第三章 第24話「天上の最終決戦」
「……(!?!?!?!?!?)」
最終戦争前に打ち上げられ稼働していた発電・送電用衛星。本体に比して何百倍ものソーラーパネルを備えて地上に電力を供給していた旧時代の遺物。
『エデン』は故障していないそれら衛星をハッキングし、貯め込んでいた電力をレーザーに変換して自身に浴びせたのだ。
勿論、盛大な自殺などではない。
魔法世界において魔力が万能のエネルギー源ならば、電気こそが科学世界のそれである――
まさにそうとしか表現できないような事象がビカムの目の前で展開する。
目に見えない大気中の魔子粒子が『エデン』へ殺到するように集中する。
電気エネルギーを湯水のように消費しながら、魔子は実体を持ち始め、隣の粒子と連鎖的に結合していく。
『〝仮想顕現〟――これこそ、我々が至った魔子技術の最高峰。貴方の世界の召喚術から着想を得たのですよ』
――仮想顕現獣No.3:BAHAMUT。
『エデン』の宿る量子コンピューターを核にするように構成されたそれは、一対の大翼を持った人型の巨大機械竜。
鱗の代わりに装甲が、血潮の代わりにエネルギーが走り、薄緑色をした半透明の実体の中で心臓のように『エデン』が格納されていた。
仮想粒子化した魔子一つ一つの運動をコンピューターシミュレーションする――そんな馬鹿げた力技によってのみ実在を許される獣。一体を動かすのに一基の超級量子コンピューターの全演算リソースを要求するバケモノ。
バハムートはまだ宇宙空間に顕現しただけ。何一つ動作を起こしてはいない。
しかし、そこに存在するだけで……この物語を締めくくる天と地の戦い、その内の天上にて立ちはだかる、最後にして最大の敵なのだと見る者に理解させた。
『私にこれ以上退避行動を取る余地はなく、貴方にこれ以上追跡に費やす時間的猶予はない。愚策ではありますが、私が直接貴方を抹消してさしあげましょう』
「……(こんな奥の手があるなんて聞いてないぞ……! これ倒せるか……? 魔力の消費が結構洒落にならない状態だぞ……)」
美剣士の返答はない。いや、必要なかった。
手元に握り続けた霊剣フェーレがその証だ。今さら何の言葉を返すというのか。美剣士ビカムに逡巡と葛藤など無縁の言葉だった。
確かな返答を受け取り、バハムートが臨戦態勢に移行する。
『では、分かり切った勝者を決めるための戦いを始めましょう。――地に墜ちよ、美剣士ビカム。天上に神以外は不遜です』
「……機械が随分と、感情豊かになったものだ(妹子・芋男先生のマンガを読んだお陰か……? やはり先生は神……!)」
ビカムの挑発を合図に、光線と霊剣は激突した――!
***
「もう終わりだ……」
シティ保安部指令所の誰かがポツリと呟いた。士気を挫くようなセリフを誰も咎めはしなかった。
こちらの攻撃は何一つ通じず、もう残された出来る事は、瓦礫のように踏み潰されるまでの時間を数えているぐらいしかない。
なぜ、こんな事になってしまったのか。その答えを知っている者は誰もいない。
ある日突然シティは滅亡しました――物語としてはヒキもオチもクソもない、三文小説以下のストーリー。滅びるためだけの名もなき登場人物に、自分たちはなろうとしている。
保安部副部長は滴り落ちる汗にも構わず天井を見上げた。
思考がぐるぐると脳内を駆け巡る――シティを守れない。俺のせいじゃない。仕方ないさ。誰が指揮していたって同じことだ。上は全部逃げた。でも俺たちは最後まで頑張った。やれる事をやろうとしたんだ――
(……ああ、でも)
自分を慰めるための言葉が渦巻く中で、
ありえもしない仮定の話をしたくなった。
(こんな時に、あの人ならどうしただろう――)
「――諸君らは非常にたるんでいる」
聞きなれたはずの、もう聞くことのないはずの声。
「今、保安部には出現した脅威を排除する業務が発生している」
後任の人事が発令されておらず空席のままだったその席に、いつの間にか座っていたのは――
「入社式での訓示を忘れたのか? ――与えられた業務への返事は〝はい〟か〝イエス〟、そして〝完了しました〟のみだ。」
「「「アベ部長⁉」」」
あの日、マーカスCEO直々に役職を没収され床の穴にシュートされたイチタカ・アベ。
「フン……元部長だ」
その人が保安部指令所に帰ってきた!
