第三章 第23話「熱圏にて」
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「――ダメです! 続く攻撃第四波、第五波、全て撃ち落とされました!」
「う、嘘だろ……⁉」
シティ中心部、バルキロア保安部の指令所は混乱を極めていた。
何の前触れもなく出現した四機の巨大機械。
それが目的も一切不明のままアキツ・シティを轢き潰すように破壊していく。
事実確認を行う余裕すらなく、それでも彼らは優秀だった。何とか巨大機械を止めようと壁上警備のドローンや防衛装置を用いて攻撃を行った。
しかし、それらの銃弾の一発すら……いや、ドローンが砲火を噴く前に全機が墜とされているのだ。
それを為しているのは――
「望遠での映像、出ます!」
ドローンが撃墜されていない攻撃範囲外からの観測映像が指令所の正面スクリーンに映し出される。
遠距離かつ拡大により幾分解像度の荒いそれは、漆黒の人影を捉えていた。
「何だアレは⁉」
そう呟く保安部副部長の言葉は指令所全員の思いを代弁していた。
無理もない。彼らにそれが何かなど分かるはずもなかった。
頭部装甲のスリットから怪しい残光を立ち昇らせた――鎧武者など。
かつて〝黒鬼士〟の頃の意匠を残しつつ重装甲・重武装へと進化を遂げた姿。
『エデン』の調整により〝鎧素徒【調伏】〟との融合を果たした威容。
単に合体しただけではない――〝鎧素徒〟の能力は形を変えて継承されている。
魔子に干渉する機能は、空気中の分子を強固に固定し、ブレードの一閃に合わせて飛翔する〝飛ぶ斬撃〟に改められた。保安部の攻撃を斬り落としているのはこの力である。
さらには分子固定による空気の盾を周囲に展開し、銃弾や爆風への盾とする。
あらゆる敵も砲撃も、一閃の下に薙ぎ払い、寄せ付けることなし。
名付けるならば――〝黒鬼士【草薙】〟。
彼が〝テラ・イーター〟の上に鎮座する限り、シティの滅亡という運命は揺ぎ無いものとなるだろう……。
「最新鋭の機械があんなものに……。くっ、どうすれば」
「マーカスCEOは⁉ 役員との連絡はまだ繋がらないのか⁉」
副部長は当然保安部の手に余るとして上層部の指示を仰ごうとした。防衛部の出動を願い、総力をもってあたるべき事態だと具申するつもりだった。
だがバルキロアに君臨する役員の全てが連絡不通という、ありえてはならない事が起きていた。保安部担当役員だけでなく他部門担当役員でさえもだ。
その答えは最悪の形で判明する。
「見てください、あ、アレ……!」
〝黒鬼士〟を映し続ける映像のさらに奥、黒塗りの飛行型移動機が数台、連れ立ってビルの屋上を飛び立つ姿が見えた。
外装も内装も高級仕様のそれは、バルキロア役員専用の機体であった。
それが〝テラ・イーター〟から……今まさに破壊されているアキツ・シティを離れるように飛び去って行く。
これが意味するところは、つまり。
(俺たちは見捨てられた、のか……?)
