第三章 第22話「宙の彼方へ」
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(あの機械を止めないと)
(でも……どうやって⁉)
マーカスが絶命し、『エデン』が逃げ去った地下最下層。
終わることなく襲い来る振動に、地上の絶望的な状況を想像しながらリンは必死に思考を巡らせる。
「……アイ、上は(どうなってるんだ……⁉)」
冷静に問うビカムの意を受け、アイは地上の様子を映像投影する。
映し出されたのは、まるで数百メートルのビルを薙ぎ倒し、横たわったそれを雑草を鋤き込むように破砕する巨大機械が、円を描く軌道で破壊を撒き散らしている光景だった。
「あ……あ……」
シティ中心部だけではない。最も外側の〝テラ・イーター〟はジャンク・タウンを踏み潰す軌道にある。
すなわちアキツ・シティそのものの存亡の危機であった。
『さらに悪い情報だけれど……』言い淀むように間を空けてからアイが告げる。『予測では今から三十四分後に……『ツカモト商店』は破壊される位置にあるわ』
今度こそリンは絶句した。
彼女にとってのタイムリミットが一気に縮まった瞬間であった。
たとえ一時間後に〝テラ・イーター〟を止めることができたとしても、彼女の家は、家族と過ごした思い出の詰まった帰る場所は、跡形もなく踏み潰されているのだ。
膝から力が抜け、リンはぺたんと尻餅をついた。凛々しいサムライの表情は消え失せ、絶望に蝕まれた顔がそこにあった。
物理的に止められるとは到底思えない巨大機械、その停止スイッチを持った敵は宇宙へ逃亡、与えられた時間はたった三十分程度……心が折れるにはあまりにも十分過ぎる条件がそろっていた。
――この男以外にとっては。
「……『エデン』を止め、〝テラ・イーター〟を止める(それは分かっているが……そんな方法どうやって……)」
美剣士ビカム。
彼だけはまだ、諦めていなかった。
その清澄な瞳に、熱い反抗の炎を灯し続けていた!
『エデン』を止め、超巨大兵器を止める。言うは容易いが……否、もはや口に出すことすら馬鹿げた、当たり前すぎる唯一の解決策。その可能性をビカムは大真面目に探っている。ジャンク・タウンの住人でもない、異世界からの客人である彼がだ。
その雄姿がギリギリのところでリンの意気地を立て直させた。この世界の人間である自分が先に折れることは許されないと、心の中のサムライが喝を入れる。
「私は……アレを止めに行く」
リンは映像の中の〝テラ・イーター〟を見つめた。絶望するためではなく、望む未来を掴むために。
「多分そこに、お父さんもいる」
それは確信に近い予測だ。未だ『エデン』の支配下にあるだろう〝黒鬼士〟が勝手に単独行動をとるわけがない。
事件の中心で父は待っているだろう。
ならばリンが往くは必然であると言えた。
『ビカム、『エデン』を止められるのはもう貴方しか……』
「……(そうは言うが、宇宙まで逃げた相手をどうやって……)」
アイの問いかけを受け、ビカムは注意深く周囲に視線を張り巡らせた。
とはいえ、元々『エデン』が鎮座し、存在そのものが秘匿された場所だ。人間のための設備など何もない。
となると必然、目が行くのは――
「……(そうだ! アレで何かを射出して『エデン』を撃ち抜くのは!)」
視線を追い、リンとアイもビカムが何を企図しているか悟った。
――レールガン型マスドライバー。
確かに、『エデン』があれで宙の彼方へ飛んだのだから、同じものを使えば届きうるのは道理だろう。
しかし、その程度の思考を、かの人工知能が予測していないはずがない。
『……マスドライバーのシステム自体は生きているけれど、常温核融合炉からの電力供給は遮断されているわ。電源系統を物理的に破壊してまで……。万が一にも邪魔されないよう念の入れ様ね』
さらには別の問題がある。桁外れの加速度に耐えられる弾体が、いったいどこに転がっているというのか。
適当なスクラップなど撃ち出せば、一瞬で粉々になるか、断熱圧縮で燃え尽きるだろう。工学に基づき緻密に計算された形状だけが許される。だからこそ『エデン』も射出の際は専用の外殻で自分を保護したのだ。
極めて申し訳なさを覚えながら、これらの問題をアイは挙げた。
――莫大な電力。
――射出に耐えられる弾丸。
その二つを確保しないことには不可能であると。
果たして、美剣士が返したのは……沈黙であった。
「……(あー、その問題の可能性までは、うん、そこまでちゃんと考えては、うん……えっと、あの、えっと……)」
彼が沈黙を選ぶときはいつもそうだ。
遥かな高みから世界を見つめ、誰もが想像もしないような可能性を探り当て、
――既に己が答えを得たときだ。
