その8
放課後、屋上に関口と璃緒はいた。この時間はまだ蝉がうるさく鳴いている。二人は先ほどから何も言葉を発していなかった。部活する野球部の金属バットの快音が校庭に響いている。
「も、百瀬。あ、あの……さ」
ようやく関口は言葉に詰まりながら、切り出した。彼は何度も璃緒の顔を伺っている。
そんな行動に彼女は次第に苛つき、仕舞には彼の手を握って自分に向き合わせた。赤褐色の円らな瞳が男の顔を凝視する。
「関口、あ、り、が、と、ね」
気恥ずかしさを紛らすために、その手を力任せに何度も振った。彼は意外にも握られている手に顔を紅潮させる。
「も、百瀬?」
「ち、ちょっと! そんなマジにならないでよ」
手早く離すと、今度は璃緒の恥ずかしさが表面に出てきた。
「これは、職員室のお礼だから」
意外な行動に関口は面食らっていたが、意を決したように見つめ返す。
「思い切って聞くよ、百瀬。おまえが結構、ヤバい立場にいるってことは知ってる」
やや眉をひそめて、璃緒は口を閉じた。
「この間から、おまえの周りにいる男たちがその証拠だろ。守っていると言うが、どれだけ凶暴な奴等なんだ」
「関口がどこまで知っているか分からないけど、もう関わらない方がいいよ」
今の彼は怯まず詰め寄った。
「俺、クルスのこと学校に来る前に知っていたんだ」
璃緒は驚いて男を押し飛ばす。
「何故、クルス先生と関口が知りあいになってるのよ」
「あ、あいつから聞いたんだ。百瀬、いや、リオン姫の」
関口は言葉を止め、複雑な顔をした。
「俺は本当に、あいつと敵対する立場にいるのか……」
「リオン姫の、どんなこと聞かされたの?」
「い、いや、リオン姫が、この地球を……」
慌てて関口は頭と手を振って、口に出す言葉を考えている。
「そ、その……」
「言わなくていいの。しかし、呆れた。関口、あなたまで宇宙人の言うこと聞いてるんだね」
璃緒の場を転換しようとする笑いとは裏腹に、男は言葉を続けた。
「クルスは、おまえからこの地球を守ると言っていた」
「そう、みたいね」
クルスと対峙した時、璃緒はその訳を聞いている。
「先生には、先生なりの生き方があるんじゃない」
「お、おまえ、それでいいのか! 命を狙われたんだぞ!」
関口は声を荒げた後、慌てて小声になった。
「これからも、いつクルスがおまえに関わるか分からないのに……」
彼は眉間に皺を寄せて、臆病で不安気な顔になる。
「心配、してくれてるの?」
璃緒の真顔が関口の前にあった。
「べ、別に、そ、そんなことは、お、俺がいなくても」
「大丈夫だよ、関口」
彼女は呟く。
「あいつらが、いるからか?」
璃緒は微笑んで小さく頷いてから男から視線を遠ざけた。
「それと、……あなたもね」
背中で手を組んで、彼女は柔和に口を尖らせる。
***
「おめでとう、璃緒! いい雰囲気だねー!」
背後から早紀の甲高い声が聞こえた。彼女は璃緒の背中に抱きつく。
「い、いつから、そこにいたの?」
目を丸くして璃緒は尋ねた。
「うーん、さっきからかな」
早紀は目を空に向けて、とぼけた顔をする。
「話、聞いてた?」
璃緒は彼女の肩を掴んだ。薄笑いを早紀は浮かべる。
「いえいえ、はっきりは聞こえなかったけど、関口が必死に璃緒姫を口説いてたところは分かったよ」
彼女はずっと頷き通しだ。
「も、本宮! 勘違い過ぎだよ! 俺は別に、こいつをなんて……」
どぎまきして反論する紅潮した顔を、男は隠した。
「ふーん、そうなの」
勘ぐる表情の早紀は二人の顔を交互に見比べる。あまりの両者の違いに、彼女は思わず吹き出した。
「そうかなぁ」
「早紀、関口と私がいくら犬猿の仲でも、地球のことで協力することはこれからもあるかも知れない」
握った拳を腰に手を当てて、鼻息荒く璃緒は言い切る。
「わかった、わかった。例の姫のお達しね」
関口は存分に肩を下げて「やっぱり、そうになるのか」と、ひとりごちした。
「璃緒、じゃあ、一ノ瀬君は?」
輝き潤む瞳で、早紀は璃緒の拳を握りしめる。
「彼も特別な存在」
またも彼女は言い切った。
すると早紀は怒った顔をして、げんこつで頭を小突いて走り去っていく。きょとんとした璃緒はその場に佇んだ。
「確かに、あいつの存在と能力は、地球では『特別』だ。だが本宮にはそんなこと通じないぞ、百瀬」
少々呆れながら関口は、立ちすくむ璃緒を諭した。




