第三章 第13話「神業」
ガブリエラは出方を窺うように周囲を旋回する。銃口に捕捉されないよう風を切る速さは衰えていない。
(物理的な破壊をもたらす弾種を選ぶのは正解ですわ)
剣で届かない間合いには銃を、エネルギー属性が効かないなら物理弾を。有効手段であることをガブリエラは心中で認める。
(ならば、それは私も同じこと。余裕をもって避けられる間合いから貴方を攻撃するまで――!)
ガブリエラはさらに空高く飛翔し、ビカムを見下ろす。
〝鎧素徒〟の胸部装甲とスラスターの一部が変形、両腕の装甲と一体化する。
砲身――そう形容するに他ならなかった。
砲口に莫大なエネルギーが収束し、夜闇を照らす星となる。
「それではお疲れさまでした。これにて退勤とさせていただきます」
極太の光弾が発射される。
重力の網に捕らわれるビカムへと一瞬で追い付き――盛大な爆炎を上げた。
地上では何事かとシ民たちが見上げていることだろう。事情も知らぬまま、イベントか何かだと勘違いして。ガブリエラはシティの構図を反映しているようだと思った。一部の特権階級だけが世界で何が起きているのか知り、その他の被支配層はどうでもいい情報にドーパミンを分泌し快楽に溺れるのだ……。
――そのわずかな感傷が隙を生んだのかもしれない。
爆炎を切り裂いて伸びたエネルギー・フックショットがガブリエラの右足に絡みついた。
「なに……ッ⁉」
初めてガブリエラの表情から笑みが消えた。
彼女のミスを挙げるならば、ビカム本人を警戒するあまり、彼の相棒の存在を軽視してしまったことだ。
『こんな序盤で札を全部使いきるのは癪だけれど、出し惜しんで死ぬのはもっと滑稽よね』
電磁障壁が見事、〝鎧素徒〟から放たれた光弾を防ぎ切った。
しかし、通常であれば三回は障壁を発動できるエネルギーを全て使い果たすことになった……それほどまでの威力であった。
「……捉えたぞ(ちょこまか動き回られるのは面倒だ)」
「チィッ! だったら振り切ればいいだけのこと!」
砲身形態を解除したガブリエラが超音速の飛翔を再開する。
アキツ・シティに林立する超高層ビル群の間を縫うように飛び回り、様々な方向からのGがビカムを襲う!
「……(おごごごごごご……! 切れる、切れてしまう……!)」
しかし、美剣士の決意の固さを表すようにフックショットはガブリエラと彼を繋いでいる。じわりじわりと巻き取り、その距離を少しずつ縮めていく。
「っ、しぶといですね!」
作戦を変える――ガブリエラはビカムのみ叩きつけられるよう、近くのビル天辺のモニュメントに突っ込んでいく。
尾を叩きつけるかのごとくフックショットを振り回し、一秒後にはビカムが熟れた果物のごとく赤く弾ける光景を想像する。
だが、そうはならなかった。霊剣フェーレが黄金の軌跡を描き、障害物をバラバラに切り裂く。
「そんな……ッ!」
ガブリエラの動揺の隙を突き、フックショットを一気に巻き取る。
もはや目と鼻の先に彼女の顔があった。
「――(今……!)」
ハイテク銃から徹甲弾が放たれる。
恐るべき破壊エネルギーを帯びた弾頭は、ガブリエラ・タユウの額――を大きくそれ、スラスターの片翼を撃ち抜き、そのままあらぬ方向へ。
「――(――外した⁉ ウソだろう⁉)」
(――外した‼ 運が尽きたわね‼)
ガブリエラが残虐な笑みを浮かべる。
しかし、対するビカムは冷静なままだ。
――そう、ビカムの弾丸は、外れてなどいなかった。彼が狙ったものを正確に撃ち抜いていた。
高電熱片刃を振りかぶるガブリエラ。
その視界が激しくシェイクされた――徹甲弾が貫通した方のスラスターが暴走、飛翔を制御できなくなる。錐揉み回転しながら加速していく。
「い、やああああああああああ――⁉⁉⁉」
「――(死んでしまうーッ!?!?!?!?!?)」
そして――ビカムとガブリエラはアキツ・シティで最も高層なビルに激突した。
分厚い強化ガラスは、そのままでは尋常ならざる衝突ダメージを二人に与えただろうが……あらかじめ撃ち込まれていたビカムの徹甲弾が大きなヒビを入れていた。
――その先で〝セカンド・スピン〟すらも撃ち抜いていたのは、神業としか言いようがなかった。
そう、ビカムが飛び込んだのはシン・セントタワー、マーカス・ハーディの執務室であった!
