第三章 第11話「運命を変える一発」
パシュッ! と小気味いい音を立ててケースが開く。
中に入っていたのはフルフェイスタイプのヘルメットだった。
「この前事件のあった廃墟を調べたら出てきたのさ」
「なんだいこりゃ?」
と言いつつ、アカネは職人らしく全体を舐めるように観察する。
フォルムに変哲なところはない。しかし、内部に精密機器がギッシリ詰まっていることは想像に難くなかった。むしろ造形の簡素さは、複雑な構造をシンプルに整えて限られた空間に納めた設計者の技量の高さの裏返しでもある。
「これが何物か知りたいから持ち込んだのよ。おそらくシティから流れてきたブツだとは思うがな。こんな高価な機械、ジャンク・タウンでお目にかかることはまずねえぜ。色々ボタンを押してはみたが、壊れてんのかうんともすんとも言わねえ。だからこいつをお喋りにしてやってくれ」
「ふうん……」
さて、どこからバラしてみるか――
アカネが頭の中で工具をリストアップし終えるより前に、回答がまろび出てきた。
「そいつは防衛部社員用の戦闘装備だ」
酔っぱらったイチタカが面白くもなさそうに呟く。
「汎用品ではなく、特定個人用にチューンナップされているように見えるな」
「本当か⁉」
「フン、忌々しくもほんの数日前の古巣の備品だ。見間違えることはない。そして工具も必要ない。情報漏洩対策で自衛モードに入っているだけだ。特定の手順で解除の操作をすれば――」
言うや否やイチタカの指は高速で動き、決められた手順でヘルメットのボタンを押していく。偶然では押し間違えようのない複雑な操作を淀みなく実行する姿は、この男が元企業社員であることを思い出させてくれる。
表面スリットに電光が走り、ヘルメットの電源が入ったことを告げる。
「「動いた!」」
「まあこんなものだ」得意げに鼻の下をこするイチタカ。「さて、履歴はどうなっている? ……特に変わった使い方はしていないな。いや、使用中の常時録画が切ってあるな。規則違反だ。それとも記録が残るとマズい業務に従事していたのか」
「オイ、結局どうなんだ!」
「焦るな……ん? 録画ファイルが一件だけあるな」
イチタカが再生の操作を行う。
ヘルメットの額あたりに内蔵された極小カメラが壁に拡大映像を投影した。
それは一人称の視点から撮影された、とある人物との会話録であった。
調度品が設えられた室内。
応接ソファーや広大なデスクがあることから、場所は執務室か。
ヘルメットを装着した人物の視点では、仕立ての良いスーツを着た老人が背を向けている。全面ガラスの向こうに広がる景色を見下ろしているらしい。
ここで初めて音声が流れる。
『――それで、ジャガン。〝聖書〟は見つかったのか?』
「オエェェェェェーッ!」
イチタカは嘔吐した。
「きたなっ⁉」
「いきなり何だよ⁉」
憤慨するアカネとライゾーに、青白い顔をしたイチタカは震える指で映像を指した。映像に映る老人を。
「マ……マーカス・ハーディだ」
「なんですって⁉」
アカネは食い入るように映像を見つめた。
(コイツがリンを……!)
様子を一変させたアカネとイチタカの横で「このジジイが何かあんのか?」とライゾーは暢気に呟いた。
――なんと、ライゾーが持ってきた謎のヘルメットは、あの〝鬼蜘蛛〟のジャガンが身に着けていた戦闘装備だったのだ!
