第三章 第10話「噂は噂」
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「――ちょっ、止めときましょうよ。アイツ、何かヤバいですって!」
「そうっすよ! これまでのリンダリアル人とは違いますよ、何かが!」
「考え直してくださいよ、ゴミさん!」
血管のように這うパイプが剥き出しの路地裏。
口々に弱腰なセリフを吐く団員たちに対し、ライゾー・ゴミは苛立たし気に振り返った。
「うるせえ! あそこまでコケにされちゃあ自警団の沽券に関わる! リンダリアル人に好き勝手させねえためにも、俺たちの怖さをキッチリ知らしめてやらなきゃいけねえんだ!」
「で、でも……」
「はん、そんなに怖えなら俺一人でも行くぜ。テメエらは帰ってママの買ってきたCY・BARでも飲んでな」
そうして一人ずんずんと進むライゾー。
目指すは『ツカモト商店』に他ならない。あのにっくきエルフと出会った場所である。日が経っているので店にいるとは限らないが、行き先ぐらいは知っているかもしれない。
「――おうおう! また来てやったぜアカネ!」
到着するや否や軒先でライゾーは胴間声を上げた。それは店の奥から響いてくるドリルの稼働音よりもうるさい。
「……はあ、毎度毎度性懲りもなく」
気だるさを隠しもせず、ぼりぼりと後頭部を掻きながらのっそり現れたアカネ。
「しまいにゃアンタ一人かい。ついにお仲間も呆れ果てたらしいね」
「ハア? 俺一人なわけ……」
そんなバカなと首を回せば、いるべきはずの姿が見えない。
(アイツら! マジで俺を置いて帰りやがった……!)
しかし、今さらもうすごすごと引き返すことはできない。ライゾーは吹っ切れたように居直った。
「あのいけ好かねえエルフ野郎はどこだ」
「なんだ、あれだけこっぴどく撃退されたのにまだ絡むのかい?」
「フン、俺は自警団だ。そういう問題じゃねえんだよ。それで、いるのか? いないのか?」
「生憎とここには――」
と、その時、店先の騒ぎを聞きつけたイチタカまでもが現れる。
「アカネ、君は私に膨大なタスクを振りながら、自分はオイルを売っている暇があるようだな。厄介な悪質クレーマーの相手など、外部のコールセンターに対応を業務委託しておけ」
「バカを言っちゃあいけないよ。ジャンク・タウンにコールセンターなんてあるわけないだろう。訂正しな」
「まず俺に対する失礼を訂正しろ! 誰が悪質クレーマーだ!」
ここでようやくイチタカは、憤慨するライゾーに胡乱な目を向けた。
企業上級社員として恵まれたエリートの生活を数日前まで送っていた彼にとって、中古品やコピー品で身形を整えたライゾーの姿はどう映ったか。
「アカネ、この知性と品性の欠片もなさそうな野卑な顔面の男は?」
「ハン、そういうお前は中途半端に賢いせいで一番損をしそうな顔だなァ。ジャンク・タウンじゃ見かけねえタイプだが……おっと! シティ落ちか? すまねえすまねえ、落ちぶれた過去を詮索するのは野暮だったぜ」
ピキリ、と頬を引きつらせたイチタカ。
図星だったかとライゾーがほくそ笑む。
「……その低級AIより柔軟性スコアの低そうな脳髄を、さっき修理した杭打機の試験台にしてやろうか?」
「あ? 頭の固そうなテメエの方が良い的になるんじゃねえか?」
「ちょっ、アンタらどっちもやめなって! 事実を指摘し合っても傷つくだけだよ!」
仲裁しているようでナチュラルに煽り倒すアカネの制止を振り切り、ライゾーとイチタカの額は危険水域を越えて近づき――
「――がははは! 元シ民のくせに企業を裏切るなんてなァ! お前なかなか話せる奴じゃねえか、気に入ったぜ!」
「フン、私は私の考える幸福を追求する道に立っただけだ。……まあ、貴様もジャンク・タウンの住人にしては話が分かるようだ」
『万修理屋 ツカモト商店』の一階工場でパイプ椅子に腰かけ、ライゾーとイチタカは合成酒を酌み交わしていた。
(……なんで?)