平衡感覚すら失う状況で、一発の弾丸に一手も二手も意味を乗せるなど……。
偶然? いいや。
この男を誰と心得る、だ――
「ビカム……⁉」
思いがけない再会に信じられないと目を瞠るリン。
「……(リン殿!?!?!?!?!?)」
予定通りと涼しい顔のビカム。
その後方でガブリエラ・タユウが気絶し倒れている。〝鎧素徒〟も故障しており、撃破したと見ていいだろう。
リンが見て取るに、ビカムは今までマーカスの秘書と激戦を繰り広げていたのだ。空中にまで飛び出すとは尋常ではないが、そんな最中にも自分の窮地を救ってくれた……撃ち抜かれた〝セカンド・スピン〟がその証明である。
(ビカム、貴方って人は……)
万感の思い……そこへ水を差すようにエレベーターの音声が響く。
ハッと目を向ければ、マーカス・ハーディと〝黒鬼士〟の姿が閉まりゆく扉の隙間から一瞬垣間見えた。
階層位置表示は、急速に下っていることを示している。
「ビカム! ……ごめんなさい、私、〝聖書〟を――」
リンはビカムと分かれてからの状況を簡潔に説明した。
「……そうか(不謹慎だが私もそのフルコース、ちょっとだけ食べてみたかった……)」
ビカムは憂いを湛えた瞳をそっと伏せた。少女の立ち向かった運命の過酷さを思い、慈悲を覚えたことは間違いないだろう。
「お母さん……ごめんね、巻き込んじゃって……ごめん……」
リンは車椅子の母親の前に跪き、涙声で縋りついた。
ああ、ユノー・ツカモト! 今すぐに目を覚まして、貴方の子を貴方の腕の中に抱きしめてくれないか……そう願わずにはいられないほど哀れと言うしかなかった。
『――ビカム、マーカスはシン・セントタワーの最下層まで移動したわ。一番下の階層を越えてエレベーターが下り続けてる……公には存在しない階層、そこに何かがあるのでしょうね』
だが時は待ってくれない。二人は今すぐにでもマーカスを追わねばならない。
「……リン殿、今は」
「……ええ、分かってる」
少女は名残惜しそうに立ち上がり、母から一歩、距離を取った。もう危険な目には遭わせないと一線を引くように。
ユノーをこのままマーカスの執務室に置いておくことはできない。本当は医療設備の整った場所で安静にしてほしいが、今やシティのどこに安全な場所があろうか。
結局、帰るべき家である『ツカモト商店』へ、ビカムの魔法による召喚獣で送り届けることとなった。
不可視や防御の魔法が掛けられた大鷲がユノーを掴んで飛び立ち夜空の点になったのを見届け、リンはビカムと向かい合った。
「行こう――アイツの野望を打ち砕きに。私の故郷は、絶対に壊させない!」
「……ああ(私も、リン殿との約束を果たす。そして……)」
悠長にエレベーターが戻ってくるのを待たず、ビカムの霊剣フェーレが一閃され扉が切断される。
覗き込んだエレベーターシャフトは、自動的に作業灯が点灯するも、奥底が見えないほどの奈落である。
だが今の二人に闘志はあれど恐怖はない。
ビカムとリンは手を繋ぎ合う。
そして共に一歩踏み出し、深淵へと身を躍らせた。すぐさま重力が彼らを絡めとり、下へ下へと加速していく。
(待っていて、お父さん――)
決着の時は、近い。




