第一章 第7話「こみげむ」
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「リン、これを持っていきな」
店を出ようとするリンの背中にアカネが声をかける。
その手に握られていたのはリンの相棒である高周波ブレード『SHINANO』。
「それ刃こぼれしてるって……」
「強化外骨格だけ着ても武器が無けりゃ話にならんでしょ。こっちは刃に補修材を塗布して研磨した。一時しのぎだけど無手よりはいい」
長年の修理業により砥ぎの技術を身に着けたアカネだからこそ可能な裏技的手法である。
こんな直し方があるのかと感心しながら、リンはブレードを背中に担ぐように装着した。
「そんじゃあ行ってきな! 絶対、無事に帰ってくるんだよ!」
アカネの見送りを受けて、美剣士ビカムとサムライ・リンは旅立った。
向かう先は異世界リンダリアル――ではなく、
「それじゃあ『こみげむ』へ案内しますね」
そう、それこそがビカムがアキツ・シティに来た元々の目的である。
リン自身は赴いたことはないが、幸いにしてゲンジューローが『こみげむ』の常連だったことから店の住所だけは聞いていた。
そこでビカムの所用を片付けた後、二人はリンダリアルに行く予定だ。
リンの端末が進むべき最短経路を指し示す。
これに従い歩くだけだというのに……リンは今非常にそれを難しく感じていた。
それとなく視線を横に向ける。
隣を歩くビカムは、会話など不要と言わんばかりに真剣な眼差しで前だけを見ている。
「……(何か話しかけるべきだろうか。何も話題が浮かばない……)」
沈黙に徹するのは、声の掛け方が分からない初対面の気まずさなどではないはず。
だが、彼の胸中を占める思いは何なのか。傍にあって気配すら漂ってこない。
――リンは実のところ、リンダリアル人を見るのが初めてではない。
体毛に覆われた獣人、大人でも子供の背丈しかないハーフリング、鱗を纏ったリザードマン、そして異世界の人間。
彼らは全員、己の武威を隠そうともしなかった。生まれ育った大地と異なる土を踏む以上、警戒と自衛のために力を隠そうとしないのは理解できる。
……翻って、ビカムは異質と言えた。
気を張っているわけでも、さりとて油断しているわけでもない――リンダリアル人に優しいとは決して言えないシティにあってなお。
泰然自若、あるいは常在戦場。
爆弾が投げ込まれても、彼は眉一つ動かすことなく導火線を斬り、何事もなかったように歩き出す――そんな空想に囚われてしまうのだ。
「エルフ、の方なんですか?」
その特徴的な耳を見れば自明であるが、リンは訊かずにはいられなかった。
チキュウ世界では創作の中の存在でしかなかった種族が、異世界に実在したのだから。思わず問うてしまうのも、むべなるかなというもの。
「……そうだ(話を振ってくれた。ありがたい)」
「私、エルフの方と初めて会いました。シティに来るのはエルフ以外の方ばかりだから」
「……エルフは、生まれ育った場所への執着が強い。異世界まで足を運ぼうとするのは稀だ」
「そうなんですね。じゃあ――」
貴方は、なぜ――無意識にそう続けようとして、リンは口を噤んだ。
今ビカムが言ったばかりではないか、エルフは生まれた地から離れない種族だと。
なのに、異世界まで旅するとは余程の事情があるに違いない。
それを訊ねるとは、私的な部分に踏み込む不躾な行為でしかない。
「……」
「……(なぜ急に押し黙る⁉ 何を言いかけたんだ。ああ、話題が途切れてしまう……)」
リンの沈黙に反応を示さず、ビカムは平静のまま進み続ける。通行人は二人を珍しそうに眺め、すれ違っていった。
このまま目的地まで無言が続くかと思われたその時、リンの耳朶は微かな呟きを捉えた。
「(そうだ、この少女は確か)……サムライ」
「……! え、ええ、光栄なことに、シティから信任を頂いて」
「(とりあえず褒めれば間違いない)……その若さで大したものだ」
