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異界渡り、ビカム -伝説のエルフは今日も勝手に深読みされる-  作者: 鹿紅 順


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第三章 第21話「〝テラ・イーター〟」

   ***




 真っ先に動いたのはリンだった。

 迷うことなく一直線に駆け抜け、その運動エネルギーごと紅刀に乗せ、『エデン』を守る電磁障壁へと叩きつけた。


 ……だが、障壁は揺るがない。常温核融合炉から潤沢に供給される電力がそのまま障壁の強度に変換され、最も外側の一枚すら破れない。それを全て突き破るとなれば、このシン・セントタワーすら崩壊するほどの大火力が必要になるのではないか。


『リン・ツカモト、その行動は無駄に尽きます』


 障壁の奥、『エデン』の無機質な音声が響く。


『貴方の行動目的は正しい。〝テラ・イーター〟の命令権限は私が保持しています。私を停止させることはすなわち〝テラ・イーター〟の停止を意味します。しかし、貴方が残り寿命を破壊行動に費やそうと、この電磁障壁を破ることは叶いません』


「……(リン殿、とりあえず手を痛めるからそのあたりで……)」


 私のことを忘れるな――言葉ではなく行動でそう示すように前に出るビカム。

 魔法をも巧みに操る彼ならば電磁障壁を破る手段を有していないとは考えにくい。


 それは『エデン』においても言われるまでもなく想定しうることである。


『これまでの観測結果から、美剣士ビカム、貴方が相手では不可能も可能に覆るリスクは排除できません。――ですので、私は安全な場所へ退避させていただきます』


「……羽でも生えて飛んでいくつもりか(なんて、まさかね。あんな大きい機械が――)」


『ほう。やはり侮れません』


 地下の奥深く。何百キロもあろう筐体が移動できる場所など一見どこにも無いように見えるだろう――美剣士以外には。


『エデン』後方の壁が左右に動き、レールのようなものが斜めに下りてくる。

 同時に『エデン』本体たる量子コンピューターの筐体を紡錘形状の殻が包み込み、そのまま運ばれレールの終端部に装填(・・)される。


「……!(えッ⁉ 本当に……⁉)」


「待て!」


 焦るリンを嘲笑うかのごとくレール側面のスリットが次々と発光し、まるで何かのエネルギーを溜めているかのようだ。

 やがて、レールの下端から上端へ全てのスリットが発光を完了した。


 もはやそれはレールではなかった。

 地下から大地を貫き天へと手を伸ばす――砲身(・・)である。


『神のごとく、世界の破壊と再生を観測させていただきましょう――宙(そら)の上から』


 轟音と共に、『エデン』を包んだ紡錘殻体が射出された。

 ビカムとリンの妨害を阻んでいた電磁障壁は役目を終えたのか解除され、焦げ臭い匂いがあたりに漂った。


 ――驚きに硬直する隙を突くように、突如、マーカスの亡骸を包んでいた〝鎧素徒【調伏】〟がバラバラに弾け飛んだ。


 戦闘開始前の逆回しのごとくパーツごとに分解、飛翔する。

 そして宿主を変えるように――未だ魔法で縫い留められた〝黒鬼士〟に対し装甲の上から装着されていく。

 装甲はより厚く、武装はより強力に。

 今までの姿が鎧武者ならば、大将軍とでも呼ぶべき威容へと進化していく。


 最後のパーツが装着され、エネルギーが端まで伝わった瞬間、


「――――」


〝黒鬼士〟を超えた何かはあっさりと魔法の拘束を振り払い、自由を取り戻した。

 そして一度の跳躍で天井に達すると勢いのまま突き破り、破壊音を響かせ続けながらどこかへと去っていった。


『エデン』の逃走。

 父の……〝黒鬼士〟の撤退。


 全ては止める間もなく、動乱の中、一瞬で行われた。


 リンには父の名を呼ぶことすら許されなかった。




   ***




 常温核融合炉から供給される大電力を利用したレールガン型マスドライバー。


 それが『エデン』を打ち出した装置の正体であった。

 リンがシン・セントタワーのフォルムを、傾いたアルファベットの『V』と形容したが、斜めに伸びた片方の直線こそがマスドライバーの発射台だったのだ。


 ――かつて最終戦争により人類の絶滅が現実味を帯びた際、汚染され荒廃したチキュウからの脱出目的としてこれは建造された。

 とはいえ人間を発射するものではなく、冷凍保存された人間の生殖細胞や科学技術を収めた記録媒体等を一時的に宇宙に退避させるものだ。やがて戦争を終えた人類が文明を復興させるための未来への贈り物として……あるいは生命の死に絶えた星を地球外生命体が発見したとき、確かに人類という存在がいたのだと歴史を記録するために。


