第三章 第9話「教育の成果」
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身に纏う地味な服装を会社の作業着に変えたビカムは、ショウと共に車中の人となっていた。
現代の車両はAIが標準搭載されており、シティの交通管制システムと常時リンクすることで自動運転が当たり前になっている(「こんな低性能には任せられないわ!」とアイが強引にハックして操縦しているが)。
快適に高速道路を進む車両に対し、車内ではショウの言い訳がくどくどと垂れ流されている。
「いいか? 俺はお前に脅されて仕方なく協力するんだ。お前がシティに捕まっても必ずそう証言するんだぞ! ああっ、アベさんも何でこんな無茶な事を……」
「……(巻き込んで申し訳ない……気まずい……)」
悲嘆に沈むショウなどどこ吹く風、ビカムはウィンドウの向こう側に燦然と輝くシティ中心部の夜景を睥睨する。
まさかここにリンダリアル人が堂々と存在するなど、いったい何人のチキュウ人が想像できようか。
そうしてビカムを乗せた車両は目的地――バルキロア保養病院正門前に到着する。
「…………」
散々喚いていたショウも息を止める勢いで押し黙り、各種センサーのセキュリティ・スキャンが何事もなく終わるのを祈るように待った。
ガードバーが上がり、車両は病院敷地内に滑り込んだ――急造のIC社員証と出入り登録済み車両の組み合わせのお陰か、第一の関門を突破することができた。
「……ふうぅぅぅ……」
アンドロイドが標本のごとくズラリと整列する充電室に入り込んで、ショウはようやく安堵の息を吐くことができた。
「……礼を言う(ありがとね)」
「言っとくがな、俺ができるのはここまでだぜ。こっから先のことは俺ぁ知らねえし知りたくもねえ。整備の仕事が終わればさっさとトンズラこかせてもらうからな。勿論それまでに怪しさを咎められたら容赦なくお前を売る――ってアレ⁉」
ショウが振り返った視線の先、アフロとオーバーサングラスの美身は雲のように掻き消えていた。
「……俺は本当に、アイツに会ったよな? 俺のヤバい幻覚じゃないよな……?」
充電室を音もなく抜け出したビカム。
異世界の平民の装いを脱ぎ捨て、既にいつもの美しい姿を取り戻している。もっとも今、鍔広帽子やプレートアーマーは透明化の魔法により目にすることは叶わないが。
夜闇に紛れ、屋上から屋上へと飛び移りながら目当ての病棟を目指す。
無警戒と言っていいほど警備はザルであった。哨戒ドローンの一つも飛んでいない。今はそうであるだけで、例えば役員が入院すれば警戒度は跳ね上がるのだろうか。
『ユノー・ツカモトの病室があるのはこの病棟よ』
円柱型の巨大な建物は無機質なデザインゆえに、正規の出入口以外の侵入経路を探すのが困難そうであったが、アイがハッキングにより設計図面を入手したおかげでスムーズに進んだ。
屋上、継ぎ目のない足元に霊剣フェーレを突き立て、隠された天井裏ダクト整備口から建物内に入り込んだビカム。
館内に活気はなく、入院患者は皆寝静まり、看護職社員たちは中央ステーションに。見回りは看護ロイドが定期的に巡回するだけ。隠密行動に手慣れた者にとっては赤子の手をひねるよりも侵入は易しい。いわんやビカムにはである。
「……アイ」
『ユノー・ツカモトは地下の特別治療室に移送されているわ。表向きはさらに別の専門病院へ再転院したことになってるけど、監視カメラ映像と復元したログはまったく違う事実を示してる。通じるエレベーターは……あっちよ』
頼れる相棒アイの誘導により迷うことなくユノーへ着実に近づいていく。
到着を知らせる音と同時に開いた扉からビカムは病院の地下フロアへと身を躍らせた。少なくない時間エレベーターは下っていたため、特別治療室は結構な深さに存在するようである。
およそ病棟には見えない……研究所じみた雰囲気。本当に治療が行われているのか怪しいものだ。
そして――最後の扉が美剣士の前に現れた。
『この向こうよ』
「……そうか(道案内助かる)」
横にスライドした扉を抜けた先は、異様と言ってよかった。
ただひたすらに広大な……壁や階層をぶち抜いたような無機質な空間が広がっていたのだ。床、壁面、天井、六面全てが格子状のパネルに覆われ、それ以外の何も存在しない。――ただ一点を除いて。
部屋の中央のベッドの上で、機械に繋がれた女性が眠り続けている。
青みを帯びた黒髪、病的なまでに色白い肌。とあるサムライの少女が大人になればこうなるのだろう面影がある顔立ち。
「……(この人がユノー・ツカモト殿、リン殿の母君。早くここから連れ出さねば……)」
鎧に覆われたビカムの指がユノーに触れ――ジジジと音を立てて姿が歪む。
「……(!?!?!?!?!?)」