マズダーが占星術のために生首だけを持ち去り、抜け殻のように打ち捨てたヘルメットが何の因果か『ツカモト商店』に持ち込まれようとは……。
『ああ、それらしき商取引の痕跡を見つけてな。早々に店に押し入る予定だ』
『予定、か。貴様がわざわざ直接報告に来る要件から察するに、既に〝聖書〟を見つけたものかと思ったが』
『そう焦るなよ。こういう時言うだろう? 〝急がば回れ〟ってな』
『私に手段を語るな。結果だけ提出しろ』
「お、おい。これ、俺たちが聞いてて大丈夫なやつか……?」
「しっ! 今さらよ、黙ってなさい」
アカネは一言一句聞き逃してなるものかと身を乗り出し、映像のマーカスと対峙する。
『ならば、いったい何をしに貴様は私に会いに来た』
『――勘違いしないでほしいが、俺様は別にアンタの野望には興味もなければ反対する動機もねえ。ただ……自分の命に関わるかもしれねえ事柄は別だ』
『何が言いたい』
『たかが一冊の本を使って、えらい事をやろうとしてるじゃねえかって話よ』
――マーカスがこちらを振り向き、その口元には微笑がたたえられていた。
初めて視界に入れるに値する存在であると認識したと言わんばかりに。
『ほう、『エデン』が漏らした、いや、必要と判じて伝えたか。その理由は分からんが……』
『もったいぶらずに教えてくれよ――』
アカネ、イチタカ、ライゾーは固唾を飲んで次の言葉を待つ。
映像の視点主こそが重々しい振る舞いの後、核心となるワードを口にした。
『――〝クローラー計画〟ってやつをな』
***
これが珈琲の後の、本当の主菜だ――
閉じられた扉が再度開き、リンの目の前に姿を現したものは、
「お母さん!」
未だ昏睡状態のまま医療用車椅子に乗せられた母、ユノーであった。
まさにその車椅子を押すのは父、コーイチロー。彼の双眸に、妻に会えたことに対する感情の色は見られない。
実に八年に達しようかという年月をかけて、ついに親子三人が再会を果たすことができた。
しかし、最も望まない形で。
「貴様らがシティに侵入していることなどとうに知っている。二手に分かれて行動を起こすのも、AIに分析させるまでもなく予測できる」
マーカスは淡々と言い放つ。
「あのエルフは今頃まんまと病院に誘き寄せられ、防衛部に圧殺されていることだろうよ」
「ッ……!」
リンは焦りと悔しさから奥歯を噛みしめる。
『ツカモト商店』で皆と相談し成功を意気込んだ作戦も、こちらの心の内も何もかも、この老獪なる男の掌の上だったというのか。
「リン・ツカモト」マーカスが告げる。「貴様の天秤の片方には父の存在、もう片方には瓦礫の街が乗り、それは後者の方に傾いた。だが父の皿の方に母が乗った時――さあ、天秤はどちらに傾いたのか」
それは既に答えを知る者の口振りとしか言いようがなかった。
ほとんど見ず知らずの他人、百万人以上。
この世にたった二人しかいない、父と母。
……人間の価値観の基準に絶対など存在しない。
ただこの場合、計り知れない重圧を伴う選択を為したのは、ただ親の愛を取り戻したいだけの孤独な少女だったということだ。
いったい、誰が彼女を責められようか。
誰が無関係の他人のために、己の両親を犠牲にできようか。
――リン・ツカモトに、両親を見捨てる選択など、出来るわけがなかった。
テーブルの上で開かれたアタッシュケース。
〝聖書〟の三分の一の片割れは今、マーカス・ハーディの手に渡った。
「〝聖書〟の残りは受領した。さて、最後の条件だ」
執務室の壁の一角が開き、機械的な構造が剥き出しになる。
空間からまさしく這い出てきたのは、脊髄に突き刺し融合するための突起を百足の脚のごとく蠢かせて近づいてくる〝セカンド・スピン〟だ。
リンの背後に擦り寄ると、それは鎌首を持ち上げる。
「貴様が次の〝黒鬼士〟だ。意思を持たず、命令を遂行する、黒き刃よ」
(――ごめん、ビカム)
(――ごめん、お父さん、お母さん)
(――約束、守れなかった)
(――お父さんが帰ってくるのも、お母さんが目を覚ますのも待てないまま、私は……)
〝セカンド・スピン〟の先端がグロテスクに花開き、リンのうなじ目がけて取り付かんと――
――一発の銃弾が悲劇に待ったをかけた。
少女の柔肌に噛みつこうとしていた〝セカンド・スピン〟の顎を吹き飛ばし、銃弾は一直線にマーカスの額へと……
――斬ッ!
閃いた黒刃がその寸前で銃弾を斬り落とした。
直後、弾痕も真新しいガラスを派手に突き破って飛び込んできたのは、機械鎧の人影、そして――鍔広帽子に飾り羽、プレートアーマーにロングコートの美身。
「ビカム……⁉」
「……(えっ⁉ リン殿!?!?!?!?!?)」
過酷な運命から少女を救うのは、やはりこの者しかいない。
美剣士ビカム――!