「ま、まさか……!」
『う、嘘でしょう……!』
一拍遅れてビカムが為そうとしている事に思い至ったリンとアイは言葉を失った。
それは神の頭脳をも欺く、異世界人ならではの一手であった。
「……(……? どうしたんだリン殿、何を見つめ――)」
***
ジャンク・タウンでは阿鼻叫喚の声が鳴り響いていない場所はなかった。
シティ中心部のシ民たちとは違い、日々を生きることに真剣である彼らは、迫り来る生命の危機を正しく認識していた……同時にそれが抗いようのないものであることも。
とにかく最も遠ざかる方へ逃げ惑う住民たち。
その群衆の中に『万修理屋 ツカモト商店』の人間の姿はなかった。
「あれが……〝クローラー計画〟にあった超巨大兵器……」
突如出現した〝テラ・イーター〟の威容を仰ぎ見、アカネ・キクノジョーはいつもの威勢の良さを失い、呆然と直立することしかできなかった。
その傍らには旧式自立型車椅子に座ったユノー・ツカモトが。大鷲に彼女が運ばれてきたときも大層驚いたものだが、今の状況は比べ物にならない。
「発動してしまったのか……」
イチタカが唇を噛みしめる。
「おい、言ってる場合か! お前ら早く逃げるぞ!」
いち早く我に返ったのはライゾーだ。衝撃から立ち直っていないアカネとイチタカを叱咤しつつ、懐から取り出した通信機にまくし立てる。
「今動ける奴は周りの人間に避難を呼びかけろ! とにかくあのデカブツから少しでも遠いところに逃げるよう促すんだ! 俺たち自警団の底力見せやがれ!」
オウ! と勇ましい声が通信機から返ってきたのを確認すると、ライゾーはイチタカの腕を引っ掴んでズンズンと歩いていく。
「お前も手伝ってくれ! 周りのボーっとしてる奴らの尻を蹴り上げて逃げるよう言うんだ。人手は一人でも多い方が良い。自力で避難できない奴がいたら――」
「…………」
――掴まれた腕を振り払う。
動作とは時に言葉よりも雄弁であり、
決別の意志を示すのに、それはより効果的であったと言えた。
ただならぬイチタカの様子にライゾーは困惑を隠せない。
やがて彼の口から出た言葉は、困惑をより一層深めるものだった。
「……俺はシティへ戻る」
何を言われたか、ライゾーは一瞬理解できなかった。
「……は、はあッ⁉ おまっ、アレが見えねえのか、シティでも同じ状況だぞ! 今さら戻って何になる⁉」
「だからこそだ。シティが混乱状態にある今、〝選別の壁〟の入出管理はまともに機能していないだろう。シティを追われた俺が戻るにはうってつけのタイミングだ」
そう語るイチタカの瞳には固い意志が宿っていた。
この期に及んでシティでの復権にこだわるというのか。
「これを貰っていくぞ。採用から今日までの日給を換算すれば、このオンボロぐらいにはなるはずだ」
イチタカは店の奥にあった旧時代の内燃機関式二輪車を引っ張り出すと、制止する間もなくエンジンを吹かして走り去っていった。
「イチタカ……」
「だあもうッ! 居なくなっちまった奴を心配しても始まらねえ! 行くぞアカネ!」
ようやくアカネとライゾーは『ツカモト商店』を飛び出した。二人の背後を突かず離れず、ユノーを乗せた車椅子が追従する。旧式とはいえ自立型の車椅子なら備えている基本機能だ。
道中、ライゾーは擦れ違う自警団の団員へ指示を飛ばしていく。普段のむくつけき容貌からは想像できないほど的確で具体的だ。ライゾーに負けず劣らずの強面たちも洗練された動きでテキパキと住民たちの避難誘導を行う。
「ホント、人は見かけによらないわね……」
そう感嘆するアカネに、しかし希望の色はない。
このまま逃避行を続けていても時間稼ぎにしかならないことは、言葉にせずとも感じざるをえない。この壁に挟まれたジャンク・タウンにいる限り本当の逃げ場など無い。そして、いったいどれだけの人数がシティの外に逃げおおせることができるというのか……。
そのとき、二人の遥か頭上を、噴煙の尾を引きながら何かが高速で通過していった。ミサイルだ! さらに無数の警備無人ドローンが編隊を組んで〝テラ・イーター〟へ向かっていく。
「おおっ!」「見ろ、シティの兵器だ!」「そうだ、やっちまえ!」
同じ光景を見た住民たちが歓声を上げる。普段はあの兵器こそが自分たちに銃口を向けているのだが、そんな事実は忘れたと言わんばかりに声援を送る。
しかし――
ささやかな希望を嘲笑うかのように、飛翔するミサイルも無数のドローンも〝テラ・イーター〟に届く前に突然、空中でことごとく爆発していった。
「なんだァ⁉」
唖然とするライゾーの傍で、アカネは視界の中に微かに捉えたモノを反芻していた。
何か透明な……弧のようなものが通り過ぎ――軌道上に存在していたものが斬断される姿を。




