その9
「無茶な行動はありますが、思ったより芯のお強い人です」
正面に映るホログラムに向かって、リュークは躓いている。先日の危機について報告しているのだ。
『しかし、カイザルの生存者がいたとはな』
「あ奴は、名をクルスと申しました」
『カイザル星のクルス……』
「我が艦隊から地球に向け、正体不明の小型艦を撃墜した報告がありました。恐らくそれに乗っていた者かと」
暫し王座に鎮座している王は考え込んでいた。
「どうかなさいましたか?」
『いや、よい。して、その者は逃げ失せたというのだな』
「はい。しかし、また襲ってくると考えます。この惑星から出ることも出来ないのですから、奴も必死でしょう」
それを聞いた王は顎に手を当てて、またしても考え込む。
「カオスといい、そのクルスといい姫の周囲には、いささか厄介な者たちばかりが寄って来ます」
男は少し困った表情を見せるが、笑みを浮かべた。
『それもまた、あれが生まれ持った天性と言うものか』
「同感でございます」
動じることのない王の言葉に、リュークは敬服する。
『して、リュークよ、逢わせてくれぬか。我が娘に』
「畏れ多く、申し上げます。未だリオン姫は我々のことについて多くを理解されておられません。今、王がお逢いになっても、溝を深くするばかりかと。それにクルスが何か企てておるかも知れません。危険でございます」
映像には映らないが、リュークの額には汗が流れ落ちている。
『それは、困ったな』
背もれたれ高い大きな椅子のアームレストに頬づえをしている王は無言となり、暫し経ったあと呟いた。
『アデンが、な……』
リュークはその言葉に大きな反応を示して、畏まった顔を素早く引き挙げる。
「今、なんと」
堪らず王はその顔に吹き出した。
『何だリューク、顔が引き吊っておるぞ』
映像越しに指摘を受け、慌てて顔を平常に戻そうとするが、顔から吹き出る汗は尋常ではない。焦燥感が全身を振るわせていた。
「あ、アデン姫が」
『双子の妹に、是非とも逢いたいと言ってきかんのだ』
映像の向こう側のザベリン王は、腕を組んで溜め息混じりに頷いた。
『わしの前に、是非ともアデンだけでも逢わせてくれまいか。本星に来てからでもよいと言ったのだが、しつこく懇願されてな。もう二人とも互いのこと知っておいても、損はせんと思うが』
「し、しかし……」
リュークは未だ戸惑っている様子だ。
『何か、問題でもあるのか』
「私一人で、お二人の姫をお守りすることは、少々荷が重過ぎます」
王は肘掛けを叩きながら笑う。
『安心せい。おまえに、二人もじゃじゃ馬を任せるなどとは考えておらん。アデンにはメイラムも一緒じゃ』
「メイ……ラム」
リュークはほぼ失神しそうな感じで絶句した。
『メイラムが居れば問題はなかろう。お前とて知らぬ仲ではあるまい。うるさくなるが、頼むぞリュークよ』
「ぎょ、御意」
通信が遮断されホログラムが消灯すると、躓いていたリュークはそのまま床に両手をつく。
「馬鹿な。アデン姫までも……」
その呟きは静かになった室内に妙に木霊した。
ーリューク! ご飯だよー! 今日はすきやきだよー!ー
男の耳を突くように、地球にいる璃緒の声がスピーカーから響き渡る。
「双子の姉姫、か……」
そして男の顔が再び強張った
*****
数日後、突然それは降りかかる。
場末の駅前の居酒屋。
黒いマントを翻して入ってきた背の高い男は、カウンターで待っていた別の男と会う。金属を纏ったのような重量のあるマントを店員に渡すと、おしぼりを広げて手と顔を拭った。おもむろに耳元の携帯電話のような専用回線用の「レシーバー」を外して、カウンターに置く。同時に、別の男が注文していた生ビールがその隣に場を取った。
ーリューク、応答せよ。こちらメイラム。応答せよー
レシーバーから聞こえる声に彼は見向きもしなかった。目の前には好物となった、冷えた生ビールが鎮座している。
ー応答せよ、ただ今から地球の大気圏内突入する。応答せよー
リュークは生ビールを一気に飲み干した。
ー次なる指示をこう。応答せよ、リュークー
「リュークさん、何か聞こえてますよ」
ーリュークぅぅぅぅぅ!ー
居酒屋のカウンターテーブルが振動する。隣の客の酎ハイグラスが倒れた。店内が騒然となる中、堪らず光太郎はレシーバーに手を掛けようとする。
「こ、光太郎殿! そのまま何もせずに、どうか」
リュークは彼の手を静止させた。
「いいのですか」
「か、構いません」
光太郎は男の言う通り、振動するレシーバーをそのままにする。
「大事な用件だったら、どうされるんですか」
「姫の命令以外、大事な用件などありません」
リュークはいささかぶっきら棒に囁き、店員に生ビールをおかわりした。もう、手慣れたものである。
「リュークさん、今日は何だか落ち着かれていませんが」
光太郎は旨そうに、焼き鳥を頬張った。
「別に何もありません。気になさらずに」
それを見ていたリュークもネギマを口にする。
ーエキノゼ系ユルガート星雲、十三番惑星、エクティーヌ星、アデン姫の命令である。リューク、応答せよー
思わず男の口から葱が飛び出した。
「はて、アデン姫?」
光太郎は不思議な顔をする。
「はっ! 第一番艦隊戦闘指揮官、アイザム・コゴ・リュークです! 何なりとご用件を!」
ーよし。今すぐ、迎えに来いー
「御意!」
彼は席から立ち上がった。捲り上げていた袖を戻し、暑苦しい黒いマントを翻して羽織る。
「誠に申し訳ありません、光太郎殿。所要にて戻らねばなりません。この続きはまた今度、願えませんか」
名残惜しい視線をビールジョッキに残しながら背を向けた。
「残念。璃緒が家に戻ったら、カオスくんと二人に花火を見せると言ってましたが」
「姫……」
歩く動作が止まり、ほんの僅かに顔が横を向く。
「光太郎殿、姫には遅くなるとお伝え下さい」
リュークは振り返らずに居酒屋の出入口で頭を打ち、そのまま出ていった。
第3話に続く