ユノーだけではない、ベッドも医療機械も表面にノイズをきたした次の瞬間には、まるで電源が落ちたように掻き消えてしまった。
『立体映像……!』
「――ご名答」
色香を帯びた声が頭上から降り注いだ。
面を上げたビカムの碧眼は、一部ぽっかりと空いたパネルの奥に艶然と佇む人影を捉える。
「お待ちしておりましたわ、ビカム様」
タイトスーツ、腰まで伸びるストレートの金髪、内なる自身が外にまで溢れ出たかのような堂々たる居住まいの女が。
「私はガブリエラ・タユウ。マーカス様の秘書を務めております。私がここに居る意味、貴方ならもうお分かりですね?」
「……(どういうことだ……? ユノー殿はここにいないのか……? それにマーカスの秘書だと?)」
ガブリエラの問いに沈黙でもって是と返したビカム。
舌打ちすら聞こえてきそうな恨み節でアイが吐露する。
『……ここまでの侵入もハッキングも、あまりに上手くいき過ぎていた。なるほど、まんまと罠に誘導されていたのね。いつから?』
「最初から。魔法を使ってリン・ツカモトと同時に壁の門を潜った瞬間からよ」
それが真であれば、ビカムの動向はバルキロアに筒抜けになっていたということである。
「魔法ならチキュウ人にバレないと思いました? 残念。科学は日々進歩しているのよ――例えば魔子の運動を観測して、魔法が使用されているか否かを見分けるとか」
〝――あまり企業を――チキュウを舐めない方がいい〟
イチタカが独り言ちた警告。
この未来を知りえた上でのものではないが、まさしく今の状況に陥ることを危惧した警句であった。
〝大衝突〟において圧倒的速度でリンダリアル世界へ浸潤したシティが、結局は撤退を選ばざるをえなくされた魔法の力。
魔力無き者は分析すらできない神秘を、異世界から流入する未知の素粒子を、たったの二十年でチキュウ世界は観測を達成していたのだ。
「エデンの監視が薄いのをこれ幸いと悠々侵入したつもりでしょうけど、ただ見逃されただけに過ぎません。貴方をこの場所に誘導するために、ね」
「(ならば)……ユノー殿は最初から(居なかったってこと⁉)」
「ご明察。ですが、代わりの歓待は準備して差し上げましてよ?」
ガブリエラが指を鳴らす。
四方の壁は下から上へパネルを折りたたむ様に収納されていき、夥しい数の敵の姿を露わにさせた。
全身に銃火器を満載にした巨大な機械鎧の兵――企業戦士。
彼らが恐るべき理由は目に見える武装の厚みだけではない。通常、医療目的以外では企業が禁止している、人体の人工臓器への置換。彼らは一切の制限なく処置を施している。
臓器を、筋肉を、骨を、眼球を戦闘用スペックの人工物に置き換え、生身では決して到達できない出力と耐久力を獲得している。その上で外付けの武装を纏っているのだ。
その企業戦士が、普段シティ全域に配備されている人員の半数、今この場所に集められていた。
美剣士ビカム、たった一人を討つためだけに。
「こう見えて私、マーカス様の秘書に抜擢される前は人材開発部にいまして――」
ガブリエラがヒールを二回打ち鳴らす/高周波バスターブレイドを抜き放つ。
ガブリエラが右の手を軽く振り上げる/高出力熱式殲滅ブラスターを構える。
「ここに居る彼らは全員、私が直接教育しましたの。一切の無駄と感情を排し、業務命令を最高効率で遂行する。私が作り上げた完成された社員!」
わずかな挙動ながら統率力の片鱗を見せるガブリエラと企業戦士。
しかし対するビカムとアイも負けてはいなかった。
『ハッ、相手の強さを推し測る生物的本能まで削ぎ落としているんじゃないかしら? 勝ち目のない相手に挑むなら替えの利く機械でいいのに。どう思う、ビカム?』
「……教官の躾が良いのだろう(恐怖に打ち勝ち、敵へと挑む勇敢な戦士。それをこれだけの数育てる手腕は間違いなく本物……!)」
極限まで訓練された企業戦士たちの挙動など、ビカムにとってはお行儀のよい愛玩動物程度にしか見えないらしい。
挑発を受けてガブリエラの表情は凄惨な笑みに歪む。
「貴方を無力化できるなら、生死は私に裁量権が与えられていますの。私は勿論、貴方を生け捕りにするわよ。――フフ、異世界人を教育して、命令のままに動く駒に仕立て上げるのは初めてだわ……!」
――パァンッ!
彼女が取り出して振り抜いた電磁鞭が音速を切る甲高い音を轟かせる。
「教育教育教育教育‼ 指導指導指導指導‼ ――活きが良いのは嫌いじゃないの。そういう堅物を矯正してこそ教育者。貴方も『はい』か『イエス』だけを喋るマシーンに改造してあ・げ・る!」
『来るわよ、ビカム!』
「……(ていうか今の状況って冷静に考えてヤバいのでは……⁉)」
まるで津波のごとく。
企業戦士が全方位から美剣士へ襲いかかった。




