第三章 第12話「〝鎧素徒〟」
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時は少し遡る。
バルキロア保養病院の地下、特別治療室――
そこは今や、チキュウ世界で最も危険なキリングルームと化していた。
企業戦士……身体改造を施され、かつ身に余るほどの武装を搭載した恐るべき兵たち。
シティ全域に配備される数のおよそ半数がこの地下の一室に集結していた。
目的はただ一つ――美剣士ビカム、ただ一人を仕留めるために。
高周波バスターブレイドが、高出力熱式殲滅ブラスターが、一切の躊躇なく振り下ろされ銃口から火を噴く。
命中すれば生物の肉体など痕跡も残さず消滅させうる威力の武装……それを用いてですらなお生け捕りの可能性がある相手だった。ガブリエラ・タユウは慢心なくそう判断した。
そう、慢心など無い。企業戦士を投入できる限界人数を厳密に算出し、逐次投入という愚を犯さず最初から全力で運用した。
ならば、なぜ。
「ここまでとは……!」
普段、マーカスに侍る秘書として艶然とした表情を崩さない彼女が、今は微笑に冷や汗を浮かべざるをえなかった。
ガブリエラの視線の先では、四方八方から迫りくる攻撃をものともせず、美剣士ビカムが凄まじい勢いで企業戦士を沈黙させている光景であった。
右手に霊剣フェーレ、左手にハイテク銃。
それを二刀流の剣士、あるいは二挺持ちのガンマンのように振り回し、企業戦士を一人一人刈り取っていく。
企業戦士の攻撃はビカムにまるで当たらない。同士討ちを避ける火器管制プログラムを逆手に取り、別の企業戦士の陰に隠れながらやり過ごされるためだ。
しかしその可能性は最初から想定済みだ。それを利用してもなお避けえない物量で圧殺できることは事前のシミュレーションでも検証済みだった。
「……(ヤバいヤバいヤバい、止まったら死ぬ、止まったら死ぬ……!)」
ガブリエラが見誤ったのは、純粋にビカムの戦闘能力そのもの。
卓越した剣技と銃撃。身体能力の高さ。魔法によるアシスト。
縦横無尽に躍動しながら正確無比な一撃を繰り出す彼に対し、企業戦士はぶつけるに十分な戦力足りえなかったのだ。
もしも今の実戦から得られたビカムの戦闘データで再度シミュレーションを行ったならば、分析AIは『全ての企業戦士を投入しても無駄』という回答を吐き出したことだろう。
勿論、アイによるサポートを抜きにして成果は語れない。
高級AIの演算力を惜しげもなく発揮し、敵個体別の脅威度に応じてピンポイントのハッキングを連続で繰り返す――ビカムの死角を狙う者、回避の難しい時間差攻撃を図る者、自殺覚悟の特攻を挑む者、そういった企業戦士を優先して妨害的干渉を行う。
全体に広く浅く仕掛けるのではなく、ビカムの行動に合わせて道を切り開くように、あるいは後背を守るようにサポートに徹する……まさに比翼連理と言えよう。
「……いかに企業戦士といえど、彼の前では所詮マスプロダクションの戦闘装置でしかないということですか」
そう呟くガブリエラに驚きはあっても動揺は見られない。自ら教導した戦士が紙を千切るがごとく倒されているというのに。
「……もう終わりか?(さすがにおかわりは無いよな……? 無いですよね……⁉)」
――あれだけいた企業戦士たちは全て地に伏し、ビカムはまだ物足りんと言わんばかりのセリフを吐いた。ここから残り半数の企業戦士が投入されたとしても、美剣士は嬉々として霊剣フェーレを振るうのだろう。
怪しきは微笑を崩さないガブリエラ・タユウ。
「ええ、キンタロ・キャンディめいた画一製品の提供は終わり。――ここからはオーダーメイドでお相手して差し上げます」
――突如、ガブリエラの姿が掻き消えた!
だがアイの高感度センサは見逃さない。ガブリエラの背後、壁の空洞から出現した飛翔体が彼女の体を攫っていったのだ――!