「ありがとうございます」少女らしい華のような笑顔を浮かべるも、リンの表情は急に暗く沈んだ。「でも、今日貴方に助けられたように私はまだまだ未熟者です。ライゾーたちだって上手く追い払えなかったし……」
リンは確かにサムライである。サムライに相応しい力を備えていると周囲の評価を得たことは事実である。
しかし、その力を活かすための経験が圧倒的に不足していることもまた事実だ。
力の振るいどころ、振るい方を会得する修行は無く、ただひたすら場数を踏むことでしか身に付かない。
「……(マズい、暗い雰囲気にしてしまった! 気まずい。ああ……)」
ビカムは落ち込むリンに対し、あえて助言を与えず、沈黙の帳を下ろした。
その場しのぎの慰めなど、この男は無意味だと知っているからだ。
同時に、肯定も否定もしないことが真の労りとなることも……。彼のコミュニケーション能力の高さに脱帽を禁じえない。
無言の旅路は唐突に終わりを告げる。
雑多な街の、裏路地の果て――不法投棄された野良の掃除ロボットすら姿を見せなくなった深奥に『こみげむ』は存在した。
***
狭い路地の行き止まりの壁、覗き窓が付いた鋼鉄の扉の向こう側が目的地――リンの端末のロケーターはそう指し示していた。
「本当にここが? 店の看板もないけど……」
祖父が悪戯で嘘の住所を口にしたとは考えにくく、合ってはいるのだろうが……。
怪しいというよりは不気味な印象が強く、二の足を踏んでしまう。
そんなリンには我関せず、ビカムは躊躇いなく扉に近寄り、把手を回し押す。
「っ! ま、待って!」
慌てて後を追いかける。
二人を出迎えたのは異常な光景だった。
「なに、これ……」
入口から店内を眺望したリンは激しい困惑に襲われた。
店の中は薄暗く――そして、もぬけの殻だった。
ビカムの命令よりも先にアイが店のシステムをハッキングして照明を点けると、その異常さがより露わになった。
什器備品類はそのままに、そこに陳列されていたであろう商品がきれいさっぱり消えていたのだ。経営不振でテナントが商品を持って逃げ出した貸店舗を想像すれば分かり易いだろうか。
壁には幾つか長方形の染みがあった。いや、よく見れば、そこ以外の壁面が照明の光で焼けていると言うべきだった。推測するにあの位置にポスターを貼っていたのだろう。ホログラム広告全盛のこの時代に。
つまり、それすらも剥がしていく徹底ぶりに、異様なものを感じずにはいられなかった。
ゆっくり、ゆっくりと、店の奥へ足を踏み入れていく。
リンの纏う強化外骨格の駆動音が聞こえるほどの静寂。
カウンターの中を覗き込んだ時、彼女は、何かを引きずったように伸びる赤黒い痕を見つけた。
「これって……!」
「……血痕か」
ビカムは血痕と思しきものをつぶさに検分し、
「……一日といったところか」
血の渇き具合から事態の発生時刻を推察した。
血痕の筋はカウンターの奥……扉を抜けてバックヤードの方へと続いている。
リンは腰に佩いたブレードに意識を集中した。面持ちは既に、年頃の少女から武装請負人へと切り替わっている。
血痕を辿っていくと、一気に開けた空間がビカムたちを出迎えた。
「倉庫、のようですね……」
高い天井にまで届くほど巨大で頑丈なアングル棚が乱立している。さながら鋼鉄のジャングルといったところか。
その棚にも商品はおろかネジの一本すら置かれておらず、骨組みだけをさらしている。
「……居た」
「あっ……!」
血の筋の終点――鉄の森に隠れるように、俯せに倒れた人影が。
老齢の男性。服装に乱れや強盗に遭った様子はない。
ただ一点、背中からちょうど心臓の位置に穿たれた弾痕。この傷が彼の命を奪ったのだと知らしめる。
状況証拠からの推理であるが、おそらくこの老人はカウンターにいたところを攻撃された。激痛に耐えながらこの位置まで這ってきたが、とどめに心臓を銃撃され力尽きたのだろう。
強盗の最中の殺人か、それとも最初から老人に対する殺意があったのか……。
いずれにせよ、これが残虐な犯罪であることに間違いはなかった。
「ひどい……」
「……ああ」
「とにかくシティの自警団に連絡を――」
「――その必要はねえぜ、お嬢ちゃん」




