ」
リュークはカオスに璃緒を預け、委員長の側に歩み寄る。
「な、何ですか。あなたは」
綾瀬は赤面しつつ後方へ下がった。
「委員長閣下、自己紹介が遅れて申し訳ありません。私は、アイザム・コゴ・リューク。騒動を起こしているようで、深く陳謝いたします」
男は胸に手を当て、深くお辞儀する。
「これも、向こう側にいる関口殿が考えた、アトラクションのひとつです」
委員長が関口を見ると、緊張した面持ちで直立する。
リュークはマイクを取り上げ、会場に向かった。
紅色軍服にスラリとした長身、流れるような青髪、凛々しい面長は女子の声援を受ける。
「彼のたっての希望でした。皆さんの合宿への志気を、高めるために行ったもの。苦境を乗り越え、友情を深め合い、敵に打ち勝つ。まさに七転八倒のこの世に、ふさわしい演出です」
「りゅ、リュークさん、転んでばかりじゃないですか。七転八起って言って下さいよ」
関口は小声で、囁いた。
リュークは背後から壇上に上がったアデンに、マイクを取り上げられる。
「あ、あなた、百瀬さん? 何時の間に、そんな格好に?」
委員長は舞台の隅を振り返った。カオスと一緒に、学生服の璃緒が横たわっている。委員長は二人を見比べていた。
「あんたは、一体、誰?」
「皆の者、『終わり』まで、しっかり励むがよい」
アデンも続いて演説する。今度は一気に男子が湧いた。
「あれ? おい、あいつ、百瀬か?」
「コスプレしてんの? 紫色の髪?」
「え、璃緒? でもちょっと、違う」
早紀は壇上のアデンを見て不思議な顔をする。そして、舞台袖にカオスと一緒にいる璃緒を見つけた。
「これから皆には、色々苦難が待つ受けている。だが、安心せい。その面倒は、全てリオンが持つ!」
「リオンって誰?」
「ひ、姫。何を申されている」
メイラムは慌ててアデンのもとへ、駆け寄ろうとした。
「いいではないか。あの方なりに、自分の妹を気遣っておられる」
彼は腕を組んで、その光景を楽しんでいる。メイラムは顔を背けた。
「貴様が笑うなんて。いつの間にか、私の知らない顔をするようになったんだな、リューク」
******
会場が異常に湧いている。騒ぎの中、目を覚ました璃緒の視界に人影が入ってくる。
「カオス……、助かったのね」
璃緒の手がカオスの頬に触れた。
「姫」
彼はその手を握り返す。
「僕が生きているせいで、姫を危ない目に合わせてしまいました。本当に僕はこのまま……」
璃緒はカオスの頭を叩いた。
「また馬鹿なこと言わないの。あなたには私の命令は、絶対でしょ」
「一ノ瀬! も、百瀬から、離れろ」
関口は二人の間にこじ入って、無理に隙間を開ける。
「関口!? あんた、無理矢理、何やってるのよ!」
璃緒は関口を睨んだ。そして間にもう一人闖入する。
「さ、早紀?」
「もう、本当に、油断ならないわ。あの替え玉は誰」
会場の大騒ぎの中、璃緒はアデンの後ろ姿を見つめた。
堂々と凛々しく、流麗な白装束を着こなす姿は、皇族の娘としての気品を漂わせる。
「私の、……双子の姉みたい」
「は?」
早紀は璃緒とアデンを繰り返し指さす。
「道理で似ていると思った。隠し子?」
背後でリュークは思わず吹いた。的を得ていたからだ。
「あの娘、姫に何と言うことを」
目付きを鋭くしたメイラムは棍棒を持ち直す。
「メイラム、そう怒ってはいけない。姫がいるこの星は、そう言うところなのだから」
睨んだ先を失っているメイラムをよそに、再びリュークは笑いだした。
大騒ぎの講堂中、髪の毛を逆立てて綾瀬は立ち上がり、形相に驚いているアデンからマイクを取り戻す。
「とにかく、おまえら、明日から合宿だ!!」
委員長の雄叫びが聞こえた。