スラスターの噴射口が地下室の天井に光の線を描く。
人間の滑らかな輪郭と、機械の武骨なフォルム。相反するその二つは、機械的な変形音を轟かせながら空中で一体化していく。
やがて……生物と無機物の融合を為しえた存在がゆっくりと降下してくる。爪先が床に触れる前、重力を忘れたようにそれは宙で静止した。
ビジネススーツはいつの間にか剝ぎ取られ、衣服の代わりに機械の鎧がボディを包む。所どころ剥き出しになった肌が情欲を煽り立てる。
しかし、今の彼女を目の前にして、雄らしく生唾を飲み込める者はいようか?
企業戦士のような視覚的な武装を身に帯びてはいない。だが、目に見えないプレッシャーが彼女を中心に放射され、並の人間であれば空間が歪んでいるかのような錯覚すら感じることだろう。
爪牙のごとく鋭い手足の装甲、大翼の似姿たる一対の飛翔スラスター、尻尾のように腰から伸びる電磁鞭……まるでリンダリアル世界の恐るべき種族、竜人族を彷彿とさせた。
「――〝鎧素徒〟」ガブリエラが宣う。「戦闘データを蓄積、自動アップデートする拡張性進化式全身装甲。稀に出る横流し品ですら数十億の値が付く。私はこの装備をマーカス様から与えられた」
うっとり、という表現が相応しいほどに相好を崩すガブリエラ。
「私が企業戦士の教育を任された理由が分かる?」
「……さあ(さあ……?)」
ビカムは興味なく言い放った。
「――私が企業で二番目に戦闘技能に秀でているからよ!」
爆発的加速が大気を叩く!
鋭利な装甲に包まれたガブリエラの貫手を霊剣フェーレの腹を盾にして防いだビカムは今……夜空の下にいた。
恐るべき突進力を乗せたガブリエラの攻撃は美剣士の足を大地から浮かせた――彼女は勢いを落とさずビカムを空中に打ち上げ、共に天井と大地を突き破ってアキツ・シティの上空へと躍り出たのだ!
眼下、病院の光景は既に遠く、無数のサイバー的夜景が視界に広がる。
「貴方の剣の冴えは認めるところではあるけれど、空の上でも十全に発揮できるかしら――!」
ゴウッ! と翼状のスラスターが青白い噴炎を上げた次の瞬間、ガブリエラの姿は消失している。
三百六十度、全方向からの攻撃がビカムを襲った。
超高速飛翔の勢いを落とさぬまま、超特殊合金製の鋭利な手甲が、脚部装甲に収納されていた高電熱片刃が通り過ぎ様に振るわれる。
ビカムは嵐に翻弄される一枚の木の葉だ――攻撃を受ける度、空中をあらゆる方向に吹き飛ばされる。接触の際に迸るのが血飛沫ではなく、武器と武器が接触した火花であることが唯一の救いだ。
「……(くッ……! 踏ん張りがきかないから攻撃も防御も中途半端になってしまう……!)」
「やはりこうなっては一流の剣士も形無しね! 今のお気持ちはいかがです!」
「……(酔いそう!)」
ガブリエラの哄笑がシティの夜闇に響き渡る。
――しかし、お忘れになられては困る。
「(ん? 待てよ……一流の、剣士――そうか!)……ならば――」
美剣士ビカムは一流の剣士であり――同時に一流の射手であるということを!
そして当然、彼自身がそれを誰よりも認識していた。
背中のハイテク銃を左手で抜き放つ。
そして本当に照準を付けたのかと疑ってしまうほどの早撃ち。三発のエネルギー弾が銃口から放たれる。超高速で動き回るガブリエラ相手に、それは信じられないことに全弾命中した。
ガブリエラが纏う〝鎧素徒〟の装甲にエネルギー弾が着弾し――だが散らされるように無効化される。
「ウフフ、ぬかりありませんことよ」
〝鎧素徒〟の装甲に塗布された特殊な塗料がエネルギーの収束を妨げることでエネルギー攻撃に高い耐性を与えている。先の銃撃が命中したのはビカムの高い技量も然ることながら、ガブリエラに避ける気がなかったこともあるのだろう。
「――アイ!」
『弾種:物理弾・徹甲弾』
ビカムはすぐさま徹甲弾に切換えた。




