第三章 第25話「いつか誰かの価値に」
「……指令所を破壊するつもりか。我々も皆殺しと」
――空気が一瞬で張り詰める。
「フフ――さすがに命までは。地獄の新入社員研修を潜り抜けた者同士の慈悲です。余計な事をしなければ手に掛けはしませんわ。まあどの道、あの機械に破砕されるまでのわずかな延命ですけれどね」
「……マーカスCEOの計画を知らないのか? 今破壊している場所だけじゃない。あの方……いや、奴はこの都市全てを――」
「ええ、全てを破壊して創り直す。それがマーカス様の望み」
「だったらなぜ! 計画も何も、もう無意味だ!」
イチタカの怒鳴るような問いに、ガブリエラはすぐには答えなかった。
そして諦めたように微笑んだ。
どうせお前には分からないだろうと、理解されることを手放した哀愁の笑み。
「私はバルキロア社員だけれど、損益だけを基準に動くわけじゃないの。……戦いしか能のない女を取り立ててもらった恩義を返す。社員の鑑のような貴方には意味不明な行動でしょうね」
「――いや、分かるさ」
間髪入れずにイチタカは言った。
「どれだけ環境合理性に従おうと、人間は間違える。時に非合理で理解しがたい行動を取る。だが……当たり前の話なのだ。私たちはいつも合理に従っているようで合理を超えた何かを日々取引しているのだから」
「合理を超えた何か……」
「君の言う恩義も、……あの時、私が受け取った感謝の言葉も」
――ありがと!
――ありがとう。
――あんがとよ。
イチタカの脳内にはジャンク・タウンで過ごした短くも濃い日常が思い起こされていた。
「結局、人間は非合理から逃れられない。人間は機械ではないからだ。マーカスCEOだろうとな」
「……そう。で? 要するに何が言いたいのかしら」
「つまるところ、我々は間違えるのが当たり前なのだから、失敗しようとまた途中からやり直せばいいだろうという話だ。一度失敗したものが無価値なわけがない。今はジャンクと呼ばれようとも――大切に直してやれば、いつか誰かにとって価値のあるものになる。たとえシティだろうと、必ず素晴らしいものにやり直せる」
「アベ部長……」
保安部副部長は己の耳が信じられなかった。
いったい本当に、彼はどんな経験をしてきたのだろうか。
ガブリエラが表情を怒りに歪める。
「シティをやり直すですって? ふざけたことを! マーカス様ですらここまで混沌・肥大化した都市構造に匙を投げざるをえなかったというのに、他の誰に可能だと」
「私は本気だぞ」イチタカの声は一切の迷いを感じさせなかった。「シミュレーションのように何でもゼロから始めるなんてつまらない事は機械に任せておけ。我々人間はもっと泥臭く楽しくやっていい。何度も間違えて、何度もやり直す。そうして出来上がるものは楽園から程遠いかもしれないが……完成された楽園には決して存在しないものを持つことはできる」
「……、……それは?」
「希望だよ。〝理想から遠いからこそ、明日は理想に一歩近づけるかも〟――誰もがそう思いながら明日が来ることを待ち望む。そんな希望溢れるシティに」
「…………」
「タユウ秘書。貴方は今のシティを滅ぼすことが恩義だと嘯くが、それは本意か? マーカスCEOが創ったシティを壊すのではなく、創造の続きを……彼の意志を引き継ぐことが本当の恩義だと私は考えるがね」
「…………」
「それに彼ならば〝担当する業務から、逃亡するべからず〟、〝仕事に失敗なく、引継だけがあり〟――そう言うのではないか?」
重たい沈黙が横たわる。
固唾を飲むという言葉がこれ以上似つかわしい状況はない。
イチタカは背後を振り返らない。言うべき事は全て伝えたのだから。
あとは、彼女が決めることだ。
ガブリエラは、
「フ」
こぼれる嘲笑。
「柄にもない人情芝居、私を絆すには役者が不足していましてよ。聞いていて鳥肌が立ちましたわ。まるで武器商人が戦争はよくないと演説しているようなものですもの」