彼の様子は以前から大きく様変わりしていた。いつも整髪料で整えられていた髪は乱れを許し、身に着けているのはオーダーメイドスーツではなくオイルに汚れたツナギだ。おそらく壁の外……ジャンク・タウンに落とされたのだろうが、そこでの壮絶な生活を想像させた。
しかし――今のイチタカ・アベは、依然と比べて存在としての重みを増している。
それは皮肉にも、彼を直接没収してシュートしたマーカスCEOから感じたプレッシャーと同質のものだった。少なくとも副部長の感覚はそう訴えていたのだった。
強い意志の宿った目が保安部職員たちを射抜いた。
「やれる事は何一つやり切っていないぞ。泥水を啜ってでも、他者を蹴落と……いや、使える者は何でも使って目の前のタスクを完全に処理する。それこそがバルキロア社員の矜持と知れ」
「し、しかしアベ部長……」
「〝上司に異を唱える部下、歯車に似た石屑〟」
バルキロアの新入社員が洗脳的に叩き込まれる社訓を諳んじるアベ元部長。
「〝部下を導かない上司、スーツを着たマネキン〟」
続く二つ目の社訓を口にしたのもアベ元部長だ。
「フン、戦力を第何波だの段階的に投入するから防がれるのだ。相手はただの人間一人、一度に撃ち落とせる量に限界はある。飽和攻撃を継続すれば命中弾は必ず出る。弾薬庫を空にするつもりで全部吐き出せ」
「「「は、はいっ!」」」
これだ。
今の自分たちに欠けていたものがピタリとハマったのだと、歓喜に震えながら副部長は覚る。
高圧的で冷徹で無慈悲だが――状況を整理し、部下を指導し、完了まで必ず辿り着かせる。それこそがイチタカ・アベという人なのだ。
たとえ今の彼が実質的に解雇……少なくとも保安部長職を解かれていようとも、そんな事は誰も気にして
「――それを彼らに命じる権限も根拠も、何一つなくてよ。イチタカ・アベ」
席に座すアベ元部長の背後に誰かが立っていた。
見るからに攻撃的な装甲に一対の飛翔スラスター、何よりも、ところどころあえて装甲が薄いような、煽情的でえっちな意匠の装備……を纏っている。
だが副部長の目を奪ったのは決して件の人物のえっちな部分ではなく、蜃気楼を立ち昇らせた抜刀済みの高電熱片刃だった。
――ガブリエラ・タユウ。
ビカムとの空中戦に敗北し、最上階の執務室で気絶していた彼女。
時間の経過か、あるいは〝テラ・イーター〟の破壊音が目を覚まさせたのか。
その人が今、イチタカの後頭部に武器の切っ先を突きつけていた。
「……貴方は、タユウ秘書か。普段の格好からは想像もできない出で立ちになったものだ」
「そういう貴方も落ちぶれた身形になったものね。いや、今は分相応と言うべきかしら」
「マーカスCEOが居ないと活き活きしているように見える。普段相当ストレスを溜めこんでいるのか? ストレスは美容に良くないらしい。老けるのが早まるぞ」
「そう思うなら美容液の一つでも贈ってあげるのが男性の甲斐性ではなくて? ああ、美容液を買える稼ぎの職に就いているのが前提でしたね。ごめんあそばせ」
人体など軽く消し炭に変えてしまう武装を前にして、イチタカは振り返ることなくガブリエラに問う。
「貴方はなぜここに? マーカスCEOに侍っていなくてはならないのでは?」
「あの方は亡くなられました」
問答する二人を除き、声にならない動揺が指令所を走った。
「……そうか。……だとしても、君が保安部を訪ねている理由の回答にはなっていないが」
「質は防衛部に劣りますものの、量という点ではシティの火力の大部分を握るのが保安部ですわ。――あの方の大望を阻む可能性がわずかにでも残るのがこの部署でもある」
艶めかしい舌が口端の血を舐めとった。