 結果として最悪の未来を迎える前に最終戦争は終わり、このマスドライバーも起動することなく役目を終えた。

 しかし、マスドライバーを運用するために地下に建設された常温核融合炉は健在であったことから、これに目を付けた企業により、生き残った人々の生活用エネルギー供給源として利用された……これがアキツ・シティの始まりである。


 そして、マーカスはマスドライバーを解体せず、万が一、億が一の事態に備え、量子コンピューターと『エデン』を避難させる手段として維持し続けていた。他のシティに無用な勘繰りを受けないよう、バルキロア本社であるシン・セントタワーのモニュメントに見えるよう偽造してまで……。


 それは何たる皮肉、何たる運命の悪戯であろうか。


 アキツ・シティの始まりを支えた装置が今――終焉をもたらす災厄として機能しようとしていた。




   ***




 数分前――

 アキツ・シティから少し離れた荒野では地響きが鳴り響いていた。


 岩陰からは興奮したバイオミュータントが飛び出し、暴走アンドロイドが忙しなく頭部を振って周囲を走査する。彼らの一部は、突如出現した大地の割れ目に巻き込まれ、砂礫とともに暗い底へ落ちていった。


 割れ目は左右へ開き続け――長方形の巨大な穴が四つ、地表に現れた。


 深淵からせり上がってきたのは、耕耘(こううん)のための回転装置を備えた超巨大機械――都市構造破砕機構〝テラ・イーター〟だ。

 縁がノコギリ状になった円盤を横に何枚も並べて中心に軸を通し、それら円盤の上半分にカバーを兼ねるように車体が被さっている……とでも表現しようか。ただし、何もかもサイズがおかしい。


 シティから何かが飛来してくる。夥しい数の浮遊飛行貨物機(ホバーカーゴプレーン)だ。数千台が密集して飛行する姿は、遠目には蚊柱のごとく映る。

 四つに分かれた浮遊飛行貨物機は四つの〝テラ・イーター〟の上部に移動し、エネルギーワイヤーを伸ばし接続した。


 浮遊飛行貨物機が上昇し……信じられないことに〝テラ・イーター〟の巨体が大地から浮き上がる。全高三百メートル、全幅二キロの重量が宙に浮かんでいるのだ。〝テラ・イーター〟自身が内部に反重力装置を備え、その上で大量の浮遊飛行貨物機に吊り上げられてではあるが、その光景は非現実的に尽きると言える。




 そして……アキツ・シティに住まうシ民たちは一斉に空を仰ぎ見た。




 天高く伸びるビルディングの影のさらに奥、星々の光を遮るように出現した四つの巨体――


 それらが横一列に隊列を組み、アキツ・シティの最も大きい大通りへと着地した。直前で危険を察知した車両が自動で群を成すように退避したため、着地点にいた車両で潰されたものはほとんどないだろうが、その衝撃がシ民に与えた影響は計り知れない。


 今のシティを俯瞰で見れば、中心のシン・セントタワーから伸びた時計の針のように〝テラ・イーター〟は整列している。時計と異なるのは、針が順逆どの方向に回転しようと人々にとって致命的な未来を迎えることか。そして最も外側にある〝テラ・イーター〟はジャンク・タウンの土をも踏んでいた。


 ――……ギ――


 接地してから数分、動きを見せなかった巨大機械。

 訳も分からず、だが携帯端末のカメラを向け続けるシ民たちの前で今、


 ――ゴゴゴゴゴゴ――


 ついに〝テラ・イーター〟は動き出す。


 それはあまりにもゆっくりで、遠目には動いているかも定かではないほどのスピードであった。しかし、進路上に存在するあらゆる構造物は粉々に破壊されていく。

 本来であれば〝選別の壁〟の外において、ジャンク・タウンを東西南北の方向から同時にひき潰すはずの圧倒的破砕力がシティの内部で解放されている。


 都市を破砕し、文明を耕し、後には瓦礫を生み出す、史上最悪の機械。


 享楽に浸りきったシ民たちは、〝テラ・イーター〟の足下に近い者以外、この事態の深刻さを正確に理解できていなかった。むしろジャンク・タウンの住民の方が迅速な初動――なりふり構わない避難を実行できていたという。

 だが、昨日まで何の心配なく暮らしていたシティが、たった数時間で消滅すると言われ、何人が信じて行動を起こせるだろうか。

 いっそ何も理解できないまま、苦痛を感じる間もなく潰されてしまった方が幸せかもしれない。


 それほどまでに、残された時間はあまりにも――短い。

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