「そうか」
「ですが、まあ――今だけは下手糞な口車に乗って差し上げましょう」
ガシュッ! と音を立てて高電熱片刃が収納された。
説得は、成功したということだろう。
「マーカス様の大事業を継承しようという大言壮語、どこまで貫き通せるか見物させていただきますわ」
「その前にあのデカブツを止めなければならないがな」
「最も内側の一機は任せなさい」ガブリエラが踵を返す。「防衛部の総力をもって……まあ、進行を遅らせるぐらいはしてみせましょう」
「それならここで私と一緒に連携して指揮をとってくれるとありがたいのだが」
「冗談。私も、あのエルフに付けられた損傷が修復次第、戦闘に出ますわ」
今さらながら、ガブリエラが身に纏う装甲は所々戦闘の痕が垣間見えた。特に背中のスラスターの片方は塞がりつつある銃痕が目立つ。
ガブリエラが肩越しに振り返った。
貼り付けていたのは秘書の顔でもなく、忠義を貫こうとする者の顔でもない。
己の誇りに傷を付けられた――怒れる獣の顔。
「本人に直接借りを返せないのが最高に癪ですが――殴り甲斐のある全長二キロで我慢しておきます」
――まさか……私の邪魔などいたしませんわよね?
そう言い残し離れていくガブリエラの背後、イチタカの額から人知れず一筋の汗が伝った。
(――はあぁぁぁぁ……! なんとか説得が成功したか。生きた心地がしなかったぞ……)
(……あのいけ好かないエルフならこれぐらいの事、涼しい顔で乗り切るのだろうが。フン、視界に居なくとも不愉快な奴め)
と、罵倒のような賞賛のような複雑な感情を抱くのだった。
頭を振って思考を切り替える。イチタカは全保安部職員に号令する。
「聞いていたな。一番内側を除く三機に飽和攻撃を開始しろ なんとしてもアレを止めるのだ」
「「「了解!」」」
シティのあらゆる方向から〝テラ・イーター〟に向けて砲火が集中する。
先ほどまでの波状攻撃ではなく、シティ中の火薬を燃やし尽くすような絶え間ない攻撃だ。ミサイルは空になるまで撃ち尽くし、ドローンは弾切れになったら吶喊して自爆する前提で攻撃の列に加わった。
しかし、
〝黒鬼士〟の迎撃をすり抜ける攻撃は確かに増加した。――反応するように、今度は〝テラ・イーター〟に内蔵された防衛兵器が起動する。
空対空小型ミサイル、機関砲、電磁鞭が〝黒鬼士〟の対処しきれない攻撃のほぼ全てを迎撃する。わずかな命中弾もあるが……〝テラ・イーター〟の巨体に比べればあまりにも貧弱な傷だった。
総力を挙げた飽和攻撃を行って、ようやく均衡する状況。
(くッ、これでもまだ足りないのか!)
(やはり、あの人型を倒さなければ攻撃が通らん――)
――その時、歯噛みするイチタカの携帯端末が振動した。
こんな時にと思いながら画面を見れば……番号の羅列のみが踊っている。
だがイチタカの記憶力をすれば、端末に登録などせずとも、一度見た番号が誰に繋がる電話か忘れることはない。
反射的に舌打ちしそうになったのをグッと我慢し、イチタカは応答ボタンをタッチした。
『――今から送る座標に飛行ドローンを一機回しなさい』
スピーカーから聞こえてきた音声に眉を顰める。
「その声は……エルフのサポートAIの……アイ、だったか。ならそこにビカムもいるな。手を貸せ。あの巨大機械の上に陣取っている鎧人間を魔法でも何でもいいから排除してほしい」
『彼は今、宇宙にいるわ』
「……⁉ ……彼は、か。まるで貴様は別の場所にいるような物言いだな」
『ご明察――』
――夜景を見下ろす高層ビルの屋上。
視界の遥か先、迫り来る〝テラ・イーター〟を睨みつけて、少女は叫ぶ。
「お願い、イチタカさん――私を、あそこまで連れて行って」
少女の左腕では、機械鎧が装甲の隙間から静かなる光を放っていた。