事態の収拾を図るべく司令塔とならなければならない上層部。
そのための絶大な権限を普段与えられているにも関わらず――彼らは逃走を選択したのだ。
今まで奮闘していた保安部職員の心を折るには十分過ぎた。
ある者は膝から崩れ落ち、ある者は手にしたラップトップを床に叩きつける。先ほどまでの怒号に代わって嗚咽と嘔吐く音が指令所内を満たしていく。
……もし神というものが存在するなら、この時ばかりは正しく仕事をしてくれたのかもしれない。
映像の中、黒き鎧武者がゆっくりと振り向き、未だ撃ち落としていない飛翔物体へ向けてブレードを構える。
「あ」
横薙ぎに振るわれたブレードから放たれた斬撃は一瞬で黒塗りの移動機に追いつき――そのまま追い越して空の彼方へ。
移動機は切断面から上下に別たれるよりも早く、破損した電気系統からの火花が燃料に引火して爆散した。乗っていた人員の命を心配する余地もないほど派手な散り方であった。
(はは、ざまあみろ)
胸がすくような思いは一瞬。
直後、これで本当に誰にも頼ることができなくなった恐怖が副部長を襲った。
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熱圏。
地表から高度二百キロメートルのそこはチキュウ大気の構造においてそう呼ばれる。
ここは既に宇宙空間だ。人工衛星が飛ぶ高度ではあるが、超低軌道であるため大気の影響を無視できず、イオンエンジンなど何らかの加速装置を搭載しなければ空気抵抗で次第に減速し、大気圏に突入し燃え尽きることになる。
もっとも、それは長期間飛行を続ける場合に限った話。
たった三時間にも満たない刹那を飛行するだけであるならば関係ない――少なくとも『エデン』にとっては。
マスドライバーにより束の間の衛星軌道に投入された神の機械は、アキツ・シティのあらゆるシステムの操作を放棄し、新生する楽園の設計に全リソースを注ぎ込んでいた。
星を見下ろすこの暗黒の空間において、何者もこの静寂を邪魔することはできない。生存はおろか辿り着くことすら至難な空の果て。地上が生命の支配するところならば、天上とは機械の領域に他ならないだろう。
『――――本当に驚きました』
新シティ・百年間運営シミュレーション……その七百万千五十回目が失敗した直後、『エデン』の機械音声が響いた。
熱圏とは、本来なら極端な大気密度の低さにより音が伝わることはほとんどない無音の世界のはずだ。当然それを知らぬ『エデン』ではない。
にも関わらず音で伝達することを選んだのは、ありうべからざるを成し遂げた相手への賞賛以外に他ならなかった。
「……(死ぬかと思った……)」
――美剣士ビカム。
絶世の美貌を持つ剣士が今、実現可能性ゼロパーセントの確率を超え、宇宙空間にいる『エデン』の目の前に立ちはだかっていた!
周囲には風が吹き、すなわち存在しないはずの大気が満ちている。温度も地表と変わらないよう調整され、酸欠になることもないだろう。
飾り羽を揺らし、外套をたなびかせながら空中に佇むビカム。
画家が筆を取れば歴史に残る絵画にすらなりうる光景。
不気味なほどの沈黙を『エデン』は保っている。
「……さすがの貴様でも、なぜ私がここにいるか気になったか(本当に何度死ぬような思いをしたか……聞いてくれ)」
『どうやって――と問う事に今さら意味はないでしょう。結果だけが全てです。貴方は私の予測を超え、私の下まで辿り着いた。これが全てです。掛け値なしに賞賛します』
「……機械らしい回答だ(ええ……? 気にならないのか……)」
元より期待していないのだろうビカムは、さして気にした様子もなく右手にフェーレを顕現させた。
――このままでは誰も知ることなく忘れ去られてしまいかねない偉業を、ここに書き記しておくとする!
マスドライバーで宇宙空間へと逃走した『エデン』を、ビカムはどのように追跡したのか――
そう、ビカムもまたマスドライバーを使用して宇宙へと到達したのだ。
それも自分自身を弾体とする、量子コンピューターですらシミュレーションの計算候補に含みもしなかった超荒業によって。
――莫大な電力。
――射出に耐えられる弾丸。
前者はビカムの雷魔法により大電力をマスドライバーに供給、そして後者はビカム自身が弾丸となることで強引に解決した。電力はともかく、マスドライバーで自分を射出するには並々ならない労苦があった……感電対策、殺人的加速度対策、酸欠対策、防寒対策などなど……
しかし! それらを魔法というファンタジーの極みにより全て無問題にしてしまったのだ!
なお、魔法で本当に何とかしてしまえたのは、ビカムが卓抜した魔法の知識・技量の持ち主であるからこそだと、ここに付記しておく……。
「……(リン殿も、アイも、私がマスドライバーに乗るだなんてとんでもない案を言い出すとは……何をどう考えたらそんなアイデアが湧くのか……。こんなに魔力を消費したのは久々だ。疲れた。あとはもう『エデン』を斬ってお仕舞いだよな……?)」
難行の後だというのに、ビカムに疲労の色はまるで見えない。
体内魔力の半分を消費したが、それが何かと言わんばかりの涼しい佇まい。
もはや『エデン』の筐体を守るものは何も無い。
絶体絶命のピンチ。
『賞賛を受け取り――栄誉に浴しながら死ぬといいでしょう』
だが、神の機械は絶望を出力しなかった。
――複数の方向から照射されたレーザーが、『エデン』に直撃した。




