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光の闇司祭② 白陽の聖女  作者: parupuntist


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断章 白い太陽

 白陽の間(ま)には、三百年、夜が来ていない。


 聖都のいちばん奥。白い石の回廊をいくつもくぐった、そのまた奥にある、丸い天井の広間だった。窓は、ひとつもない。燭台(しょくだい)も、ひとつもない。


 要らないのだ。


 祭壇の上に、光が浮かんでいた。


 大人が両腕を広げても抱えきれないほどの、白い光の球(たま)だった。三百年前に開祖が遺(のこ)した光だと、教会は教えている。それから一度も、沈んだことがない。


 ゆっくりと、息をするように膨らんでは、またしぼむ。


 白い太陽――と、聖光教会の者は呼ぶ。《白陽》という呼び名も、この光から来ている。


 光は、春の真昼のように温かかった。床にも、壁にも、柱の根もとにも、影というものがない。祭壇の前に膝をついた老人の足もとにさえ、影は落ちていなかった。


 教皇は、祈っていた。


 骨の浮いた、小柄な男だった。白い衣の袖からのぞく手首は、枯れ枝のように細い。いつから、この光の下で祈っているのか。数えるのは、とうにやめていた。


 教皇は、一度も泣いたことがない。


 幼いころのことは、よく覚えていない。覚えていないのなら、それは、泣くほどのことではなかったのだろう。


 光の奥に、ときおり、何かが見える気がする。


 目を閉じているときのほうが、よく見えた。


 白陽の聖女を、初めてこの広間に連れてこさせた日のことは、覚えている。


 淡い金色の目をした娘だった。北の山奥の、異端の村から、光に選ばれて連れ帰られた子だと聞いていた。


 娘は、白い光を見上げて、笑った。


 怖がりもせず。泣きもせず。


 開祖のあとに現れた、二人目の白陽だった。


 広間の入り口で、衣擦れの音がした。


 白い衣の侍祭がふたり、ひとりの男を入り口まで導いてきて、音もなく下がっていった。侍祭たちは、にこにこと笑っていた。


 男は、白い床に額をこすりつけた。金糸の法衣の、肥えた男だった。


 王都の大聖堂から呼び戻された、司教だった。


 この広間に入るのを許されたのは、初めてなのだろう。冬だというのに、額から汗が、ぽたぽたと床に落ちている。片手で、胸の白銀の太陽を、手巾(ハンカチ)ごと握りしめていた。


「……げ、猊下(げいか)」


 上ずった声だった。


「王都に、夜が、来ました」


 教皇は、目を閉じて、聞いていた。


「冬至の夜に……地の底の、神殿の祭壇から、夜が昇りました。王都じゅうの者の胸に、星が灯り……聖女さまの白い祈りは、破られ……」


 教皇は、まぶたを閉じたまま、穏やかに微笑んだ。


「三百年、来なかった夜が――二度、か」


 司教の喉が、ひくりと鳴った。


「それから……白陽の聖女が、泣きました」


 教皇は、目を開けた。肩ごしに、入り口を振り返る。


「……泣いた、か」


「は、はい。……子供のように、声を上げて」


 司教は、額を床につけたまま、肥えた肩を震わせていた。押し殺した嗚咽(おえつ)が、白い広間に、小さく響いた。


 教皇は、その背中を、しばらく眺めていた。


 めずらしい鳥でも、眺めるように。


 司教は、手巾で顔を拭った。


「聖女さまが泣かれると……お背中から立ち上がっていた、顔のない白いものが、崩れて……雪に……」


 教皇は、何も言わなかった。


 背後で、祭壇の上の光が、ひとつ、大きく息をした気がした。


「祭壇から夜を昇らせたのは、あの闇司祭でございます。……あの男の光は、白うございました。闇神教には、鏡を白く燃やした男がいる、と――」


「白い闇司祭、か」


 教皇は、祭壇の上の光を、振り仰いだ。


 開祖が鏡を白く燃やしたことは、書庫のいちばん奥の、三百年前の書に記されている。その書を開いたことのある者は、聖都にも、ほとんどいない。


「……開祖さまと、同じ色だそうだな」


 司教の肩が、びくりと跳ねた。


「も、申し訳ございません……わ、私は、騎士団長に、開祖さまのことを……」


「かまわぬ」


 司教が、息を呑む気配がした。


 それから、おそるおそる、声が続いた。


「猊下。あの男の手配を、取り下げよとのお指図は……」


「追わずともよい」


 教皇は、組んでいた指を、ゆっくりとほどいた。


「白は、白を呼ぶ」


 司教は、何か言いかけて、口をつぐんだ。


 やがて、かすれた声で、言い足した。


「……聖女さまは、お指図のとおり、北の修道院へ」


「そうか」


 二十五年前の冬、北の谷に降ったという雪のことを、教皇は聞いている。


 あたたかいのに、溶けない雪だという。


 教皇は、光を見上げたまま、ひとりごとのように言った。


「北の村は、まだ、雪の中か」


 司教が、顔を上げた。何のことかわからない、という顔だった。


 教皇は、もう、司教を見ていなかった。


 白い光の奥で、顔のない何かが、穏やかに、どこまでも優しく、微笑んだ。

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