摩訶不思議なものを見た店長代理は何度も首を傾げる。
ジャンク・タウン育ちのライゾー、企業から斬り捨てられた元シ民のイチタカ。
二人は一触即発状態から、企業憎しの一点で急激に仲良くなったのだ。共通の敵が生まれれば男はかくも都合の良い生き物なのか……アカネにはよく分からない生態であった。
まあ、何にせよ暴れないならそれでいいとして、
「で? 用は無いはずなのに、なんでアンタはまだウチの店にいるんだい?」
「随分なご挨拶じゃねえか、ええ? これでもよォ、俺なりに心配して見回りに来てやってんだぜ」
「その並々注がれた右手のコップが見えないのかい? 一杯やってる時点で職務放棄も同然だよ」
「だから合成酒なんじゃねえか。酔った雰囲気は味わえるけど本当に酔っちゃいねえぜ」
シティの洗練されたアルコールが手に入らないがゆえの代替模造品で喉を潤すライゾーに、アカネはなお不審な目を向けるのを止めなかった。
忘れてはならない、ライゾーは自警団なのだ。
「言っとくけど、ヨージンボー代をいくらせびりに来ようと、自警団に払ってる供出金以上のお金は一レジットも払わないからね。ローニンが何だってのさ。このアカネ・キクノジョー様を舐めんじゃないよ!」
ブレードに見立ててスパナを構えるアカネを、だがライゾーの方が今度は怪訝に見つめた。
「……何言ってんだオメエ? 俺らはヨージンボー代なんて請求してねえぞ。供出金以外の金なんて貰う気もねえ」
「はあ? 嘘おっしゃい! アンタら来るたびにケラケラ笑いながらヨージンボーを立てろ立てろって……」
「ああ、〝ヨージンボーも立てずに不用心だな〟とは毎度注意してきた。だってそりゃあ、なあ? 実際不用心なんだから、知り合いの誼で忠告ぐらいはするぜ」
まるで話が飲み込めていないアカネにライゾーは続ける。
「『万修理屋 ツカモト商店』って言やぁ、ジャンク・タウンでも知らねえ奴はいねえ老舗中の老舗修理屋だ。それなりのモン、たんまり貯めこんでると踏んで、押し込み強盗だとかリンダリアル人の盗賊が襲ってこないとも限らねえんだぞ」
「ばっ……⁉ 自慢じゃないけどねっ、ウチに大金なんてありゃしないよ!」
本当に自慢にならない。
「ウチが裕福だなんて何を見当違いな……」
「そりゃ内実を知ってるから言えることだろ? 外から窺ってるだけの奴には関係ねえ。実際に金があるかじゃねえんだ――金がありそうってだけで一線超える奴は越えるもんだ」
「そんな……そんなもん、どうしろって」
「だ・か・ら! ヨージンボーを雇って立てろって口酸っぱく言ってんだ。……自警団だっていつでも傍近くにいるとは限らねえからよォ、いざという時の防衛手段として腕っぷしの立つ奴を置いとくのは常識だろ。これでも心配してんだぞ? 腕の良い修理屋がいねえと俺たちも困るんだ」
ぽけー……、とアカネはPCがフリーズしたように顔を呆けさせた。
なんだなんだとライゾーが目の前で手を振るも、アカネが復帰したのは一分も後のことだ。
「……アンタ、そんなイイヤツだったか? むさくるしい顔なのに……」
「第一声がそれか⁉ 顔は関係ねえだろ!」
「いやぁ……だって、なあ……? あの自警団だろ? しかもその親玉だってんだし……」
アカネの脳裏に数々の噂話が蘇る。
自警団と言えば、ヨージンボー代として供出金以上の金を店にせびりに来るとか。
供出金を払わなかった店には何のかんのと理由を付けて、露骨に対応を遅らせるだとか。
「――それを言ってやがるのは、ゴネて供出金を払わなかった少数の連中だぞ」
不愉快だと言わんばかりにライゾーは口をへの字に曲げる。
「自警団と銘打っちゃいるが、俺たちは完全なボランティア組織じゃねえんだ。活動には金が要る。それでも、店の売上高に応じて些細な額をお願いしてるだけだ。それを渋った連中が見栄のためにホラを吹きやがる。俺たちを悪人に仕立て上げて、供出金を払わなかった自分たちを正当化すんのさ。フン、反吐が出るぜ!」
「い、いやでもさぁ! 払わなかった店には理由を付けて対応を遅らせるとか……! アンタ、前に来た時も言ってたじゃんか!」
〝――まあ最近のジャンク・タウンはどこもかしこも物騒だからな。俺たちも忙しくて手が回らなくてよォ。駆けつけた時には店の商品根こそぎやられてるかもしんねえがな、ハハハ!〟
「お、おお……最近は異世界人の往来も増えて物騒になったし、俺たちも増加したトラブルの対応で手が回らなくなってきたし、駆けつけた時にはもう犯行が終わってたっつー不甲斐ねえ結果な時もあるけどよォ」
「そっくりそのままの意味か⁉ 紛らわしい言い方すんな!」
「何に怒ってんだよ、お前は……」
どうやら『自警団=悪の組織』というのは勘違いと分かったものの、彼らの言動にも責任の一端はあるのでは? と思わないでもないアカネであった。
それに比べてビカムときたら……。邂逅したのは数日前のわずかな時間だが、誤解や勘違いとは無縁で果断な態度が匂い立つようであった。饒舌よりも雄弁な寡黙さとは彼のことを言うのだろう。
「……となってくると、今までアンタらがウチに顔出しに来てたのは、本当に安全を確認しに来ただけってことか?」
「それもあるが、今日は一味違うぜ」
ライゾーは『ツカモト商店』まで引っ提げてきたケースをここで取り出した。
手頃な作業台に乗せられたそれは蹴球のボール程度のサイズがある。
「ジャンク屋の本領発揮だ。こいつを直してくんねえか」




